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『誰にも奪われたくない/凸撃』児玉雨子【ネタバレ感想】

※この記事にはネタバレがあります。未視聴の方は十分お気をつけ下さい。

児玉雨子『誰にも奪われたくない/凸撃』(2021)日本

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<あらすじ>

どうして私たちは、ひとりきりで存在できないの。業界関係者の新年会で知り合った作曲家のレイカとアイドルの真子。二人は倦んだ日々からこぼれる本当の言葉を分け合う。気鋭の作詞家初小説。

https://www.kawade.co.jp/sp/isbn/9784309029764/

 

【総合評価】8.5(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

オールタイム・ベスト・コンテンツ(10<x)

ガチで大事にしたい作品(9<x≦10)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(5<x≦6)

オススメできない作品(x≦5)


【世界構築】1.5点 (2点)

とにかく文章がうまく、言語センスが卓越している。私は作詞家として児玉雨子を知り、それから本作を知ったのだが、やはり良い詩を書ける人は文章でもめちゃくちゃ良いものを書けるのだなと理解した。

『誰にも奪われたくない』は、アイドルと作曲家のやりとりという中々見えづらい関係が(著者の作詞家としてのバックグラウンドが活かされているのだろうか?)、リアリティのある生活を含めて描写されていてよかった。タワマン文学でも感じたことだが、舞台が都内で現代的かつちょっとハイソな感じになると固有名詞をバンバン出すのが流行りなのだろうか。確かに効果的なのだが、一般的にそれをやると上滑りの文章になりがちなイメージがあるのだが、本作は人物描写が大変巧く、かつ固有名詞の配置がかなり上手いのでずっと嘆息していた。『凸撃』も向上心の高いハイソな人間の視点から紡がれる物語が良かったが、私はハイソな人間に強い嫌悪感を覚えるので『誰にも〜』ほどの感動は生まれなかった。

ちなみに、『誰にも〜』で私が痺れた文章をとして、以下のものが挙げられる。

白く薄い皮膚で覆われていて、ささいな衝撃であっけなく潰れてしまいそうな小さく細い指の先に、桜貝みたいな爪が一枚一枚ていねいに貼られていた

⚪︎アイドルの真子の手の表現。素晴らしい

 

銀行保管用の鍵を封筒に入れ糊付けをし、あらゆる点線の円の中に押印を促すと、男性は素直に印鑑を円の中にぎゅうぎゅうと捺す

⚪︎ペッパー君もどきの表現として見下している感があり素晴らしい。

 

うん。あ、うんって言っちゃった。はい

⚪︎アイドルの真子の言葉。良すぎる

 

キシリトールガムを十倍ほど拡大させたようなAirPods Proのケース

⚪︎出てこないよ、そんな比喩。

 

七味をふりかけても、点々と辛味が漂っているだけで奥行きは生まれなかった

⚪︎これはマジでそうなのでめちゃくちゃびっくりした。

 

おいしい、と感じるものは、きっと多くの工程を踏まえて作られていて、取って替えることのできない情報が詰まっている。その情報を私の口は受け止められず、おいしい、とかすごい、とか、感想の抜け殻しか記憶に残らなかった

⚪︎だからコンビニ飯の方が美味しく食べられるよね、というレイカの心情描写なのだが、これは感動したというより「うわっ!また出てきた!」という焦りの方が強い。というのも、この前読んだ高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』や年森瑛『N/A』でもあったけど、なんなんすかね、最近の人ってそんなにご飯を食べるのが苦手なんですか?私は美味しいご飯を食べるのが大好きで、そこらの居酒屋の焼き鳥でも高そうなディナーでもシェフの話とか聞き流して「たった偉い人がしてくれた説明すでに忘れたし目の前にあるこれが何なのか分からんけどとにかく美味い!」と楽しめる側なのですが、その手間を分からずに雑に味わうことへの嫌悪感がなぜ料理にのみ発揮されるのかが分からない。いや、生き物の命を消費していることへの嫌悪感から来ているのならまだわかる(し、実際に生命を盗むことに対する嫌悪感は最後に触れられている)のだが、引用した文章から伝わるのは「手間暇かけた工程を味覚として認知できない自分への苛立ち」であり、料理に関してはその手間を理解したいとする欲求である。これがかなり不思議で、なら本作にも出てくる「あつ森」のゲームソフトの仕組みをレイカは理解しているのだろうか。あるいはしたいと思うのか?思わないと思う。ゲームソフトは動作原理なんか知らずとも「面白い」を提供してくれればいいもので(ただ、本作ではレイカはあつ森を楽しんではいないのは補足しておく)、そう考えれば料理も私たちが知らない手間暇をかけようが何をしようが、「うまい」を提供してくれればいいはずのものである。もちろん、工程の意義を理解することは「うまい」の解像度を高めるにあたって重要なことだが、この「うまい」の更なる言語化や、「うまい」を如何に自分事として捉えることができるのかゲームが私の知らないところで熾烈に行なわれているのかと思うとちょっと恐ろしい。特に、文学の場で行われているのなら尚更。

 

【可読性】1点 (1点)

最後まで詰まらずに読むことができた。


【構成】1.5点 (2点)

『誰にも〜』は構成も大変うまく、レイカの作曲家としてのキャリア危機、本業での不安、アイドルの真子との痺れるような甘い交流、同僚からの積極的なアプローチが良い塩梅でよくない方向へ進んでいくのが良かった。速度計算がうまい。『凸撃』も上手かったが、『誰にも〜』よりもシンプルである。

 

【台詞】1点 (1点)

真子からのLINEや、凸撃してくる金キングの言葉から人間性が滲み出ていて素晴らしい。

 

【主題】1.5点 (2点)

『誰にも奪われたくない』は自分の居場所、または自分自身をどのようにして構築するかという話である。主人公のレイカは過去にサブカルオタクを自認していたが蓋を開けてみると似たようなオタクが大量にいて全然「サブ」カルチャーじゃないじゃんということにショックを受けて以来、自分の代替可能性を強く意識するようになった人間である。いや、アンタ作曲家で自分らしさをクリエイティブに「表現できる側」の人間じゃんというツッコミもありそうだが、作曲した音楽は編曲によってアイドル向けのためにお化粧されて、もはや自分のものと言い張ることが難しくなるのだ。保険営業の仕事でも客をペッパーもどきとして観ることで、その人のアイデンティティを無視したり、一方で同僚の林は資格こそがその人の存在価値であるとでも言うように、積極的に「市場価値の高い替えの効かない人材」になるように勧めてくる。唯一、独自性を保っているのは(神として参拝されるほど信仰されている)アイドルの真子であるように見えたが、実は彼女も自分を偽ってアイドルの型にハマっており、真子が抜けたグループの穴はすぐに他のそっくりな子によって埋められてしまい、無防備にひとりでいることに恐ろしさを感じるレイカにとって必要な真子というかけがえのない友人すらも失ってしまって手詰まりというのが本作の流れである。

『凸撃』はその主張の補足のようなもので、資格勉強をレイカに勧めていた林の視点で如何に女を殴ることがコミュニケーションとして正しく、勉強を頑張っていい会社に入社することが人生逆転の秘訣であることをネットミームと化したガキにトクトクと教える大変ありがたい作品になっている。

以上より、めちゃくちゃ簡単にまとめると本作は自らの代替可能性についての話だと思うのだが、実際に作品として主張されているのは「奪われたくない」である。おそらく、レイカにとって真子の「盗む行為」(返す可能性がある)とそのほかの人間による「奪う行為」(返されない)は全く異なるもので、微妙な使い分けがなされているのだろう。確かに、アニメのスタァライトで華恋とひかりの「(運命の)交換」とは「奪い合い」をよく見せただけのものだという捉え方をしている自分にとって上記の考え方はそこまで抵抗のあるものではないが、ただ、急に出てくる「親からの細胞や金銭を奪って存在〜」みたいな件による「盗む」と「奪う」の文脈補完はちょっと乗り切れなくて、物語として無理やり綺麗に纏めようとしすぎたんじゃないか、というのは感じている。

 

【キャラ】1.5点 (2点) 

人間の解像度がいずれも高い。このように様々な視点から人間を書けるのは素晴らしいなと思いました。もう少し変なキャラが出てきてくれると嬉しい。

 

加点要素【百合/関係性】0.5点 (2点)

イカと真子の関係性が良かった。真子がアイドルとして生きるためには真子から何かを奪う必要があったが、真子がアイドルではなくなり、何かを盗む必要がなくなった以上、レイカに絡む理由はないと判断される。何かを盗み、それが返されることで成立したフラットな関係よりも、レイカが真子から盗まれていることに気付かなかった時の方が幸せに見えるのが良かった。

 

【総括】

文章が上手いので読んでいて大変面白かったし、そうそう、こういうのが人物描写だよなと思ったりした。私はフィクショナルなキャラしか書きたくないのだけれど、そういうものしか書けないというのも側面にはあると思っていて、こういう物語が書けたら楽しいだろうな〜とは思った。一方で、本作が選んだ「盗む/奪う」というテーマは本来ならばもっと膨大な検証を要すると言うか、もっとエピソードを重ねる必要があるのではないかと思っているので、完全に乗り切れた訳ではないのだけれど、自分の考えを整理するにあたって役立ったのは確かだと思う。折に触れて読み返したい。

 

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