新薬史観

地雷カプお断り

シュペルヴィエル『海に住む少女』読んだ!

シュペルヴィエル『海に住む少女』(2006)

海に住む少女 (光文社古典新訳文庫) | シュペルヴィエル, 永田 千奈 |本 | 通販

https://www.amazon.co.jp/dp/4334751113/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_RBEEX9P4B0CS0GJ9M7DV

【総合評価】6.5点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

ガチで大事にしたい作品(9<x)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)


【世界構築】2点 (2点)

最近読んだジャンヌ・ロダーリ『猫とともに去りぬ』に近いように感じたが、恐らく繋がっているのは特に説明も無く何にでも変身可能、会話可能という児童文学(ファンタジー)要素だろう。ロダーリの本はしっかりエンタメを考えられていたが、シュペルヴィエルの方はエンタメというより友達のいない重病の少女がベッドで読んでいるような本で、気持ちのやりようのない悲しい話もあったりする。なかったりする。いずれにせよ、このほんのりとした悲しさを纏った本をあまり読んだことがないので、新鮮でよかったです。ところどころ、「お、これは……」という描写が挿入されるのが良かった。

以下、良かった描写の引用です。

 

表題作『海に住む少女』から

船が近づくと、まだ水平線にその姿が見えないうちから、少女はとても眠たくなって、町はまるごと波の下に消えてしまいます。

あるとき、少女はある家の扉のノッカーに喪章を結びました。何だかいいなと思ったのです。

少女は街に飛び出し、身を伏せるようにして、路上に残った船の航跡を抱きしめました。ずっとそうしていたので、少女が立ち上がる頃には、その航跡も海の一部へと戻り、もう何の名残も感じられないまっさらの海になってしまうのでした。

波は波のやり方で少女の前にひざまずくと

 

『飼葉桶を囲む牛とロバ』より

牛は、沈黙にリズムをつけたり、含みを持たせたり、句読点をつけたりすることができるのです

ふたりと二頭を結ぶものは、昼のあいだすこし薄くなり、訪問客によってばらばらになったりするのですが、日没とともにぎゅっと濃縮され、奇跡のような安心感を生むのです。

微生物たちがイエスに挨拶をして、飼葉桶のまわりを一周まわるまで、他のものは一時間待つことにしました。

 

『セーヌ河の名なし娘』より

『海までたどりつく』この言葉だけを道連れに、娘は流れてゆきました。

 

ノアの箱舟』より

砂つぶからも水が吐き出され

 

【可読性】1点 (1点)

すらすら読めます。


【構成】1点 (2点)

短編集ということもあり、構成にはあまり工夫が見られないし、あまり作品構造を意識した感じはないように思う。ちょっと間延びする感はある。

 

【台詞】1点 (2点)

特別響いた台詞はない。

 

【主題】1点 (2点)

かなり言葉にしにくいが、訳者の後書きでも使われている「フランス版宮沢賢治」という例えがぴったりだと思う。作品はどれも死や宗教を取り扱っており、一部には自己犠牲についても書かれている。ただその事実が分かるのみであり、この作品を通して作者が何を伝えたかったのかを自分はくみ取れなかった。読めば種族を問わず「生きているもの」に優しくなれるような気はする。

 

【キャラ】0.5点 (1点) 

悪くはないが、特別良いようにも感じなかった。

 

加点要素

【百合/関係性】0点 (2点)

該当描写なし。

 

【総括】

個人的に気に入ったのは以下の作品。

『海に住む少女』

『飼葉桶を囲む牛とロバ』

『セーヌ河の名なし娘』

『空のふたり』

これらはどれも読む人間の想像力をかき立て、あまり見たことのない世界に連れて行ってくれる。表題作は文字通り海から上がったり沈んだりする誰もいない街に住む少女という勝ち設定で楽しめるうえに文章の特異さもあるし、『飼葉桶を囲む牛とロバ』は自分達がよく知るマリアの受胎告知を動物の視点から語り直す点で、視点の異なる聖書を読めるようでとても興味深かった。あとのふたつは世界観がかなり良い。とはいえ、全体的にふんわりした作品に仕上がっているため、最近の刺激的な作品により大味になりつつある自分は正確にこの文章たちの価値を図りかねる。児童文学やファンタジーが好きな人に是非読んでもらいたい文章だと思う。

 

佐藤順一&柴山智隆『泣きたい私は猫をかぶる』観た!

佐藤順一&柴山智隆『泣きたい私は猫をかぶる』(2020)

泣きたい私は猫をかぶる - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarks映画

映画「泣きたい私は猫をかぶる」公式サイト|Netflixにて全世界独占配信中!

【総合評価】6点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

ガチで大事にしたい作品(9<x)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)


【世界構築】0.5点 (2点)

作画は好き。キャラデザもよくて、特にムゲの目や睫毛がとてもよかった。

肝心のシナリオは……ジブリの『猫の恩返し』を下敷きにしているのだろうか。独自の世界観を生み出そうとしているが、全然できていないように感じた。生活の描写シーンが少ないため、猫だけが住む島・猫島の現実感も一切ないし、ただ人間の街の延長線上に存在する場所になっている。ムゲときなこが頻繁に街と猫島を行き来したり、他のキャラも簡単に猫と人間の変身を繰り返すことも原因のひとつだ。ふたつの世界、または人と猫との間に明確な断絶や境界線がないために、物語上の緊張感も生まれない。自分としては、作品の没頭に重要な「フィクションとしてのリアリティ」を感じることができなかった。

とはいえ、猫になって人間の言葉が聞こえづらくなるという表現は非常に重要なムーブであり、自分好みのものだった。これでさらに「にゃにゃっ!?(えっ、日本語も読めないんだけど!)」となるとよかったのだけれど。

その辺りをしっかり書いているお気に入りのラブライブ!の二次創作があるので貼っておきます。

www.pixiv.net

マジで猫への変身をやるならこれくらい徹底して描写してほしい。大好きな作品だし、物語の強度や猫になる動機的にもこっちの作品を読んだ方が満足度は高いと思います。

 

【可読性】1点 (1点)

観るのを辞めようと思うことはなかった。


【構成】1点 (2点)

全体的に盛り上がりに欠ける。最初のスリルは「ムゲが猫であることがバレそう」なことであり、次に「ムゲが見つからない」「ムゲが猫から戻れない」と続く。でも対抗馬のきなこは早々に諦めて猫に戻ろうとするので、この時点で「ムゲが猫から戻れない」ことのスリルは半減する。もう人間に戻れる空気になる。たとえ猫の店主がどんな意地悪をしてもそこまで怖くないのだ。最終的にはその辺りの問題も天辺にたどり着くことができるかとか、ボールを取り返すことができるかとか(そのうえ店主の動きは緩慢でスリルがない)のアクションになってしまって、ただ画面を眺めるだけになる。銃とかがあると生命の危機的にも良いのだけど、そういうわけでもないし……う~んという感じ。悪くはないけどさ。

 

【台詞】0.5点 (2点)

特に良いと思った台詞がない。

 

【主題】1点 (2点)

他人がいくら楽そうに見えても案外そうでもないし、皆さん与えられた生を精一杯生きましょうという話になりそう。これは本当にその通りだが、自分にとって必要なメッセージではなかった。あとはタイトル通り「猫を被る」というフレーズもそれなりに重要ではあり、子どもが猫を被って全然本心を曝け出さないからこんなことになっちゃうんだよという路線に乗ると、もっとみんな素直に生きましょうという話にもなる。その通りなのだが、個人的にはムゲにとって「猫を被る」対象が両親であるのに対し、実際に猫のお面を被ってアクションをするのが日之出くんという点に論理の混迷が見られたので、タイトルとして不適だろうと思った。

 

【キャラ】1点 (1点) 

キャラとしては、ムゲがかなり活き活きしていてよかった。百合漫画ばっかり読んでいるせいか、ここまで男に対して好き好きな女子を観るのは新鮮だった。でもひのでサンライズアタックは技名として非現実的すぎて全然乗り切れなかった。

親友の頼子ちゃんの百合ムーブはよかったです。まあ、最終的に異性愛規範に回収されるんですが。あと、母親同士でキャットファイトをする感じもよかったです。

 

加点要素

【百合/関係性】0.5点 (2点)

該当描写あり。親友の頼子からムゲに向けての感情は良かったように思う。ムゲは頼子をなんとも思ってなさそうなのも面白かった。この関係性を好きか嫌いかで言えば間違いなく好きなのだが、物語の強度的に乗り切れない部分がある。

あと、きなこと薫さんの関係性も百合っちゃ百合なのかな?

 

【総括】

う~~~~んという感じ。どちゃクソにひどいって訳じゃないが、先述のように物語に入り込めない。本当に佐藤順一が関わってるのかなあ?と思ってしまった。あと音楽があんまりハマってないようにも感じた。『花と亡霊』それ自体は良い曲なのに、挿入タイミングが微妙。それにスタッフロールでは吹き出しをベタベタ貼ってそれなりの文量の物語を進めるので普通に冷めちゃう。何よりラスト、ムゲと日之出が一緒に日の出を見なくてどうするんだよと気が狂いそうになってしまった。あんなに語感の悪いひのでサンライズアタックを延々に繰り返していたんだから、せめてネタを回収しろ!一緒に日の出を見ろ!!!!

ダメだな、粗しか出てこない。あまり良くない傾向なのでこの辺で。

難しく考えずに見る分には楽しめるかもしれません。

にゃるら『僕はにゃるらになってしまった』読んだ!

にゃるら『僕はにゃるらになってしまった ~病みのインターネット~ 』(2021)

Amazon.co.jp - 僕はにゃるらになってしまった ~病みのインターネット~ | にゃるら, 塚本 穴骨 |本 | 通販

Amazon.co.jp: 僕はにゃるらになってしまった ~病みのインターネット~ (MFC) eBook : にゃるら, 塚本 穴骨: 本

【総合評価】7.5点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

ガチで大事にしたい作品(9<x)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)

 

エッセイなので部門別のコメントなし

【総括】

面白かったです。本書でも度々出てきますが、自分はにゃるらになりたい側の人間です。なぜなら無職になっていっぱいアニメを観てゲームをして文章を書いて架空のキャラクターのことだけを考えて生きていたいので。

でも残念なことに働かないと旅行にいけないし、うまい飯も食えないし、欲しい本も買えません……そう考えると、いっぱいお金を稼がなくてもいいものの、それなりのお金は稼がないといけなくなります。それならアルバイトよりも正社員の方がボーナスや福利厚生がそれなりにあってコスパいいよなあ~ということで仕方なく会社の犬として働いています。多分自分には無職の才能があるので、仕事の時間を全部アニメに費やしてもOKだとは思うのですが、じゃあその生活の先でお前は他者にエンタメを提供できる「にゃるら」になれるのかよ?と聞かれると無理なんだろうなあと思います。まあ、ねぎしそにはなれるんですけれどね。

自分語りはそこまでにして(この本を読むと自分語りがしたくなりますね)、本作の面白かったところを下に簡単に纏めておきます。

・無職/治安悪/貧困エピソードが面白い。

電気が止まったせいでPS3内のレンタルDVDが取り出せず延滞料金を取られた

那覇空港の100円ロッカーを漁れば、うまくいけば2.3時間で1000円稼げる

ホームレスの女性、喫茶店に持ち込んだ弁当の面積が最初から半分である

ここらへんのエピソードとか、自分の頭のなかでは絶対に出てこない状況なんですよね。実体験が持つリアリティの強みに割と感動しました。こういうエピソードでキャラに実在感を与えてあげたい。自分にはこういう話があまり無いので羨ましいです。

 

・ドラッグエピソードも面白い

鏡に映った自分を観ながら「オレって宇宙じゃん!」とケタケタ笑い続ける岡島くんの姿

テレビの動きはすべて残像をひきずる

壁の模様が七色に光る

いいですよね。自分もなんとか合法麻薬をやりたくて、大学同期の数人とは「卒業旅行は絶対にオランダに行ってヤクをやろうね」と約束していたのですが、コロナになってこの有様です。本当にコロナが憎いね。憎い憎い憎い憎い憎い。

 

あと、全体を通じてにゃるらさんはやたらと変な熟語(ちゃんと辞書に存在しているがあまり使用されないという意)を使うんだなと思いました。私はそれなりに本を読んでいる方だとは思うのですが、それでも全然知らない語彙に溢れているんですよね。この体験はややこしいエロゲ(『鬼哭街』とか『装甲悪鬼村正』とか)をしたときにも感じた覚えがあるので、にゃるらさんの語彙はニトロプラスあたりのエロゲから来ているのかもしれない……と考えていました。真偽不明。あとは、アニメのエピソードとか台詞とかをたくさん記憶していて羨ましかったです。自分はどれだけ興奮しても、いくらメモをしても覚えられないことばっかりなので。

というわけで、にゃるらさんも書いていますが、この本を読むとにゃるらさんの半生をほぼ知れるようになるのでいいと思います。自分はにゃるらさんにそこまで興味があるわけではなく、にゃるらさんの現在のポジショニングに興味があったのですが、この本を通じてにゃるらさん本人にも興味が湧きました。自分はにゃるらさんをフォローしていないし、普段から追っているわけでもないし、この本も図書館にあったから借りた程度の距離感なんですけれど、にゃるらさんが立ち上げた「Twitter2/ユクーリ」のdiscoサーバーには入っているんですよね。面白そうなので。で、それくらいの遠さから見る「にゃるら」って普通に虚像なんです。それがこの本を通じて「あ~にゃるらさんも普通の(寂しい)オタクなんだな」*1と感じることができました。やっぱりキャラの実在性を構成するのはエピソードなのかなと。これからも一次創作でも二次創作でも、特別なエピソードを練り練りすることに取り組んでいきたいと思います。そのためには外に出ないといけない気もする。

*1:私はオタクは基本的に寂しいものだと思っています

V.S.ナイポール『ミゲル・ストリート』読んだ!

V.S.ナイポール『ミゲル・ストリート』(1959)

Amazon - ミゲル・ストリート (岩波文庫) | Naipaul,V.S., ナイポール,V.S., 自然, 小沢, 正嗣, 小野 |本 | 通販

https://www.amazon.co.jp/dp/4003282019/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_SVQHX8S5GQPNHPVC1XPF

【総合評価】9点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

ガチで大事にしたい作品(9<x)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)


【世界構築】2点 (2点)

1962年に独立するが、それまではイギリスに占領されていたトリニダードが舞台。アメリカとイギリスが文化の中心(憧れの対象)となるような田舎で燻っている人間が描かれていて良かったです。本作から推定されるトリニダードを構成する要素は「黒人」「貧困」「無教養(暴力)」かな。それらを分け合いながらも奇抜な要素を組み込んだ登場人物やその台詞によって、独特の空気の醸成に成功していると思った。流石ノーベル賞作家。

また、この物語の全体を覆っているユーモアが本当に好みで、楽しく読めるのが良かったです。以下、印象的な文章を引用。

エリアスが口にした、びゅんがくは、僕が聞いた言葉のなかでもっとも美しい言葉となった。何かの食べ物、チョコレートみたいにコクのあるもののように響いた。

中国人のガキが俺のことを「ダディ!」って呼ぶんだぜ。

俺は黒玉みたいな黒ん坊。女房はタール人形みたいなんだぜ。

それなのによ。

中国人のガキが俺のことを「ダディ!」って呼ぶんだぜ。

なんてこった、誰かが俺のコーヒーにミルクを入れやがった。

ヒルトンさんが亡くなったのはマンゴの季節ではなかった。でも、クリケットのボールを十から十二個くらい取り戻すことはできた。

彼女が両腕を体の横につけていると、その両腕はまるで括弧のマークのように見えるのだった

取っておいで、とものを投げてやっただけで、地球上でもっとも幸福な犬になった。

ローラは僕の頬にキスをして聖者クリストファーのメダルをくれた。首にかけてちょうだいね、と彼女は言った。そうするよと約束して、僕はメダルをポケットにしまった。そのあとメダルをどうしたか覚えていない。

 

【可読性】1点 (1点)

基本的にリズムがよく、すらすら読めてよかったです。


【構成】1.5点 (2点)

めちゃくちゃ凝った構成という訳では無いが、上手な群像劇だと思う。先述ではあるが、ミゲル・ストリートに住んでいる変な人々の短編を重ね合わせることで、トリニダードの空気を描いているのがかなり良かった。また、1章からずっと出演しているミゲル・ストリートのムードメーカー(ご意見番)であるハットが、全17章のうち16章で「ハット」というタイトルで掘り下げられるのが激アツでした。しかもそれがミゲル・ストリートの終わりに直結する物語なので、尚更良いですね。

 

【台詞】2点 (2点)

非常に好みの台詞が多かった。以下一部引用。

だからどうだってんだ?その話を鉛筆で紙に書きつけて、新聞に送れっていうのかよ?

「ここで何やってんだ」と警官が訊いた。「その質問を私は四十年間ずっと自分に問いつづけているのです」

あんたを追いかけまわしてる女たちはどうなんだい?あんたに追いついたのかい、それとも素通りしちまったのかい?

 それにさ、父さんにもおれたちみたく魂があるんだよ

 

【主題】1.5点 (2点)

色々な読み取り方ができるように感じる。ユーモラスな文体からは「黒人」「貧困」「無教養(暴力)」な地域に住む人は決してみな不幸ではないというメッセージを受け取ることもできるが、最終的に「僕」がふと目覚めてミドスをかっこいいと思わなくなった点や、「ハットが刑務所に入ったとき、僕のなかで何かが死んだのだ」という「僕」の言葉からは、故郷に愛着を持たせていた感情の起点は人間そのものにあり、そこに住む人への関心を失ったときこそが旅立ちの時であるという風にも読み取ることができる。つまり、本作では住んでいる「街」を問題にしているわけではなく、あくまでそこに居着いている「人」そのものに関心が集中しているのだ。これは読書会で出た話だが、本作は街などの風景描写がほとんどされていない。描かれているのは人と家くらいであり、トリニダードがどのような「街」であるかが人を介して「しか」表現していないところもこの主題を支えている要素だと捉えることができる。

もちろん、その人となりの形成に「街」は重要である。治安の悪い街に住む人間と、高級住宅に住む人間は、纏っている空気が違う。では、その違いはどちらから産まれたのか。高級な街並みが人の身なりや言葉遣いを矯正させるのか、貧困な街並みが人の本性を曝け出すのか……このあたりは相補的なので結論を出すことでもないだろう。

ただ、人を描くことで街を描くことができるのも事実だし、街を描くことでそこに住む人々を頭のなかで思い描けるのも事実だ。一方で、人を描くために街を描くことは必須ではないし、街を描くためにそこに住む人を描くことも必須では無い。

僕が永久にいなくなってしまうのに、僕の不在を示すものは何ひとつとしてなく、すべてが前と同じだったからがっかりしたのだ。

「僕」はこの街を人を通じて好きになり、その人たちへの関心が薄れたから別の街に移ることにした。その心の動きは、停滞を望みがちな自分にとっては非常に健全であるように思われる。

 

【キャラ】1点 (1点) 

魅力的なキャラが多かったです。本作で好きなキャラTOP5を挙げると以下の通り。

1 Bワーズワース(自称もっとも素晴らしい詩人)

2 マン・マン(宗教家または自称神)

3 ボーロ(人間不信、散髪屋)

4 ハット(近所に居て欲しかったおじさん)

5 バクー(機械いじり中毒、技術があるとは言っていない)

また、自分に一番似ていると思ったのがエリアスでした。努力をしても中途半端にしか実らない感じとか。読んでいて悲しかったです。

 

加点要素

【百合/関係性】0点 (2点)

該当描写無し。「僕」とハットの関係は、個人的にはラブライブ!SID世界線の穂乃果と海未に近しいものがあったと思うのですが、乾いた関係になってしまった点や人間に対しての重みを感じない点で好みではないと感じました。

 

【総括】

とても面白かったのでオススメです。いろんな人が参加する読書会でも平均7点という高得点をたたき出していました。構成も熱いし登場人物も面白いし、海外文学をあまり読んでないよって人もすんなり読み込めそうな物語だと思いました。しかも認知度が低めのノーベル文学賞作家の作品なので、読むことによる実績解除・マウンティングも可能です。これはもう読むしかないですね。

これを機にミゲスト*1を読んでくれた(あるいは既に読んでいる)方がいらっしゃれば、お気に入りの登場人物を教えてくれると嬉しいです。何卒よろしく。

*1:『ミゲル・ストリート』の略

百合文芸4 一次選考結果報告

昨日、第4回百合文芸小説コンテストの一次選考結果が発表されました。

www.pixiv.net

この記事の最後に報告していたように、自分も1作だけ投稿していたコンテストです。

negishiso.hatenablog.com

締め切りの2日前に、ふと「俺もそろそろ何かしらのアクションをするか」と思い立ち、土日をまるまるこの作品に捧げた覚えがあります。締め切り前に妹からSPIを手伝ってくれとも言われたのですが、マジでそれどころではなかったので「俺はいま本気で文章を書いているので邪魔しないでほしい」と叫んで自室の扉をぴしゃりと閉めました。その時の表情や言動からもマジでやばいやつだと思われていたらしく、翌日の朝に家族から「もしかして、副業で小説家とかだったりするの……?」と言われたのでウケました。いいえと言うのも癪なので、「実は文芸雑誌に2本連載を持っている」と答えました。家族がびっくりしていたので良かったです*1

さて、百合文芸3は一次選考の結果発表に2ヶ月と2週間近く掛かっていたので、今回も5月9日から5月20日にかけて発表されるんだろうな~とは推測していました。頭の中では分かってはいたんです。でも私は卑しいので、4月の中旬から毎日「百合文芸」でTwitterサーチを掛けていました。自分だけがこんな卑しいサーチをしているとは信じがたいので、多分300人くらいは毎日サーチをしていたのではないか邪推します。

だって気になるじゃん、結果発表。

昨日も朝から3回くらいサーチをかけていました。自分の観測範囲では数人のオタクが文字にして結果発表を待ち望んでいました。けれども、午後2時段階で未だ結果は発表されず。

「16日が本命っぽいな……」と思いながら仕事を終わらせたのですが、帰りにTLを眺めていると相互フォロワーさんが百合文芸4の結果発表リンクを貼っており震えました。

しかもその方は、「相互の人で通っている人がいる」とツイートしているものだから気が気ではありません。「え?俺?」「でもこの人の相互いっぱいいるしな……」と思いながらも恐る恐る結果を見ることに。

今回は応募作935作のうち、選考通過作品は44作しかないようでした。前回は応募作944作品のうち、一次選考通過作が64作*2だったので、「さらに削ってくるのかよ……」と絶望しつつ、意を決して画面に向き合います。

「なんとなくだけどいなさそ~」と思いながら薄目で画面をスクロールすると……。

自分の名前があったのでよかったです。

「お~」と声が出たのですが、全然現実感がなくて、さてどうしたものかと思いました。とりあえずスクショを撮ってTwitterに放流し、「ワロタ」とだけ呟いておくことに。土砂降りだったので早く家に帰りたかったのですが、よく考えると最近の自分に成功体験なんて何もないし、まだ賞は取っていないとはいえ人生のうちで約20倍の倍率をくぐり抜けることなんてなかなか無いよな~と思ったので、自分を労るためにも外で呑むことにしました。

本当は知り合いと一緒にこの喜びを分かち合えれば良かったのですが、私は地元に友人がほとんど居らず、居ても自作小説のことを話せるような関係性を構築していないので、一人で寂しく飲みました。ちょっと悩みましたが、お互いに小説を書いていることを知っている唯一の中高同期にLINEで報告すると「よかったじゃん」「読んだけどキモくて面白かったよ」と褒めてくれたので嬉しかったです。

f:id:negishiso:20220514143737j:image

リアルでこのことを言ったのはその人だけです。交友関係が狭すぎる気がしますが、褒めてくれる人がいるだけ有り難いですからね、本当に。

さて、肝心の最終結果ですが、6月中旬に発売の百合姫8月号にて発表予定とのことですので、あと1ヶ月はお預けということになります。恐らく殆どの人は「こいつの名前が最終結果発表のときに何処にも記載されていませんように!」と願っているかと思います*3が、何かしらを受賞すると作品が纏められて本になるらしいので、それになれたら嬉しいなあと思います。

まあ、選ぶのは自分ではなく選考委員の方なので、自分はいつも通り本を読んだりアニメを観たり映画を観て感想を書くだけの機械になるしかないのですが。

これが人生で最後の成功体験になる可能性も視野に入れつつ、適度に喜んでいきたいと思います。

 

今回の選考通過作はこちら。気が向いたら読んでみてください。読まなくても全然大丈夫です。

www.pixiv.net

*1:嘘です。こんなやりとりはしていません

*2:暇すぎてずっとそういう数字ばかり調べていました

*3:他人の不幸は蜜の味といいますからね

古川日出男『非常出口の音楽』読んだ!

古川日出男『非常出口の音楽』(2017)


非常出口の音楽 | 日出男, 古川 |本 | 通販 | Amazon

【総合評価】7.5点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

ガチで大事にしたい作品(9<x)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)


【世界構築】1.5点 (2点)

始めて触れる古川日出男作品でした。本作は短編集ですが、収録されている作品すべてに「適当なことを書いてやるぞ」という意志が込められているように感じ、好みです。どれも楽しく読めたのですが、長編でもっと深くの世界にまで入り込みたいなと思いました。短編集に求めることではない。

 

【可読性】1点 (1点)

文字が大きく、リーダビリティも高いためにすらすら読めました。


【構成】1.5点 (2点)

構成なんてあってないような作品が多かったのですが、本作についてはそれが魅力なので。

 

【台詞】1.5点 (2点)

文体とともに自分好みの対話形式でした。特別これが好き、という台詞はありません。

 

【主題】1点 (2点)

筆者あとがきによると「人には、ときには非常出口が必要だ」がテーマらしいのですが、そこまでダイレクトに響きませんでした。物語で非常出口が語られるというよりは、この物語によって引き起こされる「笑い」によって非常出口が見つけるようなイメージが近かったです。ただその場合、本作を完全にギャグ作品として受け止めることになるので注意が必要です。

 

【キャラ】1点 (1点) 

魅力的なキャラが多かったです。

 

加点要素

【百合/関係性】0点 (2点)

該当描写無し

 

【総括】

面白かったのでオススメです。特に自分好みの作品は以下の通りです。

『サマーレイン

機内灯が消えた』★イチオシ

『殺伐ちゃんが将来なりたいものは気象予報士

『シュガー前夜』

糸とライオン』★イチオシ

アップルヘッド、アップルヘッド』★イチオシ

『卵泥棒おおいに語る』

『うはうさぎのうなんですか?いいえ、うは裏切りのうですね』

以上。

多くを語るような作品ではないので、この記事でも特に何かに触れることはありません。文体と心地よさを楽しめれば良いように思います。

ジュリア・デュクルノー『TITANE/チタン』観た!

ジュリア・デュクルノー『TITANE/チタン』(2021)

TITANE/チタン - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

映画『TITANE チタン』公式サイト

【総合評価】9.5点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

ガチで大事にしたい作品(9<x)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)


【世界構築】3点 (2点)

これについては簡単にストーリーを書いた方が早いと思うので、ネタバレ満載のあらすじを書きます。絶対にあらすじも読みたくないという人は注意してください。自分は大まかな物語を知ったうえで観ましたが十分に楽しめました。なぜなら私は話のあらすじを理解できなかったので。

<あらすじ>

幼い頃の交通事故によって頭にチタンプレートを埋め込まれた少女アレクシアは、手術以来車に対して性的に興奮するようになる。その後、成長してモーターショーでダンサーとして働くようになったアレクシアは、自分に寄ってくる人間を殺し続けたり、車と激しくセックスをしたりする。ある日、ひょんなことからアレクシアは車との子どもを妊娠するが、一方で殺人時に獲物を取り逃がし、連続殺人の犯人として指名手配されるようになる。アレクシアは自分の髪型や体形、顔つきを変化させることで、昔行方不明になった少年に成り代わり、少年の親である消防士ヴァンサンのもとを尋ねて無事に保護される。それから妊婦のアレクシアは男装をしたりひげを生やしたりして、消防士見習いとしてヴァンサンと親子関係を結ぼうとする話です。

あらすじはともかく、カメラの動き方や映像としての強さは最高で誰でも興奮できるので、映画好きなら観て損はないです。グロいけど。

 

【可読性】0.5点 (1点)

身体破壊による映像から伝播する痛みがかなり強く、何度か途中退場か目を瞑ろうかと考えてしまった。まあ、それより映画の面白さが勝ったので仕方なく観ましたが、途中で帰る人がいてもおかしくないとは思う。グロいの苦手なので。


【構成】2点 (2点)

完璧な気がする。エンタメとして模範的ではないだろうか。殺人、妊娠、成りすましというアレクシアを取り巻く3要素は常に物語に緊張をもたらし、ラストでしっかりと決着が付く。どんどん醜くなるアレクシアの身体も、キモい赤ちゃんの余韻も、ふたりが行き着いた関係性も全てが素晴らしい。

 

【台詞】1点 (2点)

そこまで響いた台詞はない。ラストのヴァンサンの台詞くらい?

 

【主題】2点 (2点)

観た人なら殆ど分かると思うが、やっていることは神話(っぽいこと)の再生産である。TITANEはタイタンとも読む点であからさまだし、ヴァンサンは自身を神と、アレクシアをイエス・キリストと呼ぶように強制するし、最後の出産は神々しく感じさせるように作り込んでいるし、明らかに神話との親和性を高めている。ポスターに書かれている「壊して、産まれる。」というフレーズは処刑されたキリストの復活を連想させるし……まあ、そういうことなのだろう。この辺りはねちねち書いていても面白くない。とはいえ、本作は完全に聖書と対応しているわけではない。個人的にここが気になるポイントだ。キリストは処女のマリアから生まれるが、本作におけるキリストであるアレクシアは、(車と性交した)処女として子を授かって産むマリアの役割を果たす。さて、果たしてアレクシアはキリストなのかマリアなのかハッキリしてほしいが、最後に生まれた赤ちゃんを「復活」したアレクシア自身だと考えると、あの出産によってキリストが再生産(あるいはマリアからキリストに転換)されたのだと考えることができ、ヴァンサン(神)とアレクシア(マリア→キリスト)は、真の意味で親子になったのだと考えられる。アレクシアはキリストに成りすましたマリアだったのだ。もちろん、その成りすまし(嘘)は共に過ごした時間(既成事実?)によって真実となる。その大筋にぶら下がる形で、先天的な肉体・血縁関係・性的嗜好を乗り越えた家族愛のかたちが表現されているように思った。自分は既成事実というフレーズが好きです。楽しい主題だと思います。

 

【キャラ】0.5点 (1点) 

ヴァンサン、アレクシアともに魅力的である一方、アレクシアの殺人衝動を押さえる理性については理解しがたいし、車への性的嗜好やダンス後の人間への対応でも表現されている①アレクシアの人間への興味の無さと、自傷を容易にする②自身の身体に対しての興味の無さと、③守りたい者も(信頼できる)保護者もいない現状という上記3点からは、警察から逃れようとするアレクシアの意識が説明できないように感じた。何故アレクシアは警察から逃れたのか?おそらく大量殺人による死刑を免れ、自分の自由を確保しておきたいためだとは思うが、そこまでしてなぜ彼女は生きようと思っていたのかがうまく掴めなかった。確かに、誰でも死ぬのは怖いだろう。ただ、他人を殺すことにまったく躊躇が無い彼女にとって、自分の死も恐怖の対象になり得るのだろうか。アレクシアの持つ「死」のイメージが、自分のなかでうまく消化できなかった。もっとも、他者を完全に理解することなんて不可能なのでこれで良いのだけれど、行動原理だけは把握しておきたかった。自分の理解力がなさ過ぎるだけ説はあります。

 

加点要素

【百合/関係性】0.5点 (2点)

僅かに女性間での性交シーンがあるが、自分が百合を主張したいのはその部分ではない(あれはレズビアンによる性交であり、物語性はない。異性間における性交のように通常の営みである)。自分が心を引かれたのは、父親ヴァンサンとアレクシアが到達する関係性である。虚構により成立した関係だが、その既成事実が二人にとっての思い出となり真実にすらなる様は非常に百合的であると感じられた。そろそろお気づきの方もいるかもしれないが、もうこの百合カテゴリでの加点方法は無茶苦茶なので、これからは「百合/関係性」という表現に変更しようと思います。もちろん優位性を持つのは百合だけれど、女性同士でない関係性についても受け皿が欲しかったし、そもそも百合という関係性を女性同士に限定している必然性も、自分自身よく分かっていないので。

まあでも今回の関係性の良さも、幼なじみの美少女がいちゃついているシーンと比べれば全然格が違いますけれどね。

 

【総括】

面白かったのでオススメです。少なくとも、一度観たら忘れられない映画になると思います。個人的には対物性愛の取り扱いがちょっと気になってしまって、まあ車とセックスをしてもいいのだけれど、(今はまだ)男性性の象徴とされる車と女性をセックスさせてもあんまり面白くなくね?感はありました。車である必然性はないように思えたし(車とのセックスの映像は最高でしたが)、ビルとか自転車の方が個人的には好みです。

一方で、放火するアレクシアと消防士のヴァンサンとの関係性は、ヴァンサンの方が支配的になる(親になる暗示)という意味で良い配置だな~と思いました。とにもかくにも、自分はこの映画の世界観と設定、構成・脚本に惚れ込んだので、しっかりと真似していきたい次第です。あと、ジュリア・デュクルノーの『RAW~少女のめざめ~』も観たいな~と思いました。何処かで観れるのかな。