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パトリシア・ハイスミス「回転する世界の静止点」読んだ!

最高の文章を読めて笑顔になっています、今。タイトルからしていいもんね、これ。

というわけでパトリシア・ハイスミスの短編集です。彼女は『見知らぬ乗客』と『太陽がいっぱい』で有名っぽいのですが(自分はいずれも知りませんでした)、そこからではなく千葉集の『回転する動物の静止点』の元ネタとして知ったかたちです。

 

以下、本当は全部に感想を書くべきなんだけれど、個人的に気になったものだけ書いちゃいますね。

『素晴らしい朝』

新しい街に引っ越してきて、すべての風景が輝いて見えていたのに、なんか途中から普通に自分が疎まれていることに気がつき、どんどん風景がくすんでいく様が描写されており、かなり良かったです。面白い。

 

『魔法の窓』

『素晴らしい朝』でもそうだったんだけど、自分の能力を過信しているというか、純粋な希望を持った人間の期待をへし折るのが巧い、パトリシア・スミス。切ない。

 

『ミス・ジャストと緑の体操服を着た少女たち』

これ本当に好き。文章が巧くて、子供と教師の描写に笑える。始まりから終わりにかけての14Pでミス・ジャストを中心としたひとつの世界の創造と破壊が綺麗に描かれていて、こっちも自分の能力の過信をポキリと折ってくるタイプの物語なんだけれど、この作品は子供の無邪気さでその切なさが中和されていて、どちらかと言えば明るい夜明けのような心地になれる作品。好きなんだよな。

 

『ドアの鍵が開いていて、いつもあなたを歓迎してくれる場所』

これも本当に好きで、ADHD気味な女性、ミルドレッドが姉のイーディスを自分の家に招くために奮闘する物語なんだけれど、希望を抱いては上手くいかずに悲しくなるこれまでと同じテイストの話です。なんだか読んでいるこちらまで悲しくなってくるんだけれど、笑えるような不思議な精神状態になる。これまでの話が合うならこの話も合うし、合わないなら合わないだろうなあ……。

 

『広場にて』

これ傑作ですよ。物乞いするほど貧乏だったけど顔と愛嬌だけは良かった男の子が、地元のコミュニティから抜け出し、自分たちと全く違う人種と絡むようになってどんどん「上流階級」に塗り替えられていく。その子が最終的にたどり着くところ、ラストシーンの表現がこれまた良くて、思わず唸ってしまった。

 

『虚ろな神殿』

これも本当に好き。入り方が天才で、狂気と対峙する人間の息遣いや手汗を文章に滲ませることってできるんだと本当に感心した。何も持っていない少女に妄想を吹き込み続けた結果どうなったか、その始末を自分がせねばならないという設定なんだけれど、この時点で異様に面白い。本当に設定と描写が天才。

 

『カードの館』

これも面白い!ストーリーテリングが上手すぎるんだよな。贋作に価値を見いだす男と、贋作として生きてきた女の出会いも綺麗に描かれているし、本当に小説がうまい。

 

『自動車』

こんなひどい話があるかよ、と思うのだけれど、不幸の畳みかけの描写が面白すぎて大好きな作品。ラストのスピード感がすごい。

 

『回転する世界の静止点』

タイトルでもう勝ち。公園に子供を遊ばせている母親同士の邂逅が、彼女たちの視点から紡がれるのだけれど、その視点変更がかなりシームレスで回転するようにクルクル回るのが印象的。親としての義務、近所づきあい、社会などの回転する概念のなかで、女として愛される喜びだけが静止し続けている。これは退廃的な誘いで先には破滅しかないのだけれど、親子ともに公園に惹かれてしまう。この蟻地獄のような「中心の静止点」の表現が面白いんですよ。

 

『静かな夜』

老婆百合、とでも言えば目を引くだろうが、実際にかなり面白いことが静かな夜に行われている。ハティに嫌がらせをされ、殺意に繋がるほどの強い感情を向けてもなお、相手を傷つけることができないアリスのどうしようもなさ、内向性は完全にオタクが大好きな百合です。

 

『ルイーザを呼ぶベル』

割と酷い話が多かったこの短編集だが、最後の読後感は幸せで良い。自分の目論み通りにはならない人を中心に描きながらも、最後にこの作品を持ってきて他人の優しさを美しく描く本作が好きです。

 

以上、殆どの感想を書いてしまったけれど、それくらいこの短編集は自分にとって当たりが多いものだった。作品の質の割には、あまり知名度がない印象なので、いろんな人に読んで欲しいやつですねこれ。