新薬史観

地雷カプお断り

「バーナード嬢曰く。」がめちゃくちゃ面白い

施川ユウキの漫画、「バーナード嬢曰く。」(略称:ド嬢)がめちゃくちゃ面白い。

前々から読書系百合漫画だと話題に上がっており気になっていたのだが、往々にして「気になっている」作品というのは、インスタのストーリーズにぶち込むようなもので、24時間後には頭から跡形もなく消えている。ふとした時に目に入ってもまたストーリーズとして24時間後に消えるので、なんらかのキッカケがないと手元に残らない。

自分の場合は、kindleで50%ポイント還元というのがキッカケとなった。

まったく恥ずかしい話だが、自分はお惣菜も半額にならないと買えないような人間で、欲しい本も今ではメルカリに頼る生活が続いている。すべては安いからであり、倹約というより吝嗇の域に達しているなとは常々思う。

そんな自分が購入してから言うのも何だが、「定価で買えばよかった……」と後悔するような作品だった。いや、まだ連載は続いており、過去形にするものではないのだが。読んでいる途中から、もう既に作者に何らかのかたちで還元したいという思いが強くなり、5巻を読み終わった今、折角なので同作者の「鬱ごはん」を購入した。kindleなので定価ではないが、少なくともこれが自分にできる精一杯だ。

 

 で、この作品は簡単に言えば、「できる限り楽に本を読んだ気になって読書家ぶりたいド嬢(町田さわ子、アホ系女子)と、SF小説オタクでガチな読書家の神林しおり(ツンデレ系女子)が、本について語る漫画」だ。主要キャラとしては、他にも「捻くれた読書家の遠藤(ニヒリズム系男子)」、「ミステリ好きの長谷川(小柄なマスコット系女子)」がいて、話自体は4人を中心に描かれているのだが、基本的に、さわ子が楽に本を読みたい~と愚痴り、それを神林に(時に物理的に)突っ込まれることで話が生まれる。ジャンルとしては、日常系ギャグということになるのだろうか。

 さて、日常系漫画といえば何かと重視されがちな絵柄であるが、これに関しては少々人を選ぶかもしれない。

 少し変な例えを挟んでしまうが、絵が上手い漫画は無関心の人から目を引き、手に取られやすいという傾向にあるという持論があり、そういう意味で絵のうまさは就活における学歴みたいなものだと考えている。「作者自身も『自分の絵は下手』だと認めているから」という免罪符を片手に失礼を承知で書かせてもらえば、ド嬢の学歴は高卒くらいだろう。画力オバケが溢れるこの漫画界で、ド嬢はお世辞にも画力が高いとは言えず、大企業の人事部である皆様からは、なかなか存在を認めてもらえないかもしれない。しかし、肝心なのは外見ではなく中身である。いくら学歴が高くても仕事が出来なければ「東大くんなのに仕事できないねえw」と馬鹿にされるし、絵が上手くても話が面白くなければページをめくるのが億劫になる。

 その点、バーナード嬢曰く。はめちゃくちゃに漫画が面白い。仕事ができるバリキャリウーマンだ。最高だ。出世コース一直線だ。内容的に読書の話ばかりで、出てくる人間も内向的な人ばかり(さわ子以外のみんながそう。読書家はつねに無口なのだ)なのに、本当にびっくりするくらい面白い。

 この面白さは、もちろん自分の好きな読書をテーマにしているというのもあるが、さわ子の奇想天外な行動によるものも大きいだろう。読書をたしなむ人間には考えられないような「本を読みたくない理由付け」を次から次へと繰り出すことで、読書をする側の人間は神林に感情移入し、「いいから読めよ!」とツッコミたくなるし、実際に神林がすごく気持ちのいいツッコミをしてくれる。このツッコミがまた、容赦ないのだ。顔面を握りつぶしたり、殴ったり机に叩きつけたりする。暴力のイメージとしては「キルミーベイベー」のソーニャとやすなのようなやりとりを和らげた感じで、激しいけれど爽快感があり、まったく不快に思わない。作者の角張った特徴的な絵柄もあるだろうが、こういうところに良さとして活きているのだ。

 話が逸れてしまった。こういう表面的な文章だけでは、「ふ~ん、で?」という感じかもしれないので、漫画を文章で語るという点に少々不安が残るが、自分が面白いと思うところを説明していく。

 

○読書をする人間ならではの面白さ

・選書センスがいい(知らない本に出会える)

 自分がよく読む本はSFだが、それまでは純文学を読んでいたような人間で、そういう意味では神林に近い存在であると言える。ただ、神林の知識量は半端ではなく、彼女を前にすると、自分も本をよく読みますとは口が裂けても言えなくなる。神林だけでなく、長谷川のミステリに関する蘊蓄もすごくて、二人とも本当に高校生かというような知識量で、読者とさわ子を圧倒する。遠藤はかなり偏っていて、ちょうど読書量でいうと自分に一番近いのが彼かも知れない。

 で、みんな好きなジャンルが違い、みんなが読書に真剣なので、彼らの語りによる本の紹介は非常にしっかりしている。これが、自分みたいなニワカ読書家にとってはありがたいところで、楽しく漫画を読みながら、知らない良書にたくさん出会えるというのは、まさに一石二鳥だろう。

 

・作者の読書に対する姿勢が嬉しい

 自分は自分の時間をかなり大切にするタイプで、自分の世界に浸るあまり他者への関心が薄いというように、社交性において重大な欠点(?)がある。

 作者もおそらくそういうタイプで、漫画の合間に挟まるコメントから、近しい人間性が知れて嬉しくなる。なかでもずば抜けて好きなのが宮沢賢治の「告別」について語る部分なのだが、宮沢賢治の切実な文章も助けて泣きそうになってしまった。

 思わず作者の話になってしまったが、この部分もド嬢の魅力であるように思う。さわ子と神林のように、遠藤と長谷川のように、コメントを通じて、作者と読者は本について語り合っているような錯覚に陥る。いや、実際に語りかけてくれているのだから錯覚というのはおかしいか。

 とにかく、読書に真剣な人間の言葉は楽しく嬉しいもので、語りを読むだけで気分が良くなってしまう。最後の方に、まとめて参考文献を表記してくれているのもありがたく、そういう姿勢に、作者の読書家としての一面を見ることができる。

 

カップリングのオタクとしての面白さ

・本を読む3人と、本を全く読まないさわ子の関係性

 さわ子は本当に本を読むのが億劫で、如何に楽に読書家ぶれるかを考えている。

 集中力が続かない、本を読む意味がわからないなどと発言しては、ガチの読書家の神林を怒らせているさわ子だが、同じ読書家の遠藤と長谷川はいつも聞き流している。二人の精神が穏やかということもあるが、この構造が後々の話に響いてきて、4~5巻になると、さわ子と神林、遠藤と長谷川という決まった組み合わせが成立することになる。1巻を見る限り、さわ子が遠藤に気のあるような描写が続いていたのだが、途中からさわ子の相手を神林が引き受けるようになり、上記のような組み合わせに至る。で、これの何が良いかというと、あくまで個人的な話になるのだが、公式カプとの解釈一致が大きい。安易に何でもカップリングにするのはどうかという話だが、作者本人が作中で「ド嬢と神林の特別な二人だけの関係を描きたい」と表明していることからも、さわ子と神林は作者公認の公式カプ、あるいは特別な関係にあると言える。自分も、この二人の関係性が大好きなところがあり、ページをめくる手が止まらなかった。

 

・さわ子と神林の関係

 前にも少し述べたが、この二人の関係性は対称的で非常に面白い。本を読む人間と読まない人間、本来ならば関わることのない二人が、「読書家ぶりたい」というさわ子の気持ちに導かれて出会うようになる。

 で、本当に面白いのが、さわ子が「本を読むようになる」というところだ。1巻から5巻にかけて、神林はさわ子に数十冊の本を薦めるのだが、全部とは言わなくても、さわ子は少しずつ勧められた本を読むようになる。「如何にして読書家ぶるか」というさわ子の気持ちは落ち着き始め、「如何にして他の三人と話を合わせることができるか」にシフトしていく。同時に、読書を通して神林という人間の面白さにも気づき始め、さわ子は神林を友人として大切に思うようになる、という精神的成長を目の当たりにするようになる。

 それだけではない。本当に良いのが神林の感情で、おそらく今までずっと読書をしてきて、まともに友達なんて居なかっただろう神林に、突如として現れた友人がさわ子なのだ。そのさわ子への感情の大きさは漫画の節々で描かれ、「自分が貸した本をちゃんと読んでくれる」「時々深夜に電話してくる」「一緒に学校をサボりたくなる」など、さわ子は神林にとってかけがえのない友人であることを読者はイヤというほど分からされる。さらに、その感情がツンデレのようなかたちでさわ子に還元される様子を、読者はニヤニヤしながら見ることになるのだ。

 大雑把に言えば、この関係は百合と言えるだろう。時々描かれる学校生活、青春としての時間の切れ端は、二人の関係がいつかは途切れることを示唆し、読者になんとも言えない寂寥感を味わわせる。

 けれども、神林にとっての読書は命に近しいものであり、その読書において誰よりもさわ子と繋がったという事実は、友情というには言葉に切実さがなく、百合というには安易に過ぎる。5巻にもなると、さわ子はしっかり本を読むようになり、神林と徐々に感性が近しくなっていき、衝突することが少なくなっていくという点でも、二人の関係が今後より近くなるという可能性が十分にある。

 現時点では、青春特有の同性愛(百合)と片付けることもできるかもしれないが、作者が狙う「二人だけの特別な関係性」は、まだまだもっと先に設定されているのかもしれない。

 

以上、想像以上に長くなってしまったが、このあたりで紹介をやめておく。果たしてこの記事を読んだ人間で興味を持ってくれる人がいるのかは分からないが、本が好きなら絶対に読んで損はしないだろうし、本が好きじゃなくても本が好きになるかもしれない漫画である。

 是非いろんな人に読んでもらいたい漫画である。

 いまならkindleで半額なので……是非。