新薬史観

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田口智久『夏へのトンネル、さよならの出口』観た!

田口智久『夏へのトンネル、さよならの出口』(2022)

映画『夏へのトンネル、さよならの出口』公式サイト

【総合評価】8.5点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

オールタイム・ベスト・コンテンツ(10<x)

ガチで大事にしたい作品(9<x≦10)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(5<x≦6)

時間をロスしたと感じる作品(x≦5)


【世界構築】2.5点 (2点)

ひたすらに映像が綺麗だった。空の青にはノイズがかかってざらついているし、背景や主要人物以外はほとんどぼかしを喰らっている一方で、主要人物の線や塗りはくっきりしており、非常に見やすい映像になっている。

また画も綺麗で、個人的に気に入っているところを抜き出す。

・親父からカレン返せよおと迫られて走るシーン、息遣いとともに頭上を見上げて黒い枝に満月が掛かって揺れているシーンがテンポ良く、画も綺麗。

・トンネルが常に水浸しで落ち葉が浮いている設定。返ってきたアイテムが落ち葉を跳ね返すように浮いているのも綺麗で良かった。

・最初に花城さんとカオルが出逢って沈黙になるシーン、また同様に二人だけの沈黙を許すシーン(水族館で二匹のジンベエザメが行き交うところ)の間の持たせ方が最高だった。

・再会を再演するところ、カオルが画面外に出て行ったかと思うとカメラが動き(割とここの動きだけ露骨で違和感があった)、そして最後に実は駅の後ろにはひまわり畑が広がっているという見せ方に発狂しかけた。ズルすぎるだろあれ。

・花火がふたりの別れを暗示するように露骨にふたりの間に割って空に上がっていくシーン。花火が別れと結びつくイメージがなかったので新鮮だった。

・花城さんの髪の諸々。流れ落ちる様が美しすぎてムリ。というかキャラデザが良すぎる。

また、設定にも触れると、トンネルと異世界の繋がりは『千と千尋の神隠し』を初め、イメージとして強固ではるが「トンネルそれ自体はどこにも繋がっていない」というのは結構面白いなと思った。また、これまで散々擦られてきたように平凡主人公が異常ヒロインに振り回されるのではなく、異常(要検討)主人公が平凡(要検討)ヒロインにつけ回されるというのは一見新鮮に見える。このパッと見の新鮮さは個人的には全然誠実じゃないように思えるが、少なくとも構造を少しは変えようとしている点では面白いと感じた。映像への感動が7割、設定への感動が3割くらいで合わせてこの点数です。

 

【可読性】1点 (1点)

飽きずに見ることができた。


【構成】1.5点 (2点)

時間経過を扱う作品なのだから、もう少し構成で遊んでも良かったんじゃないかなと思った。もちろん本作はこれで十分面白いのだが、一方で未来へ投げた諸問題を一切解決していない側面もあり、王道路線でいくなら多少フォローをしてほしかった(EDと一緒にイラストを流すなど)。

自分がもう少し踏み込んで欲しかった点

・塔野カオルの戸籍の扱い(行方不明だとして、13年もの間姿形が変わっていないのは他者への説明としてどうすればよいか。新たな戸籍を所得するにしても、保護者は花城さんしかありえず、そうなら結婚が面倒臭い!)

・塔野カオルのこれからの所属先(高校か大学か就職か)

・13年間のジェネレーションギャップのあれこれ(過去の遺物を映像に映し出していたのだから未来に進むだろうことは予想がついていたが、せっかくならその時間によって進んだ技術によるトラブルも欲しいところだった)

→例えば、13年というのは思春期の人間にとってめちゃくちゃ長いが、それだけの年月を費やしておいて語られる物語が「待つだけ」というのはしょうもなさすぎるし、花城さんがあまりに可哀想である。まあ、花城さんは13年経っても相変わらず美人だし、そこまで悲壮感がないのでなんとも言えないのだが、下手したら花城さんは花の20代を無になって過ごしている説もあり、マジで最悪である(かく言う私はそういう人間ですが、花城さんは恐らく恋愛したい側の人間でしょう)。個人的には、この「13年と108日」を無批判に引っ張ってくるセンスにグロテスクさすら感じてしまうので、せめてそこはキャラの純粋さではなく人間らしさにも注目してみるのはどうだろうか。

(以下例文)

花城さんは頑張って待ち続けたが、機種が古すぎたが故に、携帯会社のサポート期間も終了し、塔野カオルにはもう携帯が通じないようになってしまった。このまま待ったとしても、もう連絡手段はない。両親からも「漫画はさせてやっているんだからせめて結婚しろ」という圧力もあり、花城さんは漫画家の懇親会で知り合った(才能溢れる!)漫画家と結婚することにする。やがて子どもも生まれ、家事育児のために漫画家も半引退状態になってしまうが、子どもも6歳くらいに成長してなんとなく幸せな生活を送っている。そんな折、突然のチャイム。子どもがインターフォンの画面を見て「なんか男の子がいる~!」と叫んで花城(そうか、もう花城じゃあないんだった)さんが食器洗いを終えてハイハイちょっと待ってねどちら様と見てみると、そこには13年前の若々しい塔野カオルが映っていて……という展開なら、もう長らく漫画を描いていない元花城さんは腰を抜かして発狂するがいい物語にはなると思う(は?)

(例文終わり)

というわけで、上のも正直ありきたりではあるのだが、改めて13年は流石に長すぎるだろってことでやや批判的ではあります。あと最初の方に出てきた花城さんに突っかかってきた女との絡みが全然描かれなかったので、それはちょっと……と思った。

でも出された構成はそこまで悪くはないのでこの点数です。

 

【台詞】1.5点 (2点)

台詞がないがゆえに良いシーンがあり大変よかった。ただ、急に妹が世界の善性を背負い始めたのを台詞にして聞いたときには一気に冷めた。それはちょっとやりすぎ。

 

【主題】1点 (2点)

本作はトンネルから出ること(過去に囚われないこと)を目的にしていて、それはひとつの主張として良いのだが、カレンちゃんをトンネルから引きずり出せないのはどうしても納得がいかない。生物であるインコが引っ張ってこれたのだから、同じ条件にあたるカレンも生きたまま(それが同一人物かはわからないが)引っ張ってこれるはずである。それなのになんか知らんが思い出のなかでカオルは「やっぱり花城さんのほうが好きンゴ~!」とトンネルから脱出しようとするのでマジで嫌すぎる。一番イヤなのが、インコや破られた漫画と違って、カオルはカレンと過去の思い出のなかで遊んでいた説すらあり、そうした場合、カオルと対話していたのは「カオルの記憶のなかで創り出されたカレン」かもしれない。そうなると、カオルにとって都合の良い言葉しか吐かない(お兄ちゃん大好き!でも他にも友達つくってほしいなあ!いってらっしゃい!等)カレンにも納得がいく一方で、やっていることは過去へのケジメでしかなく、「えっ、過去との対話のためにカオルも花城さんも13年を無駄にしなきゃいけなかったのか」と思ってしまう。それはあまりにコスパが悪すぎるのではなかろうか。ならばやはり妹は連れ出せたはずと考えるのが自然であるが、カレンはトンネルから引きずり出すことができなくて……と堂々巡りだ。

自分はここに作劇上、重大な問題点があるように感じる。インコが連れ出せて妹が連れ出せないならその理由を描くべきだし、最初から過去との対話しかできないのであれば、ここまで大きなリスクをトンネルに設置すべきではない。個人的には、実際の妹(のように見えるもの)と対話して(この場合、妹は自分が死んだことに気が付いていなくて、久しぶりにあったお兄ちゃんと涙を流して再会を喜び、一緒に遊ぼうとせがまれて断れず、相手をしているうちに時間が過ぎていく、というのであれば納得のいくコストである)、連れ戻そうとするも、なぜか鳥居からは出ることのできない妹にその理由を問われて「お前は死んだからだ」と口にすることで過去と決別する、というのであればまだ納得はできるかな、という感じ。さらにここで花城さんが駆けつけていて、鳥居の向こうで無限に分裂して見える(しかもそのカオルは殆どが妹と楽しく遊んでいるのだ!)カオルの腕から本物を一本掴んで現実に連れ戻すという展開でも映像の面白さやエモがそれなりに生まれると思う。

というわけで、そもそも本作は過去に囚われずに前を向く人物を描こうとしながらも、その前への向かせ方に若干の無理やり感があるところが微妙だった。しかも、作品のテーマ自体も13年という長すぎるスパンを待ち続ける(過去に拘り続ける)花城さんの意義そのものを否定している点で、結局私たちはどの方向へ向けば良いのか、どちらが「前」なのか、主張として纏まりに欠けている。それが残念。

 

【キャラ】1点 (1点) 

カレンちゃんも花城さんも美しくて大変好みだった。カオルくんも良い感じに歪んでいて好きだった。ビジュアルが本当に最高。

 

加点要素

【百合/関係性】0点 (2点)

該当描写なし

 

【総括】

想像以上に「自分ならこうする!」が出てきた作品ですが(何様すぎる)、逆にいえばそれだけ面白く心が動かされた証でもあるので、点数としてはこんなものだと思います。脚本(あるいは原作?)にウーンという感じではありますが、映像は本当に綺麗だし、間の取り方もとてもいいのでオススメです。