太古の遺跡とは、なぜかくも魅力的なのだろうか。
インターネットの話である。
昔から自分は、太古の文化に憧れてしまう節がある。自分が初めてインターネットを自由に使えるようになった時、おもしろフラッシュ倉庫が隆盛を誇っていた。
「おもしろフラッシュ倉庫とはなんだ」と言われれば、おもちろいフラッシュの倉庫だと答えざるを得ない。それ以外に回答のしようがないのだ。
それではどんなフラッシュがあるのかと聞かれれば、あまりにありすぎて困ってしまうので元サイトを閲覧するのがよろしい。果たして、これが十数年前に閲覧したサイトなのかは怪しいが、サイトの纏うごちゃついた空気が懐かしい。
簡単におもしろフラッシュの中身を紹介するなら、下のようなものがあるだろう。
ドラえもんの絵描き歌
あるいはハゲの歌
あるいはタラちゃん神になる
この他にもバイオレンスサザエさん、千葉滋賀佐賀、恋のマイヤヒなどが肩を並べる。
今見返すと、何が面白いのかさっぱりわからないものだらけだが、当時は面白くて仕方なく、友人の家でパソコンを複数人で囲みながら、ゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。学校では常におもしろフラッシュの話で持ちきりであり、見ていない児童は話の輪に入ることができなかった。とはいえ虐めという訳でもなく、「なんだそれは」と顔を突っ込めば「なに、お前はあの面白いのを知らんのか」と手を引かれ、新参も次から次へとパソコンを囲むようになり、全員グロテスクなサザエさんネタで爆笑していた。
派生先として、「ウォーリーを探さないで」「赤い部屋」などがある。
さて、どうしてこんな話をしたのかと言うと、自分の世代の「太古のインターネット」と言えばまさにこのあたりであり、これ以上の太古は存在しないのではないかと思っていたからだ。
少し前までは「けいおん!とあの花が好きです!」というジョークがにわかアニオタを揶揄するものとして身内で流行っていた気がするのに、今思えばその放送も10年前のことであり、真顔になってしまう。「最近のオタクはニコニコ動画流星群なんてしらんじゃろ」と調べてみれば、実際に12年前が初投稿であり、変な声が出てしまう。ボカロ、東方、らんらんるーなんて言い始めるとキリが無い。
自分にとってのインターネットの原体験。
ここがすべての始まりであり、アダムとイブの楽園なのだ――そう信じていた自分は、この歳になって読む「太古の同人作家あるある」ツイートやエッセイに疑問を抱くようになる。
一連のツイートには、「あ~!なつかし~!」というリプライがついている。「完全に黒歴史……」「パスワード忘れて閉鎖できない」などなど、悲喜こもごもの声が散見される。
そして自分は、ふと思うのだ。
「そういえば、俺はそんなことをしていない気がする……」
それらがどういうものかは理解している。自分も中学生くらいの時に訪れた個人運営の創作サイトにはそういうものがあったし、HTMLを自分で打っているだろうサイトの淡泊な容貌には懐かしさを覚える。
しかしながら、キリ番、裏サイト、脱衣ブロック崩しなんてものをやった記憶はないのだ。なぜならそれはエロと同人の専売特許であり(だよね?)、自分はそのころ、エロと同人なぞ知るよしもなかったからだ。
そして自分は思いつく。
「小学生の自分が使っていたインターネットを、当時の大人も使っていたのか……」
当然のことである。
インターネットはおもしろフラッシュ倉庫とニコニコ動画だけではないのだ。自分が知らない当時の遺跡が、今もこのインターネットの海にたゆたっているのである。
そして自分は思いつく。
「脱衣ブロック崩し、やりてえ……」
本当にやりたかったのだ。
太古の遺跡とは、なぜかくも魅力的なのだろうか。
○
脱衣ブロック崩しとは、その名の通り、脱衣させるブロック崩しである。
プレイヤーは画面下部の壁(あるいは反射板、あるいはトランポリン)を左右に操作し、画面を飛び回るボールを跳ね返していくのだ。ブロックというの名の「衣服」にボールを当て、そのブロックを崩していくと女の子の全裸が拝めるというシステムのフラッシュゲームとなっている。
「まどろっこしいことをせずに、とっととエロ画像だけを出せよ!」という怒りはもっともだが、それは伝統文化に効率を持ち込むようなもので、個人的には感心しない。
郷に入っては郷に従うのだ。ここでの郷とは、かつて存在したインターネット墓場である。墓場に入ってもよいのは、幽霊と墓守と遺族だと相場が決まっている。私たちは遺族の気分で、菊の花を添えるように、静かに脱衣ブロック崩しをせなばならないのだ。
両手でキーボードに「脱衣ブロック崩し」と打ち込めば、いろんなサイトが出てくる。
やはりオリジナルのキャラが多く、何度か脱衣させようと試みて、案外難しいゲームに眉をしかめる。少しやっては飽きて、また別のサイトに入っては出ることを繰り返すうちに、自分はあるサイトにたどり着く。
なんとなく入ったこのサイト、しかしながらそのゲームのラインナップに、自分は瞠目することになる。
「のんのんびより」「けものフレンズ」「りゅうおうのおしごと!」……。
もう一度いう。脱衣ブロック崩しである。
自分は何度も確認し、慌てて更新履歴を遡った。すると、なんとこのサイト、設立3周年なのである。さらに、最新更新は「2020年09月04日 チェスパズルにカコ(けものフレンズ)追加」(2020年10月6日現在)となっている。
このサイトは生きている!
絶叫しそうになった。午前4時のことである。
マッドマックス・サンダードームのような気分である。こんなところに日本人が、こんなところに生存者が、こんなところに人間が……!
慌てて「エロゲーム」に入った。一番興味を引かれたのはのんのんびよりの一条蛍ちゃんである。クレイジーサイコレズと揶揄されたこともあったが、作中屈指の百合キャラを自分が好きにならないわけがなかった。
始まる、一条蛍の脱衣ブロック崩し――。
そして自分は、このゲームと2時間近く格闘することになる。
問題は、自分のゲームの腕だった。下手くそなのだ。壊滅的に下手だった。何度やっても、すぐにボールを落としてしまう。3回もチャンスがあるというのに!
ノーパソのタッチパッドに限界を感じ、マウスを取り出してみても同じだった。ボールは幽霊にように壁の横をすり抜けていく。何度も何度もやるうちに、ふつうに胸や股間が見えて、それでも衣服のブロックをすべて崩さなければ、ゲームは終わらないのだ。
何度も何度も再チャレンジを繰り返すうち、ふと自分は思いつく。自分は確かに一条蛍が好きだが、よくよく考えれば、この好きは彼女の裸が見たいという好きではなかった。自分は、こまちゃんを純粋に思う蛍を好きになったのだ。こまちゃんを愛でたくて仕方が無い、あの緩んだ表情に惹かれたのだと。
自分には、一条蛍の水着をひんむく理由などどこにもなかった。
さらに脱衣ブロック崩し――遺跡と思っていたこのゲームは、今もなお作成している人がいて、自分のようにプレイをしている人間も居るのだ。
遺跡の代表例としてあげられるこのゲームだが、まだ遺跡ではないのかもしれない。それは作成者にも、プレイヤーにも失礼にあたる。
そもそもの前提が間違っていたのだ。脱衣ブロック崩しは遺跡ではなく、少し寂れた家屋であると。そこには細々としながらも、人々の営みが行われているである。
面白がって、気軽に検索した自分を呪った。頭によぎるのは、石の裏に生き物を探す幼児である。幼児に宿る無邪気な殺意を自らのなかに感じ取った時、自分はすべてが「無理」になってしまった。
あ~……なんというか……。
生きていてすみません……。
しかし、それとは別に、このままでいいのかという疑念は残っていた。
脱衣ブロック崩し、それを「エロを得るゲーム」と捉えた時、自分にプレイする動機はない。しかし、一度敷地に足を踏み入れた罪が消えないのならば、いっそのことやることをやるのが筋ではないか。
クリアしようぜ。脱衣ブロック崩し。
もう一人の自分が呟いた。こんな心の声を語る自分がいて堪るかと思いながらも、まあ、やるしかないのだろうと腹を括る。
ここから行った対策としては、以下のものが挙げられる。
・水着はセパレートタイプであり、一度上下の隙間に入ればある程度は削れる。
・最初に下の水着からボールを飛ばすと、かなりの確率でやられる。画面端からの発射が安牌。
・ボールの動きを上下ではなく、左右にするように心がける。これにより、跳ね返す速度を緩めながらも、ブロックを一網打尽にできる。
・壁の端の判定は少し緩いので、端に寄せる時は思い切り寄せる。
などなど……頭のなかで一生懸命に作戦を組み立ててみる。
しかし、頭では分かっていても、なかなか実行には移せないのだ。どんなにやっても思った方向にボールは飛ばないし、すぐに落としてしまう。そういえば、友人にやらせてもらったアプリゲームのモンストも、自分はめちゃくちゃ下手だった……。
やりながら虚無になる。自分はなぜこのゲームをしているのか。一条蛍の水着を剥ぐ意味とは。思考は堂々巡りし、それでもボールを何回も飛ばし続ける。
残りブロック16個、残りブロック30個、残りブロック2個……。
あるとき、ノーミスで残りブロックが5個という状況になった。これは行ける!と思っても、緊張で手が震え、ボールを3回連続で落としてゲームオーバーになってしまう。
もはや感情も起こらず、半ば脳死でゲームをプレイしている時、ふとそれは起こった。
横に弾けるボールが、どんどんブロックを削っていく。こちらに落ちてくることもなく、ずっと画面上部でブロックを消していくのだ。
次第に意識が覚醒し、真剣に画面を見つめる。
眠い眼を開きながら、瞬時にマウスを左右に捌く。
右、左、右――。
そして残り1ブロック、もはやどこにブロックがあるのかも分からず、ひたすらにボールを打ち返し続けて――。
ついに。
ついに、ゲームクリアである。
一条蛍の脱衣ブロック崩し、ここに完結。
やりおえ、しばらく一条蛍の裸を見つめる。
見慣れた全裸、もはやエロへの感慨はない。
ただ、やりきったという達成感があるのみである。
一条蛍と脱衣ブロック崩し――本来なら年代的に出会わなかった二つを組み合わせ、ひとつのゲームへと昇華させたゲーム作成者への感謝の気持ちを込めながら、古(いにしえ)のインターメットが生んだこの2時間の経験を、自分は何度も反芻した。
ページを閉じる最後に、ふたたび一条蛍の全裸を眺める。
隣に小鞠を置きたいなと思った。