新薬史観

地雷カプお断り

村上春樹「一人称単数」 感想

フォロワーに誕プレでもらった。

村上春樹はちょいちょい読んでるけれど、個人的に毒にも薬にもならないなというのが正直な感想で、読んでいる時は、度数低めの酒をちびちびと飲んでるような嬉しい感じになるのだけれど、読み終わると「あー読み終わった。やれやれ」くらいにしか思わないわけで、それはどうなのかと思ったりする。「読んでいる時に楽しければいいじゃないか」というのはそうなのだが、なんというか読んだ後も自分の血肉となって抱きしめたくなるような一冊でもないし、すぐにメルカリで売り飛ばしたくなるような駄作でもないので、めちゃくちゃ扱いに困る。

なんというか、公共の場に置くべきものだろうか。インフラとまでは言わないし、こんな拗ねたインフラがあっては堪らないが、自分の手元に置くような本ではない気がする。村上春樹の本はどれも。全部読んだわけじゃないけれど。図書館にあるのが一番嬉しい、そんな感じの印象です。伝わるかな。ハルキストの方、もしいたらごめんなさい。ひどいことを言っているかも。

で、それはそれとしてこの「一人称単数」を読んでみた感想が下記。

 

・石のまくらに

好きです。寂しさを抱えている若者同士の一夜限りの物語と言えばそれまでだが、短歌というその人の内面にまで入り込むものを小道具にしていて、村上春樹が好きそうな、「浅いようで、その気になればめちゃくちゃ深い関係になれるんだけれど、主人公が微妙にだるがって先に進まないのでそこで終わる。まあいっか」みたいな話です。普段はやたら酒飲んだり御託を並べたりするけれど、この作品はそんなこともなく、綺麗だなと思った。ちなみに作品タイトルの「石のまくらに」は、最後に書かれた短歌の語句。首切りによる死を彷彿とさせながらも、石の枕と言えば漱石枕流かなと。それを考えると、「自分だけが特別な存在!天才!」の段階を経て、「いや勘違いしてた。私は何の才もない一般人だわ」と理解しつつも、何処かで自分の特別さを意地になりながら信じ続けている自分が醜くて死にたいという、そんな感じなのかなあ。複雑だけど自分はそんな感じかしらと思いました。

 

・クリーム

微妙。羊をめぐってそうな話でした。

話としては、ずっと昔の知り合いからピアノリサイタルに呼ばれたけど、その会場には誰もいなくて、俺騙されたのでは、ってなる流れ。「わけわからんことが起こっても、それは人生において重要なことじゃなければどうでもよくないか」みたいな、いつもの村上春樹って感じでした。作中で興味深かったのは、『「中心がいくつもあり、外周を持たない円」をイメージすることに人生の価値「クレム・ド・ラ・クレム(クリームのなかのクリーム)」がある』という箇所。よくこんな言葉見つけるなあ。すごいなあと思いながら、「中心がいくつもあって外周を持たない円は、球では?」となんとなく思いついてからは、そのことばかり考えてしまうようになった。作中では答えは明かされないし、それは自分で見つけなさいという事だと思うが、自分はなんというか、あまり心に響かなかった。普通。

 

チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ

村上春樹みたいなタイトルしてるな。村上春樹が書いたから当然だが。内容としては、大学生の頃に架空の音楽評を書いたら、十五年後に、その架空の音楽CDが何故か中古ショップに並んでいた、みたいな感じ。いつもの如く、何かの冗談だろうとその場を立ち去るのだが、結局あとから後悔してまたその店に戻ると、既にそのCDはなかった、という話。いつものじゃん。お前はそろそろ欲しいものを素直に手に入れろ。でも出来ないから村上春樹なんだろうなあ。気持ちはわからんでもないし。

コーヒーの匂いを強烈に感じる夢、というのが新鮮で、目覚めの象徴であるコーヒーと夢が同居しているその感じ、また音楽評論は、いつも通りすごいなあといった感じ。自分は音楽を評論することはマジで出来ないので。

ただ、自分がはじめて村上春樹の比喩でキレたのが一カ所。

「それから十五年後に、その文章は意外なかたちで僕のところに戻ってくることになる。まるで投げたことを忘れていたブーメランが、予想もしないときに手元に舞い戻るみたいに。」

いや、倒置を使うような比喩表現ではないだろこれ。

この比喩だけ他の文章からめちゃくちゃ浮いてた。俺だけかなあ。

 

・ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles

ビートルズゴリ推しの話。自分はビートルズをろくに知らないので、折角だからと作中に出てきた曲をようつべで聞いてみたが、あまりピンと来なかった。あと、女性の歓声が半端なかった。めっちゃ人気だったとは知ってるけれど、マジだったんですね(?)。

話としてはかなり好きで、これはいいなあと思った。どこが良いかといえば困るが、村上春樹のいいところと悪いところを良い感じに組み合わせた感じで、そうそうこういうのだよなと嬉しくなった。大きく言えば「自分にとって『運命の人』ではない人が、もし、自分を『運命の人』だと感じていれば」という話で、これが切ない。運命の人は、もし特別なすべきことがなかった場合、あるいは心の支えになるべきものがなくなった場合に、「人生における夢」と置き替えることもできるわけで、その夢がふと立ち消えたことに気がついた時(まるでお兄さんの病気のように)、死にたくなるんだろうなと、そんな気がする。運命の人を願い続けていた「ウィズ・ザ・ビートルズ」のLPを抱えている少女、強いようで、本当にそれしか心の支えがないような不安定性が描写されていて、その絵がめちゃくちゃ良い。傑作だと思います。

 

・「ヤクルト・スワローズ詩集」

これ、好きなんですよね~~~。村上春樹、もう一生こういうしょうもない詩のような散文のようなものを書き続けて欲しい。もうかなりハマって、ここで紹介されているという詩集を絶対に買うぞと思って本屋に立ち寄った。それは村上春樹のコーナーのスミに置かれていて、「おうそうだよこれこれ」と手に取りパラ読みして、けれども「なんか違うな」と眉を顰める。ひとまずカフェでコーヒーを飲んで考えを整理することにした。俺、野球全然知らないんだよなあ……。自費出版に近いから結構高いし、買うべきかどうか。でもまあ、やっぱり買うぞと思って村上春樹のコーナーに行ったら、もう既に誰かに買われてしまったのか、先ほどの場所から消えていた。やれやれ。

 

・謝肉祭(Carnaval)

これもまあ、それなりに好き。自分は音楽がマジでわからんので、音楽でここまで語り合えると面白いだろうなと思うんですが、どうなんだろう。すんげーブサイクな女性、その中身と外見というのがまずおおきなテーマで、結局その中身は(犯罪をしているという意味で)悪だったんだけれど、魅力的な部分も確かにあるし、どっちが本当かしら、という話かな。まあお決まりですがどっちも本当で、自分の外見で強く結ばれた夫と、中身で強く結ばれた僕、その2人の男と女の関係は面白いと思いました。

 

品川猿の告白

これ好きなんですよね。喋る猿という存在も、やっぱり村上春樹の手にかかればすごく均質なものになる。喋る石だろうが、豆腐だろうが、普通の人間のように感じるんですよね。話の内容としても面白かったな。名前を盗んで性欲を満たす、そういう慎ましい生き方をする猿というのはなかなかに面白くて、よくこんな村上春樹みたいな設定思いつくなと思った。村上春樹だから当然なんですけれど。

 

・一人称単数

ま~~~~~~~じで意味が分からん。勘弁して欲しい。

「恥を知りなさい」じゃあないんだよ。なんなんだよその終わり方。ホラー映画じゃないんだから。

ホラー映画なのか?

 

まとめ 

正直、最後の「一人称単数」に全部もっていかれた感じがする。なんというか、理不尽の骨頂というか。

この本のテーマとして、「時間差」「裏切り」というのがあると思っていて、なんかやたらと過去の出来事が今に影響を与えていたり、主人公が誰かを、誰かが主人公を裏切って、その裏に不思議な現象が起こったりする。そんな作品が纏められているような気がした。特別なのが「ヤクルト・スワローズ詩集」と一人称単数だろうか。「ヤクルト・スワローズ詩集」は読者を、一人称単数は自分(作者)を裏切る、という風にも読めるかなと思ったけれど、まあそんなこんなで、わかりやすく考えるなら、人間はいつも誰かを裏切ったり、裏切られたりするもので、必ずその報復にあう――ということでよろしいのか?

絶対に良くないんだよな。でもわからん。この作品集はいったいなんなのか、自分は一体なにを読ませられたのか、マジでわからん。村上春樹ゆるさん。

肌で感じるものなのか? それを言ったらお終いである。