新薬史観

地雷カプお断り

これまでの映画視聴履歴/未視聴リスト【2020/09/13更新】

個人的に今まで見てきたものは管理していたのですが、別に公開してもしなくても変わらないし、寧ろなんらかの話題作りになった方がいいし、これを見て有識者がさらに面白い映画を教えてくれることがあったら最高なので、公開します。逐次更新。

オススメがありましたら、この記事のコメント欄か、マシュマロmarshmallow-qa.com/jluayiz4j7fh249にいただければ幸いです。

※基本的にU-nextで観ることができるものを優先して視聴しているので、配信されていないものは、オススメして頂いてもなかなか観れないことがあります。許してください。

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【未視聴リスト】

アニメ はがれん(オリジナルストーリーの方)

Unnamed Memory

https://ncode.syosetu.com/n1488bj/

ソキの旅日記

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880382083

 

仮面ライダーアマゾンズ

ヒューゴの不思議な発明

キュア 禁断の隔離病棟

アドアストラ

カルト

青春デンデケデケデケ

クールランニング

蝋人形の館

アンブレイカブル

スカイクロラ

ウォッチメン

エクスクロス

僕らのミライへ逆回転

ファニーゲーム

未来は今 (ある企業で働き始めた下っ端社員である主人公がいきなり社長になったり、あれやこれやと活躍していく…しかしその裏では会社役員たちは?というコメディ作品です。物語中盤でものっすごいニッコニコになれます)

ハスラー1、2(個人的に2の方がストーリーが好きです。1は大人な感じが過ぎるので)

世界大戦争物語(古い日本映画です、冷戦の時代の映画になるので核とかです)

ファーストマン

ランボー1 first blood(ドンパチで有名な印象のランボーシリーズですが1はベトナム帰還兵の苦悩とアメリカのかかえる問題を叫ぶ名作だと思います。2以降の作品はドンパチな感じになっていきます。個人的にはシリーズ4作目にあたる「ランボー最後の戦場」で、主人公ランボーが行きつく先に得たものが好きなので、2以降は頭を空っぽにしたいときにでも見ていただければ…と思います。)

グロリア(リメイクじゃないほうです。リメイクは見ないでくださいアレなので。)

大脱走(WW2ものだと大好きな作品です。若き日のマックイーンもかっこいい。おすすめした気もします。)

戦場にかかる橋(おすすめした気もします…WW2、日本占領下のクワイ河を超える橋を建設させられるアメリカ、イギリス軍人と日本軍人たちの物語です。ラストが非常に印象的です。)

アウトレイジシリーズ(人は暴力とやくざものがすきです。それはDNAレベルで刷り込まれています。)

ダンケルク ノーラン監督のWW2、英国軍の映画です。陸海空、民間人の4視点で話が展開されていきます。

ミッションインポッシブルシリーズ アクションするトム・クルーズがかっこいい。

メッセージ

スパイダーマンスパイダーバース

砂の器」(丹波哲郎版)

「沈黙−サイレント−」(スコセッシ監督作)

海の上のピアニスト

Oasis

お嬢さん

幕が上がる

舞妓はレディ

悪魔の手鞠歌

オペラ座の怪人

スタア誕生

12人の怒れる男

仕立て屋の恋

インベージョン

ターミナル

 

五反田団「生きているものはいないのか」

ままごと「わが星」

 

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履修済みリスト

(オススメをいただいたなかで、ブログ開設前に見てたやつだけ記載。これしか見たことがない、というわけではないです)

実写デビルマン

告白

時計仕掛けのオレンジ

2001年宇宙の旅

ローマの休日

パプリカ

東京ゴットファーザー

千年女優

パーフェクトブルー

ヴァイオレット・エヴァーガーデン

血界戦線

のんのんびより
あたらしいうつくしいことば 

金を払うから素手で殴らせてくれないか?

リメンバーミー

ラ・ラ・ランド

グッドウィルハンティング

 

2020.0412

武器人間

万引き家族

 

2020.04/17~04/23

市民ケーン

タクシードライバー

俺たちに明日はない

アメリカンビューティー

インターステラー

シェフ 三ツ星フードトラック始めました

最強のふたり

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/04/24/060632

 

2020.04/24~04/30

キャロル

グレイヴ・エンカウンターズ

はじまりのうた

ミリオンダラー・ベイビー

英国王のスピーチ

5つ数えれば君の夢

溺れるナイフ

永い言い訳

叫びとささやき

牯嶺街少年殺人事件

地獄の黙示録

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/05/01/091815

 

2020.05/01~05/07

愛のむきだし

アメリ

カリスマ

自殺サークル

シャーロックホームズ

アメイジングスパイダーマン

怒り

バットマン ビギンズ

ダークナイト

ダークナイト ライジン

コラテラル

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/05/08/124132

 

2020.05/08~05/14

ニュー・シネマパラダイス

バットマン

メメント

フォレスト・ガンプ

鑑定士と顔のない依頼人

ユージュアル・サスペクツ

良いビジネス

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

ゼロ・グラビティ

キャビン

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/05/08/163915

 

2020.05/15~05/21

天使にラブソングを

若女将は小学生!

博士の異常な愛

チャイナタウン

テルマ&ルイーズ

ロリータ

Mr.タスク

インセプション

プレステージ

フェイスオフ

アンドリューNDR114

ブレードランナー

サマータイムマシン・ブルース

友達の家

恋する極道

オトコノクニ

曲がれ!スプーン

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/05/21/233602

 

2020.05/22~05/28

ハウリング

ロック

出てこようとしてるトロンプルイユ

ノスタルジア

パルプ・フィクション

御法度

ブレードランナー2049

エイリアン/ディレクターズカット

グリーン・インフェルノ

ミスト

ショーシャンクの空に

カサブランカ

遊星からの物体X

プラダを着た悪魔

ファイト・クラブ

シックス・センス

ソーシャルネットワーク

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/05/30/101557

 

2020.05/29~06/04

羅生門

椿三十郎

レオン

ヒッチコックトリュフォー

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/06/05/174850

 

2020.06/05~06/18

ブラックミラー シリーズ

今夜、ロマンス劇場で

草原の実験

第三の男

ロゴパグ

奇跡の丘

裸のランチ

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/06/20/105942

 

2020.06/19~06/25

BACK TO THE FUTURE2

救命艇

誘惑のアフロディーテ

プロジェクトA

プロジェクトA子シリーズ

失われた週末

バッファロー'66

アタック・オブ・ザ・キラー・トマト

白痴

トレインスポッティング

トップガン

百円の恋

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/06/26/095716

 

2020.06/26~07/02

雪の轍

下妻物語

ローズマリーの赤ちゃん

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/07/04/080659



2020.07/03~07/09

レディ・プレイヤー1

ロゼッタ

オデッセイ

ティファニーで朝食を

狼たちの処刑台

デス・プルーフ in グラインドハウス

プラネットテラー in グラインドハウス

トゥルーライズ

グッバイ、レーニン!

日本沈没2020

キノの旅 -the Beautiful World

トゥモローワールド

花とアリス殺人事件

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/07/16/193337?_ga=2.187412456.15611517.1596105237-481205787.1589239390

 

2020.07/10~07/23

イレイザーヘッド

ベルリン・天使の詩

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/07/24/144145?_ga=2.187412456.15611517.1596105237-481205787.1589239390

 

2020.07/24~07/30

モンティ・パイソン/人生狂騒曲

凪のあすから

ガタカ

トゥルーマンショー

シモーヌ

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/07/31/052026?_ga=2.75414098.1518965290.1596576298-481205787.1589239390



2020.07/31~08/06

バリー・リンドン

新聞記者

許されざる者

犬神家の一族

恋人

めぐり逢い

円盤皇女ワるきゅーレ

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/08/06/184706?_ga=2.75414098.1518965290.1596576298-481205787.1589239390



2020.08/07~08/13

ヴェノム

再生産総集編 劇場版少女☆歌劇レヴュースタァライト ロンド・ロンド・ロンド

CUBE

CURE

回路

ボヘミアン・ラプソディ

グレイテスト・ショーマン

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/08/15/184746?_ga=2.268030283.457148853.1597480001-481205787.1589239390



2020.08/14~08/27

雨に唄えば

オールザットジャズ

8 ½

来る

金色のガッシュベル!!(ファウード編は原作も)

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/08/30/191527?_ga=2.173513575.59780527.1599220737-481205787.1589239390

 

2020.08/28~09/10

マグノリア

マッドマックス 怒りのデス・ロード

マッドマックス

マッドマックス2

マッドマックス/サンダードーム

https://negishiso.hatenablog.com/entry/2020/09/11/054408?_ga=2.173513575.59780527.1599220737-481205787.1589239390

 

2020.09/11~09/17

砂の器

Oasis

ペパーミント・キャンディー

第1回 偏見なくそう委員会 議題「Vtuber」

【注意】この記事は『Vtuberへの苦手』を克服する記事であり、動画などもその心構えで見ているため、文章表現にはVtuberへの偏見や上から目線が多分に含まれています。Vtuberが好きな方は不快な思いをする恐れがありますので、本記事の閲覧を控えるか、十分に注意して読んでください。

 

 

この記事は、下記宣言に則り執筆されたものである。

negishiso.hatenablog.com

 

第1回の議題は、ここ数年来ずっと話題になっている「Vtuber」であり、ねぎしそが毛嫌いしているものである。ただ、あまりにもVに触れる人間が多くなりすぎたため、「このままではいけない、見ずに嫌うのをなんとかしよう」と思い立ち上がったのがキッカケとなっている。

実はこの記事は、上記宣言の翌日に書いたものなのだが、途中で飽きて投稿が1ヶ月も先になってしまった。 もはや誰もこの宣言を覚えていないだろうが、久しぶりに思い出すことが出来たのでひっそりと筆を執る。

 

さて、あるものが嫌いな時、その理由を分析すると、自分の精神を分析するのにかなり役立つ。特定の事物と自分との距離感を探ることで、今後の人生でうまくそれらとやっていける距離感に落ち着くことも可能だろう。

というわけで、早速、何故Vtuberが嫌いなのかを纏めてみた。これらはすべて個人の偏見であり、特定のVを馬鹿にするわけではない。

○【閲覧注意】Vtuberが嫌いな理由

・声がデカくて陽キャっぽい

自分は声がデカい人間が苦手である。どれだけ苦手かと言うと、シャニマスのアプリのホームを小宮果穂にしていたところ、ホーム画面に行く度に「おっはようございま~す!!!」と馬鹿デカい声で挨拶されるのが苦痛でしかなく、それが原因でシャニマスをアンインストールしたレベルである。今でも思い出すだけで気分が悪くなる。Vも声がデカい印象があり、苦手に感じる。

 

・アホそう

バチバチに偏見だが、アホそうな気がする。自分はアホなアイドルがかなり苦手で、かつて某声優のソロ活動を1年くらい追っていたのだが、あるトークイベントのクイズで、「福沢諭吉の存在を知らず、今も生きている誰かさんだと思っていた」という発言を聞いて以来、鬱病になって追いかけるのをやめてしまった。漢字が全く読めないというのはたまに聞く話ではあるが、お札にもなっている偉人の存在すらを知らないというのは、自分にとっては衝撃的だった。高学歴であれとか、そういうのを強制するつもりは一切ないのだが、一般教養は持っていてほしいというせめての願いがある。そうでないと、声優が歌っているときや笑っている時にも「でもこの人、福沢諭吉知らないんだよな……」とぼんやり考えることになってしまって、楽しいはずのイベントが色褪せてしまう。

ただ、コレに関しては、つまらないことに拘る自分が悪いとわかっている。つまらないことに拘る人間ほどつまらないものはない。ねぎしそはつまらない人間です。

 

・「俺たち(自称太古のインターネットオタク・ニコニコ動画最盛期の意)のコンテンツ」にやたらと触れてくる

穢土転生は嫌じゃないですか、という話である。俺たちの大切なものを触って良いのは、同じ時間を生きた同じ顔をしたオタクだけであり、「にわか」には触れて欲しくないという気持ちが少なからずある。垢まみれの手でそれに触れるな!という気持ちだ。これも自分の心が狭いというか、コンテンツを享受しているだけの存在が何を偉そうに、という話になってくるのだが、よくよく考えると、コンテンツを見つける時の労力を、自分は問題視しているのかもしれない。

例えば、かつての自分たちは、自らの手でマウスをクリックして、ニコニコ動画から宝物を探していた、という感覚が強い。まとめサイトは悪で、ツイッターなんてものは存在せず、声の大きな情報屋があまりいなかったからという側面もあるだろうが、とにかく「自ら見つけた出会い」という要素が、コンテンツへの記憶をより深いものにしてくれていると感じる。

ところが、今のオタクは(というよりVを介してトレンド入りするようなものは)どれもVを見ているだけで勝手に向こうから降ってくるもので、自分の手を使わなくても良い。Vtuberというものを見ているだけで、時間をかけて醸造された良質なコンテンツに触れることが出来る、新顔(これも偏見だが)への嫉妬のようなものがある気がする。

別にVを見ている人間全員がオタク初心者というわけではないだろうし、むしろオタクであることに疲れたオタクが大半を占めてそうではあるのだが、現実がどうであれ、自分のなかではそのような偏見がある。

 

・大勢のオタクが群がっていてキモい

これについては多くは語らなくてもいいだろう。孤独な人間なので、自分が理解できない事柄で大勢が盛り上がる様子をキモく感じる。それだけである。

 

・スパチャで可視化される露骨なアイドル性

これが最もキツい。オタクがここぞとばかりにスパチャしコメントを投げる文化が非常に苦手である。彼らはアイドル声優のライブで、しょうもないことを大声で叫ぶ厄介と同じ匂いをしている。金さえ積めば見てもらえる、という構造も気持ちが悪い。金がものを言う時点でマウントの気配があるし、何よりそれが基本的に投げ銭というかたちを取ることで、「自発的な行為だから他人の指図を受けなくても良い」という空気を作った点でマジで悪質だと思う。当然Vがやっていることはサービスであり、そこに価値を見いだす人間がいる以上、収益化を目論むのは何一つ間違った行為ではないのだが、これもソシャゲのガチャと同じで、よくない金の集め方だよなと思う。自分は貧困層の生まれだからか、必要以上に金を集めようとする人間に嫌悪感を覚える。その思考も、Vを嫌う一因である。

 

・ゲーム実況に寄生している

たびたび問題にもなったが、ゲーム会社が頑張って作ったものを無料で開示して自分の収益にするというのがめちゃくちゃ気持ち悪い。昔のゲーム実況なんてものは、基本はフリーゲームで、無料でDLできるからこそ実況という文化が成立していたと思うのだが(有料のゲームを権利者の許諾無く垂れ流してたやつの動画を自分は見ていなかった)、そこの根底をわからずにゲーム実況しているやつが居る時点でかなりキツいものがある。最近流行っていた(今もかな?)Apexというゲームは、自分のプレイがものを言い、基本無料でプレイできるという点では問題がないと思うので、それで実況している人たちはまったく不快に思わない。

 

・変に百合を意識している

自分はVの主体を、キャラではなく「中の人」として認識している。アニメのキャラに関しては、まず世界があり、そこにキャラがあり、キャラの性質として声がつく。声優はキャラの属性のひとつに過ぎず、キャラに付随している存在に過ぎない。しかしながら、Vはキャラと中の人が対等の立場でぐらぐらしている印象がある。大手事務所のVはそこに気付き、キャラの要素を強めるためにキャラが存在する「世界」の構築に励んでいるのだろう。そういう意味では、「にじさんじ」「ホロライブ」などは、事務所という名のひとつの世界を生み出しているように感じる。アイマスのようなものである。

ただ、逆に「にじさんじ」や「ホロライブ」という世界を構築するためには、キャラをよく知る必要がある。キャラへの知識、つまりキャラとキャラとの関係性が事務所という世界をよく知るための足場となり、その世界を知ることで、よりVのキャラ性が増す、という構造になっている。そのようだから、キャラの外側しか知らない自分のような人間には、Vはあくまでキャラ性が薄い「中の人」でしかなく、キャラ同士の百合がnmmn(実在する人間同士のカップリング)に思えて萎える。自分が好きな百合は、あくまでキャラの持つ属性同士のぶつかり合い、その虚構が生み出す有機性にあるのであり、有機的な存在同士が絡んだところで何一つ嬉しくない。ごちゃごちゃしていて気持ちが悪い。故にV同士の百合は気分が悪くなる。

 

・見ていて生産性がない

そのままである。上記のようなデメリットが数多くあるなか、こちら側がVを見るメリットがあまりになさ過ぎる。これならスクスタ20章を読んでいた方がマシである。

 

その他関係ないようである事項

・アニメ「バーチャルさんはみている」が歴史に残るレベルでひどかった。本当にひどすぎてゲロを吐きそうになった。

・スパチャ機能については、YoutubeApple(アプリ)というアメリカのプラットフォームを土台にしているため、日本発にも関わらず収益がGAFAのGに行くから日本の貨幣がどんどん海外に流れていて腹が立つ等々。

 

 

以上、かなりの文量を割いたが、自分がVを嫌いな理由は上が全てである。

「そこまで面倒なら見なくていいよ」と捨てられても仕方ないのだが、この記事の主題として、自分のVへの偏見を克服しなくてはならない、というものがある。

というわけで、ここからは実際にVを見て、上の御託は正当なものかを見ていきたい。

なお、いきなり雑談配信はレベルが高いと思うので、自分が興味を持っている事柄を取り扱っている動画から見ていきたい。 

 ○【実践】実際にVtuberを見てみた

以下、見たVtuberと動画リンクである。

なお、動画は1.2~1.5倍速を基本とし、リングフィットアドベンチャーをやりながら見ているものとする(だらだら見てみたが苦痛でしかなかったため)。

 

①渋谷ハジメにじさんじ

www.youtube.com

感想

・不快感はないし、面白かったが、Vである必要性を感じなかった。他にもいくつか動画を見たが、割と楽しんで見れそうな動画が多い印象だった。中の人は賢そうだし、好印象ですらある。比較的落ち着いている点が大きいのかもしれない。でもVである必要性を感じなかった(2回目)。ビジュアルが好きという訳でもないので。Vでなく、ニコニコの実況者として出会えば好きになっていた可能性もある。

 

②黛 灰(にじさんじ

www.youtube.com

www.youtube.com

www.youtube.com

※全部10分くらいで切りました。すみません。

感想  

悪くはないが良くもない。この人自体にまったく不快感はないのだが、この人に群がっているコメント、オタクのキモさが許容量を超えたために視聴をやめてしまった。グルメスパイザー選手権は、流石に共感性羞恥がとんでもないことになってしまった。見るべき動画を間違えた感がある。

 

③リゼアン(にじさんじ

www.youtube.com

感想

正直見ていてかわいいと思った(照)。キャラも声も好みである。アンの声が見た目と合っていない気もするが、それは自分の感性の問題かもしれない。リゼはいかにもオタクくんが好きそうな見た目をしているので辛い。自分はオタクくんなので好きになってしまう。動画自体は楽しく見れたが、やはり百合という観点から見るとnmmn感が強く、not for me という感じである。

 

また、ここらからホロライブを見る必要性も感じ、ホロライブにハマっている友人にお勧めを聞いて以下のものを教えてもらった。

④宝鐘マリン・潤羽るしあ(ホロライブ)

www.youtube.com

www.youtube.com

 

感想

正直、マリンが一番好きかもしれん。声が一番キャラとしっくり合っている。面白いしかわいい。詳しくは調べていないのだが、動画が始まるまでの宣伝?パートを見るに、曲にPVにグッズにと、メディア展開がすさまじいことになっている。ホロライブがどういうものか知らなかったが、かなりデカいコンテンツらしい。でもオタクが過去イチにキモくて泣いてしまった。

 

⑤兎田ぺこら(ホロライブ)

www.youtube.com

感想

マザー2という大好きなゲームの実況ということで、権利関係はクリアしているのか不思議でならなかったが視聴。1時間くらいで途中切り。太眉、声、顔とすべてが腹立たしい。一番癪に障るキャラだった。ここまでキャラにいらだちを覚えたことはそうそう無い。腹立つ顔ランキング堂々の1位である。友人に相談したら「そこまでか?」と困惑されたが、ぺこらが調子に乗っているのはデフォで、痛い目に遭っているのを見て「ざまぁ」と楽しむものらしい。悪趣味すぎないか。こちらのオタクもなかなかにキツかった。ぺこらの視聴者は、なろうで「もう遅い」「幼なじみざまあ」系を読んでそうという新たな偏見が生まれることになった。偏見を増やしてどうする。

 

⑥叶(にじさんじ

www.youtube.com

感想

桃鉄をやりながら見た。最後まで見てもキャラが全くわからなかったし、顔と名前が一致することはなかったが、自分がひとりで桃鉄をする良いBGMにはなった。現実は虚無なのに、あたかもみんなと桃鉄をしているかのような賑わいが生まれたからだ。感謝はしているが、マジで垂れ流していただけなので全く感想がない。

 

○【まさかの】ラジオも聞いてみた

・ホロライブ presents Vのすこんなオタ活なんだワ!

響 - HiBiKi Radio Station

感想

作業をする際には、よくコンテンツ系ラジオを聞いているのだが、そこにVのラジオがあるのを見つけた。たまたま好印象だったマリンのラジオだったので聞いてみたのだが、面白かった。あと、やはりテンションが安定しているというか、精神が成熟しているというか、多分この人は「やらかさない」なという安心感がある。喋りもうまいし。それから、もう一人のふぶきの動画をみたことはないのだが、興味はあるし嫌悪感は一切ないし、むしろオタクとして信頼できることがわかった。ただ、自分はようつべを見る習慣がないため、ふぶきの動画をいつ見れるのかはわからない。ラジオは今後も聞く可能性がある。

 

○【まとめ】Vtuberへの印象の変化と今後の関わり方

Vを毛嫌いしていた自分だが、それなりに動画を見た結果、腹が立つVはぺこらだけで、他のVにはまったく嫌悪感を抱かないことがわかった。むしろ好印象であり、かわいいなとも思う。「一番気持ち悪いのは、Vに群がっているオタク」というのは視聴前と変わらない気持ちである。また、思った通り、Vの百合(営業)は依然としてキツいものがあった。創作をするほどの熱意をもらうこともなさそうだと思う。

発見だったのは、音声のみ(作業用BGMやラジオ)なら、オタクのキモいコメントも目に入らないし、楽しく見る(というより聞く?)ことができるという点である。わざわざキャラクターという外見を用意して行っている配信で、外を見ずに声だけを聞くというのは申し訳ないような面白いような気がするが、あくまで声だけ聞いていても、自分の脳は「なかの人」ではなくキャラとして音声を認識しているように思う。

というわけで、Vの動画を見ることへの抵抗感はめちゃくちゃ薄れた。が、進んで観ようとは思わない(動画一本当たりの時間めちゃ長いし)。

まあ、今回の記事の執筆でどれくらいVへの抵抗感に変化があったかというと、「Vを観ろ」と言われて、

「え!?1万円くれても嫌なんですけれど」というのがこれまでで、

「まあいいけど100円くらいは欲しい」というのが今の気持ちである。

 いずれにせよ、この9900円差は、大きな一歩であることに違いない。

 

ねぎしその偏見なくそう委員会、第1回の議題は「Vtuber」でした。

第2回の議題は「キャラ崩壊させるタイプのss」です。

お楽しみに。

No.158 映画感想 「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」(2020)

まず始めに、自分は原作未履修であり、アニメしか観ていない。なので、単純にアニメの続きを観ようというつもりで観たのだが……。

脚本、映像、演出、どれをとっても最高クオリティのものが出されていると思う。

めちゃくちゃ感動した。巷では「鬼滅のブームは異常!」と言われているが、自分からすれば、これだけの作品を観て騒がないほうが「異常」である。

なんだこれは。本当に。

アニメを観たのがかなり前なので、久しぶりに観て「炭治郎いちいち状況説明うるせえなあ、猪頭くん鼻息荒すぎ、金髪はもっと本編ではなよなよしてただろ。煉獄さんは目がガン開きしていて素直に怖い。あと弁当をうまがりすぎだろ」などとつまらないことを考えていたが、列車の車掌がふらふらと炭治郎たちの車両に入ってきてからはもう空気が変わって(開始5分くらいだな)、そこから終わりまで完全に鬼滅キッズになってしまった。

あまりに面白すぎる。

いちいち剣技の演出が半端ないし、バトルの映像の力強さは流石のufotableといったところ。でも、やっぱり抜群にうまいのがキャラを魅力的に見せる演出と脚本の巧さで、殆どが原作に依拠しているだろうとはいえ、映像にしたときの違和感のなさ、頭のなかに入ってくる話の流れと感動の解像度が素晴らしい。

恐らく、炭治郎のくどくない状況説明がよくて、視聴者は今何が起こっていて、彼らが何をすべきかが分かりやすいし、台詞のテンポの良さも良いからだと思う。ギャグから真剣な空気への切り替えもよく、観客の感情の乗せ方も非常にうまい!と感じる。

うまい!うまい!うまい!

そして何より、煉獄杏寿郎という一人の人間の生き様をあそこまで魅力的にかけるのが素晴らしい。漫画ではありがちな展開だし、やっていることもテンプレのはずなのに、上弦とのバトルの描写、とくに虫の息で立っている時の声の演技や画の動き方が抜群によくて、あそこのシーンがどちゃくそに良い。あれだけの瀕死からの奥義がまたずるすぎて、相手の腹で刀を切り返す力強さと炎の映像に訳分からんくらい泣いてしまった。いや、煉獄さんが誰一人死なせない宣言してからずっと泣いていたけど。

あと、吾峠呼世晴先生が、キャラの行動に常に理由があると説明していたけれど、まさにこれだと思う。キャラをよりよく見せるためだけに煉獄さんだけを動かしているわけではなくて、あの場で瀕死の炭治郎が立ち上がるところもそうだし(心が優しすぎる炭治郎が、煉獄さんが死にかけているのに動かない訳がない)、それから鬼が消えた森に向かって泣き叫ぶシーンは、流石に花江夏樹の演技力の高さに観客全員ボロ泣きしていた。

ずるいんだよな。泣くでしょあんなの。すすり泣き聞こえたわ。

最後の最後、煉獄さんが母の影を見て笑顔になるシーンは、煉獄杏寿郎の「子供」としての最高のシーンだし、あの母からの言葉のためだけに、彼は柱として強くなり続けたのかと思うと気が狂う。

あと、ツイッターでも流れてきたけど、煉獄さんは死ぬことが夢だったというのは明らかに間違っている。

まず、父の教えで強くなり続け、けれども父という「強さ」の指針を失い、強さの基準の迷子になり弟の存在によって無理矢理大人にならざるを得なかった杏寿郎が、母の教えである「弱きものを助ける(=強さ)」を十分に果たした結果、杏寿郎が一番欲しかった「両親から認めてもらうこと(杏寿郎の場合、認めてもらうための手段として『強さ』が一番近くにあっただけの話)」を手にすることができた、という話である。

実際には、杏寿郎にはもはや両親はおらず(父もいないに等しい)、現実的には、杏寿郎の夢は「誰かに自分の『強さ』を認めてもらうこと」だったと言ってもいい。

そういう意味では、炭治郎の森のなかへの叫びこそが、杏寿郎の最も欲しかったものであり、それを与えてくれたからこそ、杏寿郎の笑みがあるのだろう。

煉獄杏寿郎の夢は、「誰かに自分の強さを認めてもらう」ことであり、「誰かのために戦って死ぬ」ことではない、というのは何度でも言っておきたい。

煉獄杏寿郎は「炎柱」なんだぞ。そこらの特攻隊と同じ扱いにすな。

あ~気が狂う。

というわけで、これを書いている今も興奮冷めやらぬ気持ちなのですが、近いうちにまた煉獄さんに逢いに行こうと思います。

目をガン開きにして、弁当をうまい!うまい!と叫びながら食っている彼の姿が愛おしい。

はぁ……煉獄杏寿郎。

俺は恋したのだろうか……煉獄杏寿郎に……?

No.157 映画感想 「魔女見習いをさがして」(2020)

おジャ魔女どれみリアタイ勢(とはいえ記憶にあるのは数話だけれど)、かつ配信サイトで全話見返した勢としては、おジャ魔女どれみの物語は強く印象に残っている。今でこそ魔法少女は搾取されたり戦闘で命を失ったりするような危険な職種になってしまったが、どれみ達はあくまで「現実」のなかに住んでいて、「敵」という明確な悪がいない作品世界のなかで、小さな魔法を使っては小さな幸せを呼び起こす物語は、幼少期の男子にも、成人男性となった自分にも深く心に響くものがあった。

そんな自分は、去年あたりのおジャ魔女20周年記念のイベントにも参加していて、佐藤順一監督と関弘美P、キャストのみなさんとのトークも直に聞くことができた。その時には、「佐藤順一監督の作業が遅れ気味で、期日にまでに公開できるか怪しい」と冗談半ば本気半ばで語られていたのだが、結局コロナやら制作の遅れやらで本当に公開が延期し、ようやくできあがったのが本作である。

カレイドスターARIAたまゆらと言った、女性キャラクターを通して作品世界そのものに強く実在性を与える(と個人的に感じている)佐藤順一監督作品、しかもおジャ魔女どれみシリーズの新作(と言って良いのかな?)ということで、かなり期待して観に行った自分だが、アニメ本編のようにボロ泣きするということはなく、「なるほどねえ」となってしまった。

以下、本作のネタバレをめちゃくちゃ含むので注意。

肯定的・否定的な意見もあると思うので、自分の意見を大切にしてもらうためにも、まずは映画館で視聴してから読んでください。

 

 

 

 

 

 

……と、少し誤解をまねく言い方になったが、個人的にこの映画は素晴らしい出来だとは思う。

まず、本作は非常に丁寧に作られており、様々なかたちで観客に配慮されている。

例えばトークイベントでも関さんが仰っていたように、「おジャ魔女は意外にも男の視聴者層が多い」とか「ファンの年齢層も幅広い」だとか、かつての(そして今の)ファンに向けた要素が本作には詰め込まれている。

本作の主要キャラ自体、ソラ、ミレ、レイカの3人のどれみの視聴年代、視聴媒体も異なっており、どのような形で知ったファンも感情移入ができるような設定になっている(もちろん全話見ていることは前提だが)。

また、中盤では男のおジャ魔女ファンも登場し、「やっぱり男はおんぷちゃんが好きなんですか?」というあるあるネタも突っ込んでくるなど、かなり楽しい。(自分ははづきちゃんが好きです)

で、正直、この映画の良いところを挙げると切りが無くて、豪華すぎるアニメーター陣や、現代風なんだけれど、しっかりとしたどれみリアクション(馬越さんの画とも言うが)、街の風景の美しさや、かなり「現代」を意識した観光などなど、インタビュー記事でもその拘りが見て取れる。脚本も感動できるものだし、「魔法とは、本来自分たちが持っている力のことだ」というメッセージも、現代を生きる「生きづらい若者」にとっては素晴らしく心強いものだと思う。なにより、声優ではないというのに、めちゃくちゃに演技がうまい三人(森川 葵、松井玲奈百田夏菜子)にはびっくりした。すごすぎるよ本当に。

cgworld.jp

 

なので、もしも何も引っかかるところがないのであれば、この映画は傑作になるし、傑作だと思う人の方が多いと思うのだが、自分のように少し引っかかる人間からすると、少し顔をしかめてしまう。

その原因というのが言語化しにくいのだが、個人的に引っかかった点を羅列すると、

①映像のテンポが悪い箇所がいくつかある(佐藤順一の映像を期待して行くと「ん?」となるところがある。コンテを担当している人が違うので当然なのだが)

 詳細に書くと、佐藤順一監督はいくらでも「退屈」になりえる日常シーンをそのキャラの特別な日常にする力があると思っているのだが、今回は少し「退屈」だと思ってしまった。ただ、これは担当された方の「力量不足(ただのオタクが上から何を語っているんだと言う話だが)」ではないと思っていて、あくまで「どれみのファン(自分たちの代表者)」として選ばれた三人の現実感があまりに強く、うまく感情移入できなかったのかもなとも思っている。要するに、作品に入り込んで見ればいいのか、遠くから眺めてみればいいのか、その遠近感が鑑賞中にうまく掴めなかったという部分がある。

これは、「どれみのファンを主人公にする」という非常に難しいテーマに取り組んだ結果でもあると思うし、そのなかで描かれる映像としては、恐らくベストのものが見せられているだとわかるだけに、自分でも感情の取り扱いが難しい。

 

②リアルでどれみを通じて繋がった部分はいいのだが、その相手と旅行先で喧嘩するのはあまりに気まずすぎた(自分からしたら、ネットのオタクとオフ会してたら喧嘩になったようなもので、あまりにしんどい。想像するだけで胃が痛い)。また、途中で出てくる男も、初対面であの距離感を出してきながら、ネットで炎上経験ありというのがキツかった。現実に確実にいるタイプだとわかるからこそ、リアルで想像できる「キツさ」がある。このあたりの「リアル」さも、作品との距離感が掴めない一因だと思う。

とはいえ、このあたりも原作の「どれみとはづきの喧嘩」から力をもらえる展開には必須だし、自分も「ああ、そうだよな。大人になったら人間関係の修復は難しいけれど、大切ならすぐに謝った方が良いよな」という気付きも得られた。ここはかなり大きな部分だと思うので、「喧嘩」自体に抵抗感はない。しかしながら、キャラの出会い方が出会い方なので、せめて喧嘩する場所だけでも、もう少し選べなかったのかなと思ってしまう。で、自分でもしばらく考えたのだが、のちにレイカがミレの家に行くというアクションを考えるなら、やっぱり喧嘩をするにしても旅行中しかないし、あの場所だよなと。やっぱりベストのものが出されているんですよね……。

 

③やたらと色恋沙汰が多い。コレに関しては恋愛事に疎いキモオタである自分が悪いと思うのだが、「あの人イケメンじゃない?」「付き合っちゃいなよ」などなど、顔面偏差値が言われてたり、周りがやたらとお節介を焼いていたり(これに関しては、ソラも本当に想いを寄せていた描写があるため否定しきれないのだが)、ソラがすぐに恋に落ちる展開もあまり良くは思えなかった。

というのも、ミレとレイカの男性関係が片付いてから急に男が近寄ってきたので、「女と言えば男と付き合ってなんぼでしょ」というかのように、どのキャラにも男との関係がノルマかのような描写がされているように感じてしまった(実際に現実について回る生きづらさなんて5割が仕事で5割が恋愛だと思うのだが、如何せん見ているアニメが美少女ものばかりなので、そういうのに耐性がないのかもしれない)。結局付き合わなかったからいいじゃん、というわけではなく、ノルマかのように用意されていた、という点がしんどかったという話。

 

以上①~③のせいかは分からないのだが、自分は作品の感情と物語のスピードについていくこと(あるいは入り込むこと)が難しく、感動できるところで感動しきれなかった部分がある。これに関してはめちゃくちゃ悔しい。作品としては、届くべき人間の届くべき箇所に届けば、絶対に響いて、その場で泣いてしまう力を持っているのが分かるし、テーマに沿ってベストな作品が作られているからだ。

ただ、自分には合わなかったのだと思う。

駄作は間違いなく駄作だと叩けるのだが、本作はそうでないと断言できるので難しい。こういう経験をあまりしたことがないので、まず「悔しい」という気持ちしか生まれないのだが、刺さる人には何としてでも届くべき映画なので、かつてどれみを観た人には絶対に観て欲しい作品だと思う。

自分は微妙な気持ちにはなったが、後悔はしていない。

制作陣のみなさま、お疲れ様でした。素晴らしい作品でした。

No.156 映画感想 「ピアノ・レッスン」(1993)

ジェーン・カンピオン監督作品。女性初のカンヌドールを受賞したらしい。

夫を雷で無くしたショックで声を失った女性エイダが、一人娘のフロラとピアノと一緒に金持ちのスチュアートという男のもとに嫁ぐ話。スチュアートはまずピアノを軽視し、海辺に捨ててしまうが、声が出ないことを受け入れて「ペットみたいなものだ」と思い、エイダからの愛情を獲得しようと奮闘する。一方で、スチュアートの友人のベインズは、学もなく地位もないが、海辺のピアノを楽しそうにひくエイダに心引かれて自分の土地を海辺のピアノと交換し、エイダの気を引こうとする話。

想像以上にドロドロしていて、エイダとベインズの不倫現場を娘にも夫にも見られてしまうというガバガバなところはどうかと思うが(でもあの二人ならそういうところに配慮できないだろうな)、エイダのピアノと一度恋した相手への熱意はめちゃくちゃにすごいところが、夫の喪失で声を失う、というところに現れているので良いと思う。

また、エイダがベインズに惹かれる過程が、まさに劇で演じられていた青髯の物語をそのままなぞっている。解放されても尚、青髯(ベインズ)を求めてしまうというのが、見ていてしんどいようで純粋さも感じる。周りの原生林の雄々しさやベインズのボロ屋、マイケル・ナイマンの音楽、すべてが官能に向かっている気がするくらいに、途中のシーンがエロすぎてびっくりした。野蛮なエロではなく、「官能」という言葉がしっくりくるエロさ。

終わりがけは、まさかの斧が取り出され結構キツい描写になるが、それでもスチュアートは最終ラインの分別は弁えていたし(命を奪わないという意味で)、ベインズとの関係、というよりエイダの気持ちを理解したのが、彼を否定しきれないところだ。

結局、この物語はスチュアートがエイダが一番大切にしていたピアノを捨て、「家族は犠牲に堪えるものだ」と叱りつけたところがよくないのであって、学は無くとも、その部分をうまく理解していたベインズの法に軍配があがるのはわかる。

で、最後までエイダの大切なピアノを守り続けたベインズという存在が、逆にエイダにとっては「ピアノ」になっており、エイダ自身が海からピアノを投げようとする展開がいい。でも、この作品をさらに素晴らしいものにしているのはピアノを捨てたエイダがピアノとともに死にかけるという部分で、あの美しさがめちゃくちゃに良い。結局助かりましたっていうオチよりも、あの海のなかで、エイダの靴(下着?)とピアノが一緒に沈んでいるという「画」が最高で、あれが存在するためだけにこれまでの物語があるんだろうなと思った。美しい映画だった。傑作です。

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 第5話感想

なんやかんやで更新がめちゃくちゃ遅れてしまったのだが、悪びれずに雑多に感想を書いていきます。あと6話と7話の感想も溜まっているので、ちょっと駆け足になるかもしれん。

まず大前提としてめちゃくちゃ良かった。百合豚にやさしい回でしたね。

この回はエマ回でありつつも、なぞに包まれていた果林先輩のキャラが明らかになる回でもある。また、この記事を書くにあたってまた5話を見返したのだが、印象としてエマより果林先輩の方が情報が多い気がする。というわけで、エマ回ではあるが果林さんについての文章が多い。

以下、簡単に目次。

 

 

朝香果林というキャラについて

冒頭から気になる点として、困っているエマを助ける果林先輩という図がある。これに関しては2話の歩夢に「お節介かしら」と言いながらもアドバイスを投げかけた点と共通していて、基本的に困っている人(というか気にかかった人)にはちゃんと手を差しのばしてあげている。

で、何が気になるかと言うと、「騒がしいのは苦手」なのにこうやって進んでいい人ムーブをする果林さんの姿で、恐らくこれまでも何度もいろんな人にアドバイスを与えたり優しくしたりしたのだと思うのだけれど、その割にはマジで友達が居ないんだなと。オタクに言われたくはないだろうが、これまでにエマのような友達が出来なかったのかな、というところが気になった。

続いて、エマが早速果林さんを見つけて相席するシーンだが、「一緒に食べても良い?」というエマの問いかけに、果林さんは「好きにしたら?」という。

つまるところ、「来る者は拒まず、去る者は追わず」のスタンスだと思うんだけれど、そんなスタンスならイケメンな果林さんの周りに、ワラワラ人が居てもおかしくないような気がする。

最後の方では「クールな朝香果林という読モのイメージが……」というような種明かしこそあったものの、その割にはエマを受け入れているし、やたらと「エマのために……」とエマを非常に大事にしているところがあるし、エマに部屋の片付けもさせているし(それはクールなのか?)朝香果林の思う「クール」の線引きが曖昧なところがある。もっとも、果林にとっての「クール」という壁を壊すのが、その境界線にいるエマでしかあり得なかったというのはエマかりを語る上で外せないポイントだろう。

とにかく、「いつも通りに助けてあげた留学生が懐いてきた」という感じで、エマかりの覇道が始まる。ここから波動が広がるのだ。

 

また、果林を語るうえで外せないのが、仕草である。果林は顔に出ないだけで、自分に嘘をついている時の仕草が非常に分かりやすいような気がする。

以下はその例。

・目や顔を右にそらす

エマから同好会の話題を聞くときは右を向く。(本当は同好会に興味がある、あるいはエマとの時間を過ごしたいのにその欲望を口に出さないことで、自分に嘘をついている)

エマから「果林ちゃんも一緒にやれたらいいのになあ」という言葉に対して、「そういう賑やかなのは苦手」と言うときも右を向く。(本当は興味がある)

果林がせつ菜のPV(というよりMVだが)を見ているときも、ふと目をそらし右を向く。(かなり興味がある)

衣装撮影の場でエマから「一緒に写真を撮ろうよ」と言われながらも、視線を右にそらす。(本当は一緒に撮りたい)

エマへ自分の気持ちを吐露する際、

・しきりに左腕を右手でさする。腕を組む、など。

これら全てが、「目を背けて、自分の殻にこもる」仕草であり、自分の本当の気持ちから遠ざかるような仕草である。

果林がもっとも自分の気持ちを吐き出したのが、(きっとみんなに読まれることになる)アンケート用紙っていうのがポイント高くて、「本当は自分の気持ちを吐き出したいけど、みんなから期待されているクールな朝香果林を守らないと(でも、自分のことを応援してくれる人は本当に大事だから、その人たちには本当の自分を知って欲しい)」という気持ちが非常に強く表れている。この辺りは複雑だし、自分の解釈が強めに入っているが、果林の解釈として重要ではないかと考えている。

つまり、自分がここで言いたいのは、果林の持っている「孤独への恐怖」である。というのも、果林が友達とワイワイやったとすると、①「クールではないことに気がつきファンが離れる(読モとしての孤独)」②「何かやらかした時に友達を失う(友人関係の孤独)」の2つの可能性を持つわけで、そこを果林は危惧しているのかなと思ったり。

これまでのまとめとしては以下。

・果林はみんなの助けになりたいと考えている

実力主義の読モの世界にいるからこそ、支えてくれる自分のファンを大切にしたいと思っている(クールな朝香果林を大切にしたい、守らないといけない。そうじゃないと支えてくれた人が離れてしまうかもしれないから)

・エマのように素直に自分に好意を向けてくれる人にはとことん尽くして上げたい。

・「孤独/失うことの恐怖」へのクッションとして、「来る者は拒まず、去る者は追わず」のスタンス。それから「群れない」という選択肢を取っているということ。

 

スクスタの果林さんはもう少し自我が強くて、向上心もあるのかなと思う。アニメの果林さんは、孤独を核に形作られたような印象を受ける。

それもあって、最後の仕草で「エマの肩に腕を乗せる」という他者に積極的に関わる動きをしてくれたのがすごく嬉しい。5話はやっぱり、エマよりも果林さんの成長回の側面が大きいと思う。

 

エマ・ヴェルデというキャラについて

もちろん、エマがまったく成長していない訳ではない。

というより、エマにとっては「果林を成長させること」がエマにとっての成長、「みんなの心をぽかぽかさせたい」の実現に他ならないからだ。

みんなの心をぽかぽかさせる前に、まず身近にいる親友の果林さんの気持ちをぽかぽかさせることから始めるというのは、物語の進め方としておかしなところはないと思う。

その「ぽかぽか」というのも、侑の言う「ときめき」の言い換えに他ならないが、そこで他人とはぶつからずに、最後までやり抜こうという意志が感じられる点、三年生にもなって留学をしてきた点など、かなり芯が強く、自分の気持ちを持っている女の子だ。

また、エマは歩夢やかすみの「かわいい」ではなく、「見ている人の気持ちをぽかぽかさせる」という自己ではなく他者の評価が軸になっている。個人的には、この「ぽかぽか」はかなり汎用性が高い気がしているので、虹ヶ咲だからこそみんなでソロで活動しようということになったが、他のグループで活動することは十分可能ではないかと思える。常に周りをぽかぽかさせたいという人間だからこそ、不和を恐れているというのもあるが。ここに20章のエマの核があると思う。

次にエマの行動についてだが、エマが果林を誘う時に強調しているのが、「本気」という言葉である。恐らく、エマは果林との出会いで、果林が「すごい人間」であると理解している。ファンがいる、意識が高い、そのようなイメージが重なり、エマは果林が「スクールアイドルなんてお遊び」だと思っているのではないか、と考えていたのだろう。だから「お遊びじゃなくて本気」だと主張することで、果林を受け入れる下地を作っていたのだと思う。

結局そうではなく、果林はただ新しい自分になるのが孤独に繋がると信じて怖がっていただけなのだが、そこを越える勇気をあたえた(自分を守る仕草をやめさせた)のがエマの成長、というよりエマ回の見せ場だろう。

それから、エマと果林との共通案件として、OPとEDの入りの美しさは特筆すべきだ。

OP前では、すでにファンのいる読モである果林が、スクールアイドルとして駆け出そうとしているエマに「お互い頑張りましょ」と勇気づけている一方で、ED前では、エマが果林に向けて「やりたいと思った時からきっともう始まっているんだと思う」と声を掛けている。そして、その言葉に対して、OP前はエマが「うん」と、ED前は果林が「うん」と笑顔になっている。この対比関係があまりに美しく、果林に手を取られていたエマが、果林の手を取る側に回ったという点はまさに、エマの成長と言えるのではないだろうか。

 

 

スクールアイドルの方向性について

エマの「心をぽかぽかさせるスクールアイドルになりたい」という言葉から広がった「心をぽかぽかする」ものはどのようなものがあるか連想ゲームだが、見事にバラバラである。結局「誰も頼りにはならない!」というのは、4話の愛さんへのエマのアドバイスでもそうだった。エマは自分が教えることができることは何もない(全員、ソロを意識して1からのスタートだったから、誰も先に進んでいる人間がいない)ことを理解したうえで、ランニングに戻ろうとしたところを、愛が自発的にダジャレを見いだしたのだ。

それと似たように、エマもしずくの言葉(演劇だったら衣装を着るとイメージが沸く)に従ってはいるものの、イメージ自体はエマが出すことを強いられている。

この辺りが非常にうまく、「大きな軸としては他人が干渉してくることは何もないが、その周辺ではいくらでも助けて上げることができる」という、しっかりとしたパーソナルスペースを意識した動きになっている。「令和の距離感」とでも言える関係が、同好会のなかで広がっている。

この辺りの関係性をうまく描いているものに、アニメ「ゆるキャン△」があるが(というよりあfろ先生の漫画作品は全部そう)、あのアニメでも、無理にみんなで集まろうとせずに、個人の感情の動きを一番に優先している。個人的には、アニガサキはより高みを目指そうとしている(つまり、パーソナルスペースを守りながらも、同好会としてどのような絆を築くことができるのか)と思うので、そういう意味でもめちゃくちゃ練られた展開だと思う。すごく面白い。

また、エマの衣装選びについてもそう。どれかひとつに決められなくて、とりあえず全部やってみる、というのは「何かをするために何かを諦めるのは間違っている」という3話でも扱った虹ヶ咲のテーマに依っている。

このあたりから、虹ヶ咲のテーマがどんどん自分と現実側に寄ってきているように感じたのは自分だけだろうか。単にこれまでの積み重ねがようやく生きてきたからだろうが、自分は虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のテーマが、まさに現代の人間に必要な問題を扱っているように感じた。

情報が氾濫し、自分の進路が分からなくなり、「とりあえず良い大学、とりあえず良い企業へ」の大多数による思想に従っておけば良い(自分で進路を選ぶ頭の使い方をしない)人間が溢れているように思う。せつ菜もそうで、「何としてもラブライブ!へ」という考えを持っていた。これもみんなが目指すから自分も、という思い込みに他ならない。

しかしながら虹ヶ咲はそうではなく、あくまで自分の選択「だけ」で物語が進んでいく。これまでのラブライブ!シリーズであったような理不尽な廃校、豪雪、理事長権限、謎のイベント、強敵との出会いなどなど、どれもこれも「向こう側から振ってきた」というイメージが大きいように感じる。

しかしながら、虹ヶ咲はそうではなく、大きな話の流れも、細かい話も、どれもがキャラの選択だけで動いているように思えるのだ。根底にある大きな話の流れはなく、あるのは「自分のやりたいことを自分で見つけ、自分で行動する」という突き放したようで、そのぶんキャラ自身が透けて見えるような概念である。

この「自分で行動」というのが、「キャラで物語を語る」という構成には必要であり、視聴している側に、キャラにも自我があると思わせるのである。

と、話が少しズレてしまったが、5話を見ていてふと思ったことを書いた次第です。

 

ゆうぽむについて

侑が語る歩夢のアピールポイントとして、「(表情がくるくる変わって)全然見ていても飽きない感じ」とはよくぞ言ったものである。幼なじみ特権として、どんな表情のあなたも見てきたというのはまさにエモポイントであるが、それをさらりと流し、歩夢が「揶揄われた!」と思い、ポコ……ポコポコ……とクソよわガトリングをお見舞いしているところでめちゃくちゃ笑顔になってしまう。効果音がずるいんだよな。

あと、ここは本当にネタとしても笑えないポイントなんだが、「みんなを応援したい」という侑の言葉に「え?」と零す歩夢の台詞。

これは、「またみんなばっかり見てえ!」というプンプンしたものではなく、純粋かつ重大な疑問として取り扱うべき台詞だと思う。

これに関しては、自分の1話の感想を引っ張ってきたい。

negishiso.hatenablog.com

つまり、侑が夢を語ることで、歩夢はようやく侑の本音に触れることになる。この本音に触れるということが、歩夢が侑の言葉に信頼を取り戻すキッカケになっているのだ。

ここにあるのは、「今はまだ恥ずかしいけれど、かわいいに正直になりたい」という歩夢の夢と、「夢を持った誰かを近くで応援したい」という侑の夢である。

侑の夢は、まだ夢というにはふさわしくないかもしれないが、侑と同じフラットな関係を望む歩夢だからこそ、侑の夢も「夢」にしたい。そういう想いがきっと歩夢のなかにあるのだ。

まさに、この箇所である。

歩夢にとっての1話の「Dream with you」は、侑との契約の曲である、というのが自分の解釈であり、あの場には、曲を披露する歩夢と聞く侑の二人だけが存在していた、というのが大きなポイントとなる。

『侑の「夢」である「夢を持った誰かを近くで応援したい」という「誰か」を、まだ未熟だけれど「私(歩夢)」にしてほしい』というのが二人の交わした契約のはずであり、まさにそれをパスケースが示しているはずなのだ。

しかしながら、5話では明確に「みんなを応援したい」と侑が述べている。つまり、「誰か」が「歩夢」から「みんな」に拡大されているのだ。

しかも、この件の解(歩夢の疑問:本当に侑は歩夢以外を応援したいのか?)に関しては、この回で回収されないまま持ち越される。つまり伏線である。

断言してもいいが、個人回が終わってからはゆうぽむで一波乱くる。

歩夢の夢と侑の夢が一致することで始まった「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」の物語は、その根幹であった「一致」に齟齬が生まれることで亀裂が走る。

そして間違いなく、そこにはパスケースが絡んでくるはずである。

ゆうぽむのオタクは覚悟するように……。

 

りなあいについて

今後、常に定位置になるソファがエマかなに独占されているが、その時はどうやらテーブルに着くらしい。そしていつも通り、りなあいはニコイチである。仲良しなのは良いことだなあ。また璃奈ちゃんがエマの「妹みたい」という言葉を好意的に捉えているところからは、璃奈ちゃんが家族の形に飢えている(少し言葉がきつくなったが、単に愛情を求めているとしてもいいかも)、あるいは可愛がられたいという気持ちを持っていることを示してくれている。世話したがりの愛さんとの相性も抜群ですね。

 

La Bella Patria 

最後にこの回のエマの曲に触れて終わりたい。

見ていて思ったのだが、扉をノックする振り付けがめちゃくちゃいい。果林の閉じられていた世界の扉を開けるのではなくノック(ここに、果林が扉を開けるという彼女の「意志」の余地が残されている)をするという点で抜群にいい。

また、歌詞には「自分の気持ちに嘘をつくのは難しい」「この場所」という意識が強く働いており、自分の大好きのために分裂するのではなく、手を取り合うことを決めた同好会という「場」と「人」はエマにとってかけがえのない財産であり、そんな素晴らしい場は、La Bella Patria(美しい故郷)のように開放的で自由である、というイメージがひしひしと伝わってくる。

この自由というイメージが、エマを通し、果林の目に映ることで、「自分も自由になっていいのかもしれない」と思わせたのだ。

 

これまでに何度か「僕の考えた脚本」を書いてしまった自分であるが、この5話に関しては抜群に良くて何も否定するところがない。完成度があまりに高い。

素晴らしいアニメだったと思います。制作陣に感謝。

No.155 映画感想 「ダーティ・ダンシング」(1987)

長らく映画を見ていないなとは思っていたが、まさか2ヶ月も見ていなかったとは思わなかった。U-NEXTの月費を2ヶ月も無駄にしてしまった。もったいない。

ということで、そろそろまた映画を見る生活に戻していきたいなと思い適当に映画を漁ってみることに。折角だし、明日から開催の百合文芸に合わせて着想になるようなものが欲しいなと散歩していたのだが、ふと頭に思いついたのが「ダンシング・ババ」という文字列。なんだそれはという感じだが、お婆ちゃんが踊る感じの百合小説を書いてみたいなと思った。で、それにはダンシング要素を入れなくてはならず、U-NEXTで「ダンシング」と検索すると出てきたのがこれ。

「ダンシング・ダーティ」

監督はエミール・アルドリーノ。誰だと思って検索すると、なんと「天使にラブ・ソングを…」の監督さんでした。びっくりだ。

見終えたからこそ言えることではあるが、見ている時の気持ちよさ、「楽しい映画」という点で、「天使にラブ・ソングを…」と非常に近しいものがある。音楽を聞いていて自然と身体が動いたり、音楽の存在に意義を与えたりするのが非常にうまい監督のように思える。自分は普段まったく音楽を聴かないのだが、やっぱり音楽はいいよな、と思えるような映像作品になっていて良かった。

気になったのは脚本のエレノア・バーグスタインで、彼の書く台詞がいちいち気持ちよくて感動した。映画の始まりも文句なしにかっこいい。

「1963年の夏のことだった。この頃私はベイビーと呼ばれていた。ケネディは現役の大統領で、私の夢は平和部隊に参加すること。まだ恋を知らなかった。ケラーマンで夏を過ごすまでは。」

導入として素晴らしい名文だと思う。

また、「怖いのはこの部屋を出たら残りの人生が退屈になること。あなたがいないから」というフランシスの台詞も格別で、現代ではもはやテンプレと化した身分差恋愛ではあるが、今見てもしっかりと胸に刺さるものがある。

それから、恋も知らない少女が、恋を知って大人になる。そのテーマに対応するように、フランシスの名前は「ベイビー」だし、しきりに「どこで(ダンスを)覚えたの?」と聞いてしまう辺り、かなり大人への階段要素がぶち込まれている作品で、ぱっと見やり過ぎ感はあるが、テーマの補強具合を考えると大味って訳でもないし、個人的には好き。

共通の話題でこの名前があれば、ちょっと会話が楽しくなるような映画だなとおもいました。傑作です。

クソでかタスクからの解放

自分はタスク管理能力が低い。これは就活の時にも考えていたことなのだが、これまでの人生を思い返してきたところ、想像以上に自分は仕事が出来ない人間だということが分かっている。

僅かながら例を挙げる。

・タスクが2個以上あるとやる気を失う

・事前に準備をしていても直前の直観に従って別行動をしてしまう

・やるべき期限の前日になるまでタスクを放置する

・タスクをこなすための手順が明らかになっていないとやる気を無くす(すべてがプロトコル化されていなければ無理)

・他人に相談ができない

・以上が積み重なり、数多くのタスクを1日くらいで、かつ一人ですべて処理しなくてはいけなくなる

・それが嫌なので、タスクを先延ばしにしながらも生きた心地がせずにベッドで横になってはツイッターを眺める(タスクはしない)

・死ぬ

ここまで書き連ねると、まあ本物のアレ(お察しください)なのだが、こればかりは自分にはどうしようもないことなので、今後もコレと付き合っていくしかない。

で、最近ずっとブログを更新できていなかった理由としては、まさにこの「タスク」が自らの生活に圧迫感を与えていたからに他ならない。

先日迎えた論文の中間審査は、まさに自らの生活において一二を争うクソでかタスクだった。ラボのカレンダーを見ながら「ふ~ん、そういうのもあるのね」と適当に構えていた自分だったが、教授から直々にLINEが来て「こういうことをするので準備しておいてください」と言われた時には、「これは今までのタスクとか違うぞ……」と震えてしまったのを覚えている。

そんなこんなで何もせずに震えていたのだが、 璃奈ちゃん回を何度も繰り返し見て精神を保つことでなんとか資料を作成し、無事に審査会を終えることが出来た。

というわけで、ようやく健全な精神で文章が書けるようになったのだ。

アニガサキの感想が随分堪っていて涙が止まらないが、彼方ちゃんの良さに包まれてまた後日ぼちぼち書いていこうと思う。

とりあえずはそれだけの報告です。

ちなみに今は稚内にいる。このこともまた書いていこうと思います。書くことが大量にあるんだ僕は。書かないだけで……。