政治の話をしよう
この文章が誰かの目に入った時点で、私はかつての自分に敗北したことになる。
◯
今朝、下の記事を絶賛するツイートが目に入ってきた。
内容としては、右派は現実を冷静に捉えた大人の集団であるのに対し、左派はTPOも考えられない頭お花畑なお子様集団であることが冷笑的に語られ、最後は政治の話は表立ってしないようにしよう、という従来の日本的教育観を補強する形で締められる。政治の話はしないようにしよう——その著者の主張の正当性を補強するかのように、記事を引用したポストには5000を超えるいいねが付いている。
政治の話はしないようにしよう。
筆者曰く、それは正しい大人のマナーである。お洒落なカフェで政治について語ることはみっともないことで、それをしない私たちこそ誇り高き「分別のある大人」なのだ……
と、本気で思っているのなら「うおw」と言わざるを得ないが、私がそのような冷笑的態度を取ることは著者が生み出した露悪的な構造をそのまま再生産することに他ならず、著者の主張およびその姿勢に批判的立場を取るものとしては、冷笑は避けねばならないだろう。
冷笑をするのは楽である。「うおw」の三文字を相手の主張に被せるだけで、議論の妥当性も文脈も全て無視し、相手より優位な立場を取ることができる。ドパガキが溢れる現代日本において、何もなさず、何も考えなくても3回のフリック入力で他者より優位に立てる冷笑を手放したくない気持ちも私には分かる。
しかし、だからこそ私は、3回以上のフリック入力でこの言葉を記したい。
政治の話をしよう。
拒む者は拒んで構わない。私が頭お花畑に見える人にはそう思ってもらって構わない。ただし、もしあなたが真に政治のことを考えているのであれば、政治の話を拒む理由はないはずである。
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政治に正解はない。なぜなら政治における正解は未来によって規定されるからだ。現時点における最善手が10年後に振り返れば悪手だったことも当然あり得るわけで、それでも私たちは、現状における最善手を自分の頭で考え続けるほかない。
しかし、本当にそうだろうか?
私が注釈を付けたいのは、「自分の頭で」という点についてである。
私たちは一般的に、自分の政治観を秘匿する傾向にある。それは上の記事でも言及されているように、宗教と政治とスポーツは、大人の付き合い(またはビジネス)をするにあたってタブーとされているからだ。どこに相手の地雷があるか分からない。だから、どれほど親しい仲でも(例えば家族、または親友であっても)互いの支持政党を知らないことはままあることである。この姿勢は一見、賢い選択であるように思われる。藪蛇という言葉があるように、現時点でうまくいっている関係に、わざわざ政治の話を突っ込みトラブルを起こす必要はない。
一方で、そのような姿勢が、国民の政治に対する感度を鈍らせていることも事実である。学校教育においても、家庭においても、政治については深く語られない。せいぜいニュースで政党名を聞くくらいで、どの政党がどのような思想を持っているのか、自分から進んで情報を手に入れないことには(あるいは手に入れようとしても!)、ソース不明の過激な主張や痛快なインターネットの切り抜き動画に呑み込まれるだけである。
つまり、私たちは政治的に孤立している。世界の状況が目まぐるしく変わり、政党の評価セグメントは益々細分化され、自分の思想と完全に一致する支持政党など幻想のものとなりつつあるのに、私たちは未だに、政治の話をすることを拒み続けている。
その結果がガラパゴスで、独りよがりで、エコーチャンバーだ。
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左派のよくある揶揄い文句として、「右派は戦争をしたがっている!」というものがある。自民党支持者は全員開戦に躍起になっていて、そのために軍拡をしているのだと。しかしながら、その認識は明確に誤りである。大前提として、戦争をしたがっている人間は日本に(殆ど)いない。右派は戦争をするために軍拡をするのではなく、戦争を他国から起こさせないために、抑止力として軍拡を選んでいるからだ。その論理も理解せず、右派を戦争したがりだと決めつけている節があるので、右派から見れば、左派はアホ集団だと思われても仕方がないだろう。
ところで、私は左派である。
ご存知の通り、左派も平和を志向していて、そのアプローチとして、軍拡ではなく対話を選んでいる。「出たよ対話! 言葉を覚え始めた子供みたいに、対話、対話、対話——それじゃあお前たちはどうやって中国やロシアと"対話"するんだ?」と仮想上の右派からエアクオートされるのは目に見えているが、正直なところ、私もどうやって対話するのかは分からない。というか、私レベルで分かるなら既に国がやっているだろうし、国でさえ分からないから国家総出でクネクネしているのであって、その答えを左派に委ねてもまともな答えは返ってこないだろう。その辺りは"対話"の専門家、つまり外交官に任せるべき話であって、主権を持つ我々国民はその方向性を定めるだけで良いと考えている。
このようなことを書くと、やはり左派は理想論者で無責任だと馬鹿にされるかもしれない。
しかしながら、私からすると日本が「軍拡」を選んだとして、中国やロシアの軍事力に対して抑止力になり得る軍事力を本当に備えることができるのかは甚だ疑問であるし、そもそも軍拡をするというアクション自体が、中国やロシア(または北朝鮮)を刺激することは想像に難くない。それが戦争を引き起こす可能性もゼロではないだろう。また、仮に軍事開発競争にもつれ込んだとしても、その先にあるのはやはり戦争であるように思えてならないから、私としては仕方なく対話を選んでいるだけの話である。
上記の私の発言には、多くのツッコミどころがあるのだろう。お前は何もわかっていない、俺が本当の"外交"ってやつを教えてやるよ——そう言いたい人も少なからずいるかもしれない。
しかしながら——これは断言できるが——どのような頭脳を束ねても、どのような量子演算を行ったとしても、未来を正確に見通すことはできないし、それゆえ政治における正解も分からないのだ。
そのような状況で、どうして自分達だけが正しいと言えるだろう?
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コンドルセの陪審定理というものがある。
あるっちゃある。ただそれだけである。
一見正しいこの定理も、数々の理想的条件下で成り立つものでしかなく、現実に当てはめると齟齬が生じるのは周知のところである。たった一つの定理で何かを語れるほど政治は簡単でなく、それゆえ未だに議論が尽きず、私たちは今日も政治的立場の異なるものを冷笑し、馬鹿にする。まるで自分たちだけが正解を掴んでいるとでも言うかのように、人々は意見の対立する者を心底見下している。要するに、私たちは政治の話をしないがために、それが「分別のある大人」だと信じ込んでいるがために、居心地の良い波の音だけが聞こえる閉鎖空間で、3回ぽっきりのフリック入力を続けているのである。
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政治の話をしよう、と呼びかけても応える人は多くなく、精々似通った思想が集まり、自分達と異なる思想をこき下ろすくらいだろう。それは確かに政治の話であるが、私の意図とは異なっている。
政治の話をしよう。
その言葉は、自分と異なる思想に向けられて、初めて意味を持つ。なぜ対話をしなければならないのか、お前と話すことで何を得られるのか——そう考えているうちは誰と話しても意味がなく、そもそも誰とも話すこともないだろう。
政治は間違いなくデリケートな話題である。その思想に至った経緯や材料はその人の人生と不可分であり、安易な批判はその人自身への批判に繋がりかねない。「藪蛇」という言葉は、いつも頭の隅にへばりついている。
それでも、「政治の話をしよう」と言うこと。
知能指数を極限まで下げるでもなく、無垢な相槌をするでもなく、目の前にいる人間が何を考え、どのような材料をもとに、どのような思想に至ったのか、耳を傾けること。
自分の思想について話すこと。
政治の話をしよう。
話はきっと、それからである。
【後編】2024年ベスト10まとめ(映画、拙作、百合カプ、居酒屋)
あけましておめでとうございます。ねぎしそです。
今回は2024年を振り返る意味も含めて、漫画、小説、演劇、映画、百合カプなど、色々なベスト10を挙げていきたいと思います。
「(商業)漫画」「(漫画)同人誌」「演劇」「小説」について触れている前編はこちらから↓
この記事は「映画」「拙作」「百合カプ」「居酒屋」の2024年ベストについて挙げる後編となっております。
興味のあるところだけお読みください。
ベスト映画2024
今年は無職にも拘わらず、年間で90本しか映画を観れなかった。時間の大部分を創作とSNSのタイムラインとShort動画の無気力な閲覧に費やしてしまったからだが、それにしても少なすぎやしないか……?
まあでもこういうのって本数じゃないので、というありきたりな言葉で逃げたいものの、メンタル的にまったく映画館に通えなかった時期があって、そのために重要な作品が抜け落ちてそうなのは痛手だと思う。具体的にこれ、とは言えないのだけれど(何故なら何が上映されていたのか知らないので)。
1. ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉
映像の凄まじさ、鑑賞時の衝撃という点においてこの映画の右に出るものはないでしょう。現代アニメの到達点というか、ダンガンロンパに出てくる超高校級のアニメーターの御手洗亮太ってこういう感じの映像を作るのかな……と思いました。ぼんやりと百合アニメでもある。
2. カラオケ行こ!
原作の気の抜けた感じの掛け合いが見事に映像化されており、野木亜紀子による「映画部」というオリジナル要素が作品、また主人公の奥行きを数倍にも高めている凄まじい作品。全てにおいて完璧で、観終わった後はしばらく座席から立てなかった。
3. サユリ
ホラー映画として文句なしの最高傑作。序盤の容赦ないホラー描写から、ちょうど作品時間の折り返しで発生するお婆ちゃんの覚醒がめちゃくちゃに気持ち良い。原作も読んだが、映画の方が数倍作品としての質が高まっているように思う。私は初回から「応援実況」で鑑賞したのだけれど、入り口で渡されたタンバリンを叩きながら、声を出したい時に叫べたのも良かった。お下劣ワードではあるんですけれどね。
4. ぼくが生きてる、ふたつの世界
耳が聞こえない両親の下に生まれた、耳が聞こえる男の子(コーダ)の物語。実際にその立場にあった五十嵐大のエッセイを原作にしているだけあってリアリティが凄まじく、気がつけば作品世界に呑み込まれていた。映画を観る歓びというか、そういう根源的なものを感じさせてくれた作品。
5. ゴールデンカムイ
原作の実写化に求められている要件をすべて満たし、なんなら上回っているほど迫力のある映像に仕上げている傑作。これほどまでに完璧な実写化を私は見たことがない……。
6. パスト ライブス/再会
少年期に両片想いだった韓国人の男女が離れ離れになり、後に再会する話。少年期から24年が経ち、女性は既に別の男と結婚していて、それを踏まえた上で二人はアメリカの地で再会することになるのだけれど、作中で何度も触れられる「もし」の話が印象深く、男がずっと抱えてきた「運命」という言葉に対して、どのように折り合いをつけるのか、という話でもあった。
7. デデデデ前編
百合SFアニメとして完璧だった作品。後編はあまり気に入っていないので選外としたが、後編に至るまでずっと観客の心を掴み続けるシナリオが素晴らしかった。
8. ギヴン 柊 Mix
百合の可能性に気付かせてくれた、全く百合要素のない高校生バンドBL作品。この作品の凄さは、私たち百合のオタクは、常に「セックス」を奪われていたのだと気付かせてくれた点にある。要するに、世間に溢れている「百合」を謳うコンテンツは、どいつもこいつも「キス」の段階で留まっている。百合豚はアニメの中の女の子同士が手を繋いだだけで歓喜し、キスをするとあまりのことに卒倒しそうになる。だが、それは女性同士の性的関係の始まりに過ぎない。多くの百合豚は気が付いていないが、女性同士のカップルも「セックス」をするのだ。それは二次元美少女においても同じであり、その行為は、あくまで日常的な生活の上に、呼吸のように行われて然るべきである。勿論、『魔法少女にあこがれて』で描かれるような女性同士のエッチな絡みも素晴らしいし、エロとエンタメを両立させたこと自体は評価されるべきである。ただ、『魔法少女にあこがれて』の主題は、どちらかと言えば百合のエロにある。百合のエロと主人公による支配構造が直接的に結びついていて、エッチな行為にちゃんと理由が用意されている。
一方、『ギヴン』のセックスは、あくまでメンバー間の人間関係のもつれの問題として行われ、物語の主軸はバンドをどのようにやっていくか、というところにある。勿論、深いところでは繋がっているのだろうけれど、セックスをすることに対して説明はない。セックスはただただ日常的な行為として、カップルである男性同士の間で行われるものである。そのことに気がついた瞬間、私は椅子から転げ落ちそうになった。当たり前のことなのに、私は全く気が付いていなかったのだ。『らきすた』や『けいおん!』や『ラブライブ!』や『まどマギ』や『ぼざろ』や『リコリコ』や『ガルクラ』といった作品に、私たちは慣れきっている。私たちはこの程度の「百合」で満足させられているのだ。
これからの時代、描かれるべきは女性同士のバンドや熱いバトルの横で、当然のようにセックスが行われる作品である。
二次元美少女たちをゆるふわ日常系の柵に閉じ込めてはならない。私たち百合豚は、美少女動物園から彼女たちを解放し、野生に返った彼女たちに思う存分、バンドとセックスをしてもらうべきなのだ!
……すみません、映画のレビューに戻ります。
9. 瞳をとじて
すごく良かった、という感想を抱いたのだけれど、今思い返すとどんな話だったのかあまり思い出せない。ただ、すごく豊かな経験をしたような気がして、本来ならばそこら辺をもっと掘り下げるべきなのだろうけれど、まぁ言語化しない良さもあると言うことで。
10. ポトフ 美食家と料理人
私は食べることが好きなので、料理が美味しそうな映画が好きなのだけれど(ex.『ザ・メニュー』『大阪古着日和』『土を喰らう十二ヶ月』)、本作の料理もすごく美味しそうで良かったです。ラストの長回しが気持ちよくて、その映像美で選んだところもある。めちゃくちゃ舌が良い幼女が出てくるのも楽しく、お気に入りの一作。
拙作2024
他人の作品を偉そうに評価するのはあまり褒められたことではないので、ケジメとして拙作でも順位付けをやろうと思います。去年の創作活動の振り返りの意味も込めて。
1. 奴隷の作り方(漫画)
コミティア150に向けて制作。
担当編集云々を抜きにして、久しぶりに良いものが描けたな、と思えた作品。変な女と変な女の間で生まれる感情、読者を驚かせる捻りのある展開と気持ちの良いテンポ感、その辺りをうまく形にしたかったので、これが出せただけでも無職になった意味はあったかなと。
まぁ、こういうのを無職にならずともパパッと継続的に出せる人間が、本当に食える作家になるんですけれど……。
2. お姉ちゃんの腕
【冒頭試し読み】
— 百合創作サークル「ViViD」:C105【2日目西1め13ab】 (@ViViD_lily625) 2024年12月22日
12/30(月) コミックマーケット105 2日目【西1め13ab】
『120cm先の君 片想い百合アンソロジー』
試し読みを公開します!
小野繙@negishiso
『お姉ちゃんの腕』 pic.twitter.com/GoQgEJjG2m
ViViD『120cm先の君 片想い百合アンソロジー』への寄稿作。
思いつきで書いた割には、それなりに形になったような気がする作品。ここ数年はずっと、たまたま書けてしまった『あのバス』の理論的な再現性について考えていたのだけれど、今回も結局似たような感じで出力してしまったので頭を抱えている。クオリティとしては『二香』より少し劣るくらいだろうか。もう少し勢いと捻りがあっても良かったかもしれない。
3. ウニは育つのに五年かかる
ストレンジ・フィクションズ『留年百合アンソロジー ダブリナーズ』への寄稿作。
SFが全く書けないので、ミステリはどうか、という気持ちで書いてみた作品。結果、少し矛盾はあったようだけど、それなりに形になったようでよかった。終わり方も好みで気に入っています。
4. ミーナ
https://www.instagram.com/p/C2pQp1QBliN/?utm_source=ig_web_copy_link
CALL MAGAZINE vol.47への寄稿作。
日本から離れたところで行われる戦争について思うところがあり、それを起点にいろんな解釈ができるような作品を書こうとした。短い文量ではあるものの、イメージ通りの作品が書けて良かった気がする。百合ですし。
5. ANQLIAの恋歌
ゲンロンSF創作講座の最終実作。
いろんな人と知り合えたことと、円城塔に褒められたこと、斜線堂有紀の講義が受けられたこと以外に良い思い出がないゲンロンSF創作講座だが、最終的にこれが出力され、牧野さんから褒めてもらえたことは良かったと思う。
とはいえ今思い返すと、それなりに練ろうとした物語の構造と、ありきたりな語り手の詐称はさておき、作品世界の作り込みが弱いというか、作品の強度が低いので、やっぱ自分はSFに向いてねえなあとは思いました。
6. OROKAWA MELTDOWN
Webメディア「ケムール」への寄稿作。
煙草を作品の主軸にできていない時点で、私の作家としての力量が知れる作品。死んだハムスターの代わりに道端に落ちている泥酔した女を可愛がろうとする女、というキャラ造形は好きなのだけれど、彼女のポテンシャルを十二分に引き出すことが出来たのかは分からない。もっとキャラのことを大切にして、真剣に向き合わなければならない気がする。
7. ピース
WSSアンソロへの寄稿作。
安易なエモを求めて幽霊を主人公に据えたり、萌えなので双子百合を仕込んだり、気を衒って無茶苦茶な文章をぶち込んだりと色々やってみたが、最終的に仕上がった作品はあまり満足できるものではなかった。作品の構造から入るとどうしても文章のリズムが落ち着いてしまうというか、これは『ウニは育つのに五年かかる』でも似たような感覚になったのだけれど、拙作でよく評価されるテンポやスピード感がどうしても損なわれてしまうので、ウーン……という感じ。全体的にはエモいとは思うんですけれどね。「これだ」という強みがないというか、決め手に欠けるというか……。
8. 右膝の裏を舐める女
(WEB非公開)
C105の突発コピ本に収録した書き下ろし小説。頒布した時点でかなり荒削りで、「右膝を舐める」というワンアイデアを作品にしようとしてうまくいかなかったので、手直ししたい気持ちが強い。
特に、本作はコピ本の前に収録していた無職のエッセイと重なる部分があり、いつも仲良くさせていただいている方に「ちょっと読むのがキツかったです!」と言わせてしまったのは反省すべきところ。ただ、テンポ自体は私好みなので、もう少し最後の部分とか弄れたらなぁ、とは思っている。題名も変えたい。気に入っていないので。
9. 小椅子の聖母(漫画)
C104で頒布した、ブルーアーカイブの二次創作漫画。
エデン条約編で活躍する、ハナコとコハルの関係の良さを何とか形にしたいと思い、めちゃくちゃ真剣に物語を構成し、めちゃくちゃ部数を刷ったのだけれど、知り合い以外に殆ど手に取ってもらえず大爆死した。悲しかったので、先日ネットに公開したらいっぱい見てもらえて良かったです。でもそんなにハナコハが好きなオタクがいたのなら、頒布した時に手に取ってくれよ……とは思った。表紙がカスなので難しいとは思うけれど。
それはそれとして、序盤がめちゃくちゃ冗長なので作品としての質は低いと思います。もっとシナリオを練るべきでした。反省。
10. 正体
ゲンロンSF創作講座七期生による、七つの大罪をテーマにしたSFアンソロジー『だめなひとたち』への寄稿作。
私のテーマは「色欲」だったので、もし性的指向を変えることができる薬があったら?というアイデアから出発したのだけれど、変な掴みや変なキャラを意識するあまり、どっちつかずのバランスの悪い作品に仕上がってしまった。一万字という文字数制限がキツかったのも原因の一つではあるが、もっと文量を増やしたとて、驚くほど質が向上するビジョンが見えないので、やっぱり自分はSFには向いてねえな……と思いました。
拙作についての総括
色々書き進めていくなかで、やはり私は文字書きとしての地力が全然ないな、ということを痛感する一年だった。ウェルメイドな作品を書く人は世の中にいくらでもいるわけで、マーケティングの観点から考えると、私が文字書きとして進むべき道は結局『あのバス』や『二香』『お姉ちゃんの腕』のような奇想とエモを両立させた短編や、『幼女の王女』のような奇想ホラー短編くらいしか無いような気がするのだけれど、その一方で現在取り組んでいる漫画原作としての連載ネームはまた別の(長編執筆とも違う)スキルが必要とされるので、2025年はその辺りをどうにか伸ばすことができれば、と思っています。
ベスト百合カプ2024
拙作語りで気持ちよくなったので、もう少し公共性のあることを、つまり百合カプについて語ります。
1. フレとこ
にじさんじ所属のVtuber、フレン・E・ルスタリオと戌亥とこのカップリング。私は語感から「フレとこ」と読んでいる。
フレンが戌亥に向ける全肯定の眼差しは一見ギャグのようでいて切実で、戌亥が犯罪を犯したとしても「戌亥は何も悪くなく、戌亥にそんなことをさせてしまった周囲の環境や相手が悪い」と真面目に言ってのける信仰心が凄い。また、普段から飄々とした雰囲気で、相手の好意もさらりと躱してしまうような戌亥自身も、尻尾をブンブン振ってくるフレンに対しては悪い気がしないらしく、「(マイクラの教会で)結婚しよか?」「(コラボ配信にて、クリスマスケーキをあーんで)食べさせてやろか?」など、フレンがパニックになりそうなことを進んで行い、その反応を楽しんでいるところがあまりにエモく素晴らしい。
2. ハナコハ
ブルーアーカイブに出てくる浦和ハナコと下江コハルのカップリング。簡単にいうと、エッチな身体をした露出狂で頭脳明晰なお姉さんと、エッチなことに興味津々だけど表面上はエッチなことを嫌っているロリ体型の女の子の百合です。
「エッチなものに対して興味津々」というコハルの性質を活かして、コハルが過剰に反応するような言動を繰り返すことでしか、コハルの興味を引けない浦和ハナコという不器用で臆病な女のことをもっと世間に広めたい。
3. あのそよ
『BanG Dream!』に登場する千早愛音と長崎そよのカップリング。「タワマンで殆ど一人暮らしのような生活をしている長崎そよ」という作品内の事実に対して、「その家に入り浸る千早愛音」というオタクの幻想がぶつかることで、幾多もの二次創作が生み出されている。長崎そよは裏表があり、性格も捻くれていてめちゃくちゃめんどくさい女なので、過干渉気味な千早愛音のことも心底うざったく思っているはず(稀にそのウザさが寂しい時に救いになることもある)なのだけれど、最近の二次創作では長崎そよがただのツンデレとして簡略化されている描写が散見され、ままならないね、となっている。
4. 毒ユウカ×薬ノア
毒ユウカがいるなら薬ノアもいるんだろ!!?????? pic.twitter.com/juxQwVH4b4
— ユ、ユウカちゃん…太もも太いね… (@champon_huto) 2024年12月28日
毒ユウカと薬ノアで相殺𝑯𝒂𝒑𝒑𝒚 𝑬𝒏𝒅 pic.twitter.com/jluC1Q4Pu1
— 餅ぱぴこ (@mochipapiko) 2024年12月28日
2024年12月の末、オタクがブルーアーカイブのユウカの3Dモデルを弄っているうちに、レイヤーのミスによって生まれてしまった毒々しい見た目の「毒ユウカ」概念と、それを中和するために生まれた「薬ノア」という、神の二次創作によって生まれた神百合カップリング。普通のノアユウでは生まれ得ない旨味。かつて宗教画が持て囃された理由が、このイラストからも読み取れるだろう。ここには「真実」が描かれているのだ!
ちなみに、毒ユウカと薬ノアに依るものではない、通常カップリングの「ノアユウ」ですが、先日のイベントシナリオによってノアから先生に対する並々ならない感情が明らかにされただけでなく、ノアがユウカを可愛がっている感情も、絶対的な客観性を要する書記という役職を徹底するがあまり、自分の欲求を表に出せなくなったノアにとって、(先生に対する)自分の気持ちをうまく隠すことが出来ずに可愛らしく顔を赤らめたり、人情に厚く、後輩の面倒見が良く誰からも慕われるユウカに対して、無意識のうちに「こんな女の子になれたらいいな」と自己投影をしているがために、ユウカのことが気になってしまう、つまりノアがユウカを可愛がっている感情は、自分を(大切に)可愛がりたい欲求に基づくに違いない、という私の解釈を以てして完全に破壊されました。よって、ノアがユウカに性的に興奮している二次創作は全て解釈違いです。ノアはユウカに性的に興奮しないので。
5. みつひま
『ひみつのアイプリ』の星川みつきと青空ひまりのカップリング。
みつきからの感情が重めの幼なじみ百合で、案外、ひまりからの矢印も強めなのは嬉しいところではある。なかでもアニメ10話内で、自分をほっぽり出して知らない女の子と遊ぶひまりを見たみつきが、自身の配信中に零した下記の台詞は(一部の百合オタクのなかで)あまりに有名。
おはミーテルミーウェルカミー!
「ミーちゃんねる」へようこそ!みんなは仲よしのお友達が他の子とばかり遊んでいたらどうする?
私は……その子が楽しそうにしてたらうれしいかな……。
あっ、じゃ、じゃあ今日もみんなの質問に答えるよ!
この独特な「間」を持つみつきのセリフは、幼なじみ百合曇らせが好きな人間にとってはクセになる絶品の味。是非ご賞味ください。
6. になすば
『ガールズバンドクライ』の井芹仁菜と安和すばるのカップリング。
当初は嘘をつけない仁菜と、表面的な嘘をつきがちなすばる、という点で相性が悪いようにも思われたが、現在はそういうこともなく、基本的には「悪友」のポジションに収まっているイメージ。
何かとトゲを出して憤りがちな仁菜にとって、(仁菜の顔が好みで)気の長いすばるがイライラの捌け口として機能している点が好みであり、(実家を除いて)落ち着ける場所がない仁菜にとって、すばるの家が第二の実家のような扱いになっている点や、何かと誘っても基本的に拒みそうにないすばるの反応からも、すばるの存在を「安心できる場所」として捉えていそうな点がエモポイント。オタクが好きな共犯百合をさせやすそうな関係でもある。
7. さやかほ(つづさや、こずかほ前提)
『ラブライブ!蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ』に登場する村野さやかと日野下花帆のカップリング。
私にしては珍しく「他カプ前提」という留保付きで(つまり「正解」ではない)好きになったカプなのだけれど、その理由を言語化するのは難しい。ほのうみという私の人生におけるベスト百合カプに雰囲気や色合いが似ているからとか、ストーリーの導入部分や漫画版では完全にさやかほの流れだったから、など色々とそれらしい理由は思い浮かぶものの、村野さやかが好きなオタクとして直観的に好きになった部分が強いので、かなり顔カプの文脈に乗っかっていると思う。この件については弁明するつもりはない。
とはいえ、先輩たちが卒業した後で、さやかほの関係に変化が生じることはあるんじゃないかな、とは思っている。欲を言えば何かの間違いでもなんでも良いので、さやかほでセックスをして欲しいですね。エッチなので。
8. うめさき
『学園アイドルマスター』に登場する花海佑芽と 花海咲季のカップリング。
絶対に妹には負けられないお姉ちゃんと、絶対にお姉ちゃんに勝ちたい妹、それはそれとしてお互いのことが大好きでいつも一緒にいる、という関係が良くてどハマりしました。佑芽が咲季を性的な目で見ているのも良いですね。
まぁ、私は原作をプレイしていないので、上記の情報が本当かは分からないのですが……。
ちなみに、ここ最近はSNSのタイムラインに流れてくる、咲季のことを襲ったりペロペロ舐めたりする佑芽の二次創作を主食にしながら生活をしているのですが、そのうち主食にしている二次創作に毒を混ぜられて殺されても仕方がないかな、とは思っています。私は金も払わずコンテンツに寄生している害虫なので。
9. ゼイアオ
『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』に登場するゼイユとアオイ(女主人公)のカップリング。
このカプはゼイユという「おもしれー女」の魅力に強く支えられている。最初は主人公に対してツンツンしていたものの、交流を深めるうちに主人公がお気に入りリストに追加され、笑顔で手を振ってくれたり、ゼイユ語録とも言える独特の言い回しで主人公への好意を伝えてきて、控えめに言って「萌え」です。このカプに関しては、かなり夢(女子)要素が強いと思う。
10. ゆうぽむ
『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』に登場する高咲侑と上原歩夢のカップリング。
やはり私たちは2024年に公開された劇場版について話すべきで、旅行中に(不在の)幼なじみのデフォルメぬいぐるみを持ち出して、「侑ちゃん笑って〜」と呼びかけながらセルフィーを撮影する上原歩夢という女の生き様を、改めて理解しなければならない。
高咲侑も高咲侑で、沖縄で凹んでいる幼なじみのためにお年玉を使って東京から飛行機で飛んでくるし……なんというか、幼なじみって良いですよね。(本当に?)
ベスト居酒屋2024
この一年、無職なのに色んな居酒屋で酒を飲んで来たわけだが、そのうち「この居酒屋は良いな〜」と思えるところが多く生まれたので、それを纏めておきたいと思う。
なお、私は立ち飲み系のせんべろセットであったり、格安で提供される食べ飲み放題であったり、とにかく安い値段で酒が飲める居酒屋が好きなタイプの人間なので、ちゃんとしたところでお酒が飲みたい人にとっては、全く参考にならない説はある。まぁ、世の中にはこんな人間もいるのだ、ということで……。
1. かっちゃん(上野)
天ぷら盛り合わせ(あるいはおでん)と酒4杯が付いて1200円ポッキリのせんべろセットが文句なしに素晴らしい。酒4杯の代わりにタカラリッチ(360mL)のボトルを注文することも出来、無料で炭酸を追加しまくって無限ソーダ割りを楽しむことも可能。このせんべろセットのコスパを超える居酒屋は殆どないでしょう。居心地も大変良く、私が東京に住んでいる理由の一つです。
2. おすすめ屋 神田店(神田)
食べ飲み放題2時間2000円というインパクトに加え、そのメニューの豊富さと質の高さが異常。300円をプラスするだけでビールも飲み放題にできるなど、福利厚生が凄い。ちなみに、一時期は神田店のみ、値段は据え置きで3時間食べ飲み放題をやっていた。ありがたさを越えてもはや怖い……。
ちなみに、最近は色んなメディアで取り上げられていることもあり、一般層への注目が増している。時間帯にも依るが、週末なら前々日までに予約をしないと入れないと考えた方がいいかもしれない。
3. 晩杯屋(主要都市)※ゴールデンチケット使用
格安でフードを食べたいなら絶対にここ。立ち飲みが中心だが、一部店舗では椅子席もある。酒の値段の高さ(それでもチューハイ250円とか)がネックだったが、たまに発行されるゴールデンチケットというイカれたチケットを購入することで、圧倒的な安さで酒を飲むことが可能になる。この順位は、ゴールデンチケットによるバフが掛かった時のもの。通常時は5位くらいでしょうか。
4. 135酒場(上野)
ビールが安く、それ以上に中華料理が圧倒的なボリュームで提供されるすごい店。この料金で本当に良いんですかと困惑するレベル。味も美味しい。神。
5. とりいちず(都内各地)
年末年始関係なく営業している最強の店。食べ飲み放題のコスパが素晴らしく、唐揚げや水炊きなどが注文できて大満足間違いなし。8人くらいまでなら予約さえすれば問題なく入店できるし、気心の知れたオタク同士の打ち上げに最適だと思う。
6. 居酒屋革命 酔っ手羽(都内各地)
無限に手羽先を食べまくりたい時に、オススメの店。店舗によって色々と違うのでザックリとした話しかできないが、2時間食べ飲み放題2000円であったり、手羽先1本〇〇円みたいな格安キャンペーンをやっているので、そこら辺を狙いに行くと吉。
7. 新時代(全国各地)
言わずと知れた格安居酒屋。大阪の天満店で実施されていた、平日(と土曜日も?)の昼間限定の「スーパーハッピーアワー」は1Lのメガジョッキも90円になるので泥酔が確定して凄いことになる。これでなくてもドリンクが安いので、泥酔したい人はオススメ。フードはやや高めだが、伝串はコスパが高いし美味しいので、これさえ注文すればOKみたいなところはある。
8. かぶき 立ち呑み(神田)
神田でうまいイワシ料理を食べたいなら絶対にここ。立ち飲みではあるが、酒2杯と小鉢、めちゃウマのイワシ料理1品で計1400円の「得セット」が優秀。
9. 日本茶×干物 茶酒屋 Nendo(札幌)
札幌にあるため、なかなかアクセスし辛いものの、15時から17時限定で、毎日やっている「サッポロ最強せんべろセット」が本当に凄い。めちゃくちゃ綺麗な店内で、めちゃオシャレで美味しい(お茶系の)酒3杯、めちゃ美味いアテ3品がついてたったの1000円です。多分日本で一番すごいせんべろセットじゃないでしょうか。
10. 大衆酒場 宗屋(田町)
田町で呑むならこの店は外せませんね。とにかくフードが滅茶苦茶に美味しく、立石にある名店「宇ち多゛」のインスパイア店っぽいですが、宇ち多゛は初見殺しで、緊張感もすごいので、気軽に美味しいモツを食べたいならここでも良いと思います。とはいえ立ち飲みだし希少部位の注文方法がちょっとだけ独特なので、最初は経験者と行くのが良いかも。めちゃ並ぶのでそこも注意です。開店凸が一番良さそう。
以上、いかがだったでしょうか?
2024年は個人的にはあまりいい年ではありませんでしたが、2025年はいい年にしたいですね。何かしら意見やコメント等ありましたらこちらまで。
というわけで、昨年はありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。
【前編】2024年ベスト10まとめ(漫画、同人誌、演劇、小説)
あけましておめでとうございます。ねぎしそです。
今回は2024年を振り返る意味も含めて、漫画、小説、演劇、映画、百合カプなど、色々なベスト10を挙げていきたいと思います。
なお、あまりに文量が多くなってしまったので、前編と後編に分割します。
前編の内容は「(商業)漫画」「(漫画)同人誌」「演劇」「小説」、
後半の内容は「映画」「拙作」「百合カプ」「居酒屋」という括りにしました。
興味のあるところだけお読みください。
ベスト(商業)漫画2024
この一年は色々な漫画を読んだが、やはり百合のオタクなので、触れる漫画も百合作品が多めになってしまった。ということで、度数強めの百合眼鏡が掛けられた上での評価となります。
1. 岩浪れんじ『バルバロ!』
創作活動において、どのようにすれば人間(キャラ)が魅力的に描けるのかを示したお手本のような作品であり、濁流のようなテンポとエンタメ的な面白さも備え合わせている、凄まじい傑作。岩浪先生は、人間とは一つ上の視点を持っているような気がしてならない。
ちなみに現時点で百合要素は殆どない。一部怪しいところはあるものの、百合がなくても読み続けると思います。なるべく早めに同作者の『コーポ・ア・コーポ』も読まなければ……。
2. 芦原妃名子『セクシー田中さん』
「芦原先生の逝去」「もうこの作品の続きは読めない」という事実が私の評価に影響を与えていることは否定できないが、それを踏まえた上でも、自己肯定感が低い(ように社会から要請されてきた)女性に対して、雁字搦めの現状を一つずつ解きほぐす方法を、あるいはそのための勇気を読者に与えた点で、絶対に評価すべき作品。
また、「友達」だとは明言されているものの、朱里が田中さんに惚れ込み、殆どストーカーと化す描写からは百合の波動を感じ取ることも出来る。
3. 高森みなも『六年目の浦島太郎』
全てにおいてクオリティの高い傑作読み切り。時の流れの残酷さ、人間関係における「優しさ」、愛情の方向と効能について高い解像度を持ち、読後からずっと私の胸を締め付けている。姉妹百合要素もある。
4. 白梅ナズナ/まきぶろ『悪役令嬢の中の人』
悪役令嬢百合のひとつの到達点。自分の価値観に大きな影響を与えた人のために、自らの人生を躊躇無く捧げる歪な愛情が素晴らしい。特筆すべき点は画力で、悪役令嬢のレミリアの美しさは勿論のこと、神々の表現が異質で面白い。あと普通に漫画がうまい。
5. んみ『ロマンスコード』
人間×アンドロイド百合の最高傑作。人間が抱く愛と、アンドロイドの抱く愛、その違いと優位性について踏み込み、見事エンタメとして作品に昇華させている。それにしても、んみ先生の作風の広さには舌を巻く。一体この人は何者なんだろう……。
6. つるまいかだ『メダリスト』
フィギュアスケートを題材にした作品。純粋に話が面白く、キャラもかなり魅力的。自分の叶えられなかった夢を子供に託す系は、どうしてもエモくなるのでズルイとも言えるが、最近はその流れも不穏になっており面白い。また、主人公(の一人である)いのりちゃんに対して、同級生の天才・光ちゃんや歳上で顔が良いいるかちゃんから向けられる感情も百合として味わうことができる。
7. 武蔵野創『灼熱カバディ』
スポーツ漫画として非常にレベルが高く、特殊能力一歩手前の段階で、主人公達の熱いバトルを描いているカバディ漫画。他校の生徒を含め、キチンと登場人物の成長を描いている点が好印象。作中では男の娘の人見くんが女装して主人公の宵越(男)とダブルデートをするなど、かなり私好みの描写が挿入されるのだが、最終回では宵越が人見と同棲して同じベッドに寝ている人見ルートに突入していることが明らかになり、神作品であることが確定した。百合要素はないです。
8. 筒井いつき『少女支配』
共依存百合の最高傑作。治安も人間関係も最悪だが、その分最後の終わり方が大変綺麗で素晴らしい。愛した人のために(過去の)自分の全てを捧げることは、現在地で空っぽのまま留まり続けることに等しい。端から見ると過去の人に自分の人生を奪われているようにしか見えないが、それを肯定する女の横顔からしか得られない読み味がある。
9. ヨシアキ『雷雷雷』
精密な背景と相性の良い線で、キャラの表情を細かく、可愛く描いているのが非常に好みな作品。設定自体に目新しさはないものの、キャラ造形は独特で読ませるものがある。2巻から先輩×後輩(バディもの)の百合が発生するのもお気に入りポイントの一つ。
10. 本尾みゆき『だってワタシ、120点だもの。』
スカッとジャパンのようなママ友マウンティング漫画かと思わせておいて、過去に餌をやったが為に、貧乏少女だった瞳から数十年近く異常に執着されてしまう不憫な女、美咲の物語。幼少期に母親から愛情を注がれなかった美咲は、大人になっても承認欲求に苦しめられてマウント気質になり、出来の悪い娘にも厳しく当たってしまうのだけれど、作中で様々な葛藤を乗り越え、ようやく娘を愛せる「正しい」ママになれたのに、その道筋には常に主人公のストーカーと化した瞳が立ちはだかる。その瞳がとにかく異常。狂気というか、もはや殆どホラーに近い。続きがめちゃくちゃ気になる作品。
ベスト(漫画)同人誌2024
最近は同人誌漁りにハマっていて、コミティアやコミケなどで発行された良さげな百合作品を意欲的に発掘しようとしているが、基本的に手に取るのは百合漫画ばかりで、百合小説はあまり手に取れていない。なので今回は同人誌という括りではあるものの、実質「(百合漫画)同人誌」というジャンルが正しいように思います。
上記を踏まえた上でご覧ください。
1. キカイ『口腔内に帰らせて』『ハムスター大作戦』(連作)
綺麗な物なら何でも口の中に入れてしまうヒバという名前の女と、親から決められた道を進むことをよしとするエリカの物語。背景の白が目立つ紙面であり、かなり線が少ない印象を受けるが、その分エリカの内面描写などの表現が豊かに見える。エリカが「変」なヒバにどうしようもなく惹かれる様子がめちゃくちゃ良くて、この引力こそが愛なのだと納得する。こういう漫画が描ければ死んでもいいよな、と思えるような作品の一つ。
2. みや『青色のうさぎ』
独自の感性を持った女性、のぞみが、幼なじみのはるちゃんと初めての同人誌即売会に参加し、本を出す話。よくある筋書きと言えばそうなのだが、みや先生のキャラクターはどこか少しテンポがズレているところがあって、それが堪らなく愛おしい。本作も、主人公ののぞみははるちゃんのことを溺愛していて、はるちゃんと一緒に何かをすることに強い喜びを感じ、自分の人生には興味を持てない一方で、はるちゃんはのぞみの中に眠っている才能との距離感が分からなくて……という時点でひどくエモいのだが、その結末がまた堪らなく愛おしい。多分そのうち商業デビューされると思います(それとももうしているのか?)。
3. 森あもり『月のねがいごと』
引きこもりになった幼なじみが突然、かぐや姫であることを告白し、部屋から出てきて欲しかったら三種の神器を持ってこいと言ってくる話。森あもり先生は『わたしの悪役令嬢』でもそうだが、既存の物語を逆手に取るような話が多く、その共感性をうまくズラして、コメディチックなオリジナリティ溢れる作品に昇華するのがうまいイメージがある。本作はその面白さと百合のエモさが両立している点を評価しました。
4. あまもりフェスティバル『塗料を全身に塗った女』
表題の通り、全身を真っ黒の塗料で塗った女と、その親友の物語。シナリオの構成がうまく、全身を真っ黒に塗る、という奇想がちゃんと物語に食い込んでいるのが素晴らしい。冬コミで百合目的で購入しようとして、念のために作者の方に「これは百合ですか?」と聞いたら「分からないです」と回答されたのですが、私的にはガッツリ百合だと思います。
5. 柚木いつぐ『花見手振り』
可愛らしいデフォルメチックな女性二人が、花見をしながら手話について話す物語。主人公の二人は両片思いというか、相手が自分のことをどう思っているのか伺っている節があるのだけれど、その探り探りのデートのなかで、お互いが向き合って手話をするときのモノローグがめちゃくちゃ素晴らしかった。
6. 桜井くん『おまえひとりが舟を焼く』
不良に憧れる女子高生たちの日常をギャグを織り交ぜて描いた作品――かと思いきゃ、一人だけタガが外れてしまうところまで、「日常」に組み込んでしまった衝撃的な作品。とにかく読んでくれ、としか。
7. 橋本ライドン『ゆめみる姉妹』
橋本ライドン先生の、狂った女から向けられる歪んだ愛情をいっぱい摂取できる作品。金持ちのお嬢様が顔が好みの貧乏な女を拾い、お姉ちゃんと呼びながらも「飼い犬」として接する話。破滅しそうだが、しなさそうでもある、そんな絶妙なバランス感覚がスリリングで楽しい作品。
8. 青木俊直『工事中ガールズ』
体内で(物理的な)工事が進行している女の子たちの物語。一見、あまりにも奇想がすぎるのだけれど、可愛らしい絵柄とホバーダンスという種目を絡めることで、めちゃくちゃ爽やか且つストレートに読める先輩×後輩百合漫画になっているのが恐ろしい……。
9. 日野雄飛/モレロ『ふつうのともだち』
霊感を持つ二人の女子高生が、危険な怪異と触れ合うホラー百合作品。日野先生とモレロ先生が、どちらも同じキャラクターで別々の話を描く、という体裁になっているが、どちらの怪異も容赦がなくて面白い。両名ともに画力が卓越していて、女の子がとても可愛いのも嬉しいポイント。
10. 梅原うめ『おくびょうウサギはおたがいさま』
中学校が別々になったこと以外は、どこまでも王道な幼なじみ百合漫画……のはずなのだけれど、卓越した画力と安定したコマ割、一切無駄のないシナリオから出力される幼なじみ百合パワーは凄まじいものがあり、大谷翔平が投げるストレートのような貫禄がある。野球何も知らないけれど。
ベスト演劇2024
今年は9作品しか観れませんでした。作品数の関係上、評価の低い作品もランクインしており、ベストとして挙げる意味がほぼ無いことを確信している。まぁ書くんですけれど。
1. くによし組『重い愛』
人物描写とテンポ、ギャグセンスに衝撃を受けた作品。感心するあまり、上映中は空いた口が塞がらなかった。2024年で一番衝撃を受けた作品かも。私が観劇したのは「伏線編」(short ver.)であり、タイミングの関係上、後日上映されたネタバレ編(本編)を観ることは叶わなかったのだが、未だにそれが悔しくて仕方ない。なんとかして観る手段はないだろうか……?
2. 果てとチーク『はやくぜんぶおわってしまえ』
美醜を競い、生徒の性自認を揺るがせる点において、ミスコン・ミスターコン(男装コンテスト)は不適である、という判断が下された女子校を舞台に繰り広げられる会話劇。上映時間前から役者による日常会話が繰り広げられ、日常をシームレスに非日常へと接続させる手法が見事で、そのままどこにでもありえるなんでもない日常会話から、それぞれの生徒が抱えるトラウマ、悩みが発露していき、鑑賞者の心を抉る、えげつない展開になっていく。上映の最後の演出はいつまで経っても忘れることが出来ず、生徒の悲痛な叫びが耳に残るとんでもない作品。
3. 世田谷シルク 二人芝居『カズオ』
たった二人で複数人の登場人物を演じ、なおかつ題名の「カズオ」を演じることはない、という気の利いた配役。シナリオもうまく練られており、対立関係にある銀行の支店長である二人の男の家族に、うまい具合に寄生(パラサイト)する家庭教師のカズオのクズっぷりが爽快で、最終的にボロボロになった両家が組み立てられるなかで、それぞれの家の父親同士、母親同士、子供同士で育まれる関係がかなりエモい。もちろん、母親同士の関係は百合に該当するので、百合のオタクとしても嬉しい話だった。
4. ばぶれるりぐる『川にはとうぜんはしがある』
ある田舎の一軒家と、屋根で繋がりつつも建物としては2mほど離れている「離れ」との間にある空間(地面)を「川」のように見立て、すのこを橋のように使って行き来する家族を描いた作品。
そのビジュアルが優れているのは勿論、田舎の実家に帰ってきて離れに住み、イラストレーターとして活動する妹と、イラストレーターという職業の不安定さに眉を顰める姉、事なかれ主義の姉の夫、イラストの才能を秘めた姉の娘や、田舎に移住してきた人当たりの良い謎の男と、濃いキャラが揃っていて観ていて楽しい。それでいて、田舎と都会、才能と努力、独身と結婚などの二項対立を揺るがす話は、多くの人に刺さると思う。非常に優れた作品。あとこの作品にはとうぜん百合がある。
5. バングラ『習作・チェーホフのかもめ』
寡聞ゆえチェーホフの作品を観たことがなかったが、普通に脚本の出来が良くてワロタ、となった。チェーホフ、あまりにも人間を描くのがうますぎる(と思わせるのがうますぎる)。
6. マミアナ『奈落のクイズマスター』
変な地下空間(奈落)でクイズ番組を放送している男と、入管で上司に言われるがまま偽装工作を行う女性の世界が交差する、かなり奇妙な作品。どことなく『スラムドッグ$ミリオネア』を思わせるが、作品全体の主張は外国人の入管での死亡事件の原因の追及にあり、最後の音声にはひどく驚かされた。
7. お布団『アンティゴネアノニマス‐サブスタンス/浄化する帝国』
結構難しい作品。あの時、〇〇していれば……を延々と繰り返したり、挑戦的な演出を試みていたりしていたが、そこまで自分に刺さったわけではなかった。
8. 家劇場の一周忌『おわりの遊園』
北千住にある、既に劇場としての役目を終えた家劇場を一年ぶりに蘇らせて演じられた演目。ダンスと音楽が中心でストーリー性が薄かったので、私が苦手なタイプの作品だった(話がないと私は楽しむことができないので)。
9. ルサンチカ『刺繍/TATTOOER』
色々とすごい劇団らしいが、本作は楽しみ方がよく分からなかった。
10. 無し
ベスト小説2024
ここ一年は小説に対する興味がほとんど無く、まともに本が読めていないのでこのランキングの精度はかなり低いと思う。ちなみに『地雷グリコ』は11位なのでランキングには入っていません。アレ日本国民が一丸となって持ち上げるほどは面白くはないでしょ(面白いことは面白いと思う)。それとも俺の感受性が死滅しとるんか?
1. 宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』
エンタメ小説として優れているのは勿論のこと、破天荒な成瀬を支える島崎と成瀬の関係があまりにも美味しい。文句無しの傑作エンタメ百合小説であり、百合のオタクはこうすれば百合作品を大衆に膾炙することができるのだと学べる教科書としての側面も持っている。『成瀬は信じた道をいく』も同様に素晴らしい。百合度は続編の方が強いかも。
2. エルヴェ・ル・テリエ『異常』
ワンアイデアSFではあるものの、それを起点に人間を精密に描くことに成功し、それでいてエンタメとしても満足できるクオリティに仕上げている傑作SF。ネタバレになるので詳細は書けないが、私には何度生まれ変わってもこれを書けない自信がある。
3. 朝井リョウ『正欲』
水の膨らみ、爆発、飛び散り……というような現象に性的興奮を覚える人々の物語。特殊性癖小説とひとくちに括ることは出来るだろうが、この性癖をどれだけ自分事として捉えることができるかで、この物語の立体感が変わってくる。と言うのも、私は小学生の頃からTSF(性転換)というジャンルにどハマりし、以降TSFでしか性的な興奮を抱くことが出来なくなったのだけれど、私が特殊性癖と思い込んでいたTSFも相対的に見ればメジャーな性癖であり、「水の躍動」に興奮する人々に共感することはかなり難しく、メジャーとマイナーの線引きの難しさを思い知った。どこまでが正常で、どこからが異常なのか? その辺りの固定概念がある人間全員に読んでほしい作品。
4. 塩田武士『存在のすべてを』
読者として特筆すべき点は無いのだけれど、ある人間と、その周囲に存在する人間の描写があまりに素晴らしく、登場人物の「実在」の演出に成功している、という点で評価した作品。私が何度も生まれ変わっても書けないだろうなと思う。
5. 間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』
SFの延長線上にある純文学というか、何が人間を人間たらしめているのかを明らかにした、これまでにありそうでなかった素晴らしい作品。この作品が優秀賞に留まっている時点でハヤカワSFコンテストの選考委員は見る目がなく、この作品に否定的な意見を述べた作家陣はすぐさま選考委員から退くべきだと思う。逆に言えば、優秀賞としてでも評価された点にハヤカワSFの善性を見出すべきかもしれないが、私は今のところSFアンチなので誰が何をしようがどうでもいいです。
6. 佐佐木陸『解答者は走ってください』
支離滅裂な描写を語る淡々とした文体からどういうオチをつけるのかと思っていたら、中盤からの急展開にビビりました。結果として諏訪哲史『りすん』に連なる私の関心領域のど真ん中をぶち抜く凄まじい作品。筆者の魂が込められている。
7. 織守きょうや『いいよ。』
『貴女。百合小説アンソロジー』に収録されている短編。無口な同級生に惚れた女子高生が、自身の心中を吐露するような甘い語り口が素晴らしく、二人の共通の友人が少し距離を置いたところでバランサーとして機能しているのが印象的な作品だった。百合が好きなオタクに総じて刺さるような強さを持っている。
8. 一穂ミチ『光のとこにいてね』
一緒になりたいのになれない、二人の女性の人生を描いた作品。正直ストーリーをあまり覚えていないのだけれど、終始不条理な展開でくっつきそうでくっつかないギリギリのラインを攻めていて、なかなか幸せになれない展開と繊細な心理描写に悲しくなっていた気がする。が、ラストの展開がしっかり百合で良かったです。
9. 川上未映子『黄色い家』
ちゃらんぽらんな母親の代わりに自分の面倒を見てくれた年上の女性と同棲しながら、同年代の女の子たちとヤバい橋を渡って金を稼いでいく女の子の話。「みんなで過ごすこの日常がずっと続けばいいのに……」と真剣に願う主人公が、風水に目覚めて家を黄色くし、子供とは思えないリーダーシップを発揮して、どんどん金を追い求めていくのだけれど、同年代の女の子はみんな「この生活が続けばいいのに」と口にするだけで全く行動に移さないところに熱意の差があり、そのズレから崩壊に向かっていく流れが辛かった。主人公の年上の女性に対する感情がかなり独特で、私の中では百合認定をしています。
10. ベンハミン・ラバトゥッツ『恐るべき緑』
歴史的な(化学分野における)偉人の伝記のようでありながら、ホロコーストや原子爆弾などによる「愚かさ」の物語でもある。「プルシアン・ブルー」の章の視点の転換には目を見張るものがあるし、最終的な結論には脱力するしかない。映画『オッペンハイマー』や『関心領域』にも通じる部分はあるが、アレらよりも人間のことを茶化しつつ、ハーバー・ボッシュ法の発明で爆発的に育て、破壊してきた「自然」に対して目配せをしている点において、より切実に人間の愚かさに向き合っているように感じた作品。
前編は以上です。如何だったでしょうか?
「映画」「拙作」「百合カプ」「居酒屋」の2024年ベストについて纏めた後編はこちらからご覧いただけます。
何かしら意見やコメント等ありましたらこちらまで。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
最近触れて良かった百合漫画6選
昨日のコミケで頒布したコピ本に収録されている、百合漫画レビューを転載します。
時期的には「2024年のまとめ」とかでも良かったのですが、今回の記事はあくまで「最近」読んだものに絞っています。せっかくのブログ記事なので商品リンクも載せようかなと思ったのですが、なんかうまくいかなかったので表紙で失礼します。
- ①はんざわかおり『アイドルビーバック!』一巻刊行中
- ②筒井いつき『少女支配』全二巻
- ③須藤佑実『包帯少女期間』全一巻
- ④棘尾どろしー『見えてますよ!愛沢さん』三巻刊行中
- ⑤もちオーレ『悪いが私は百合じゃない』七巻刊行中
- ⑥キカイ『口腔内に帰らせて』『ハムスター大作戦』各一巻
①はんざわかおり『アイドルビーバック!』一巻刊行中

『こみっくがーるず』のはんざわ先生の次回作。主人公の桜井あんじゅは、アイドルが大好きで、自身も(地下)アイドルグループ「アイビバ」のメンバーとして活動している女の子。
高校を卒業した後も「アイビバ」として頑張っていくつもりだったのだけれど、エースが引き抜かれ、他のメンバーもどんどん卒業していく「アイビバ」は泥舟状態であり、解散が決定。
あんじゅは解散時のメンバーでもう一度アイドルとしてやり直そうと奮起するが、メンバーの一人の紅谷朝子は就活のためにアイドルを辞め、水沢慈雨は大手事務所からのスカウトがあり、あんじゅだけが一人取り残され、仕方なくアイドルの夢は諦めて、メイド喫茶に就職する……というお話。
中々のどん底スタートだが、ここからの展開がかなりアツく、あんじゅの猪突猛進な性格と、アイドルを心の底から楽しむ姿勢に、朝子も慈雨も絡め取られていくのが楽しい。特に朝子に関しては、あんじゅのアイドルへの熱意に釣られるまま二年を費やし、アイドルを辞めて卒業しようとしたのに、やっぱりあんじゅのことが気になってしまって……という模範的な「女に人生を無茶苦茶にされてしまう女」をやってくれるので、かなり百合的に美味しいです(しかもギャル)。展開としては正直ほとんどアイカツ!みたいな感じなので、純粋にアイドルものとしても面白い。めちゃオススメです。
②筒井いつき『少女支配』全二巻

普段から百合アンソロでお世話になっている茶山因さんのオールタイムベスト百合漫画と伺い購入。最悪な父親と最悪な教師に囲まれて息すらもできないような環境で、同級生の四人の女の子たちがなんとか生き延びようとする話。その「生き延びようとする手段」が同級生の父親の殺人という時点でかなり物騒なのだが、父親を殺してからが本番で(ていうか開始二十ページくらいで父親が死ぬ)、事態はさらに混迷を極め、人間関係はもつれにもつれ、どんどん「最悪」へと向かっていく様が大変美しい。ヘテロな性器結合もあるにはあるけれど、共依存の末に性欲がぶつかりあう本気の百合エッチがめちゃ官能的だし、最終話の締めかたがこれ以上ないほどに素晴らしい。大傑作だと思います。二巻でこれを描けるの凄すぎますね……。
③須藤佑実『包帯少女期間』全一巻

共依存百合と言えば……と織戸久貴さんにオススメしてもらった百合漫画短編集。全体的にウェルメイドな作品が揃っており、終わりかたもビターなものからハッピーなものまで、色々な読み味を楽しめる点でも優れている。個人的には表題作のすごく綺麗な「共依存」の描き方に感心しました。「包帯が取れるまでの期間限定の遊び」というワードから漂う百合感、凄くないですか?
④棘尾どろしー『見えてますよ!愛沢さん』三巻刊行中

自分だけに見える死んだアイドルの幽霊が、何故か教室で踊りまくっている、という奇想から始まる百合コメディ(ホラー)作品。この作品のすごいところは、デフォルメされた絵柄や無茶苦茶な会話劇から展開される百合コメディを、毎回単行本の最後で一気にホラーテイストに切り替えるところでしょうか。読み味の近いところに、なおいまい『ゆりでなる♡えすぽわーる』が挙げられます。ゆりでなるが好きな人は読んだほうがいいと思います。三巻ではかなりアツい裏設定が明らかになり、本格的に百合ホラーの凄みが出てきました。オススメです。
⑤もちオーレ『悪いが私は百合じゃない』七巻刊行中

「今までなんでこれを読んでこなかったんだろう……」と頭を抱えたくなるほど出来の良いギャグ百合漫画です。特筆すべき点は、なんといってもその絵柄でしょう。線が少なくてギャグ寄りのキャラクター造形なのに、女の子の身体のラインを描くのがめちゃくちゃ上手いため、ギャグと「すんごいエッチな百合えっち描写」の両立に成功しています。これは本当に凄いことだと思っていて、個人的には百年先にも残すべき大傑作だと思っているのですが、唐突に殴り合いのバトルをしたり、ドッジボールの試合にほぼ二巻を費やすなど、方向性が謎な部分もあります。基本的な読み味は、百合ハーレムっぽくなってきた時期のわたモテに、さらに「百合の石」を持たせて進化させた感じの作品なのですが、最近は各々が自立して別々の百合カップルが生まれだし、主人公は彼女をつくり、その主人公に依存しているキャラだけが燻っている……という感じで、割と真剣にハーレム系主人公の「責任」を描こうとしているので、そういう点でも力を感じる作品です。
⑥キカイ『口腔内に帰らせて』『ハムスター大作戦』各一巻
なぜこの百合漫画のリストが六選という中途半端な数になっているのかというと、この作品を入れるのを忘れていたからです。タイトルは別れているのですが、連作なので、まとめて一作品という形で扱いたいと思います。
さて、この本作は綺麗な物なら何でも口の中に入れてしまうヒバという名の変な女と、親から決められた道を進むことをよしとするエリカの話なのですが、エリカが「変」なヒバにどうしようもなく惹かれる様子がめちゃくちゃ良くて、読んでいるうちに何度もため息が漏れました。この引力こそが愛なんですよ。こういう漫画が描ければ死んでもいいよな、と思えるような作品の一つです。
この作品はたまたまpixivで見つけたのですが(しかも先に続編の『ハムスター大作戦』から読んでしまった)、あまりの出来の良さに頭を抱えてすぐに製本verを買ってしまいました。pixivでどちらも無料公開されているので、この文章を読んでいる方はぜひ読んでみてください。
他にも良さげな百合作品があれば教えてください。
文字書きに漫画雑誌の担当編集者がつくまでの話
お久しぶりです。ねぎしそです。
私は稀に小野繙(おの・ひもとく)という名義で一次創作の百合小説を書いているのですが、この度、週刊少年マガジン編集部の方に担当編集者としてついていただけることになりました。
【✨担当決定作品紹介✨】
— DAYS NEO | デイズネオ (@days_neo) 2024年12月21日
『奴隷の作り方』
作者:小野繙(@negishiso)さん
とにかくふりきった漫画を描いているところが非常に好印象です。
週刊少年マガジン(@shonenmagazine1)で担当決定💪‼️https://t.co/XS3rG1vnOF#DAYSNEO pic.twitter.com/hrFkoteX5c
とはいえ、現状は名刺(のようなもの)をもらっただけに過ぎず、ここから結果が出せるかどうかは私の努力やら運やらに掛かっています。
ただ、少なくともこの段階に来れただけれでも一定の意義はあるような気がするので、似たようなチャレンジをしたい方のためにも、そこに至るまでの経緯や、経験してきたことを簡単に記しておこうと思います。殆ど自分語りになるとは思いますが、何かしら参考にしていただければ幸いです。
1. 夏コミでの失敗
そもそも「文字書きである私がなぜ漫画を描こうと思ったのか?」という話ですが、簡単に理由を述べると、「自分は漫画で何が描ける(表現できる)のか知りたかったから」です。
詳細は下の過去記事に詳しいですが、今読み返すとかなり愚鈍な内容なので読まなくて良いと思います。
結果として、およそ一ヶ月*1で描いた、本文32Pにも渡る私の二次創作百合漫画は、80部刷って実売8部というグロテスクな結果(いつ在庫を燃やすか悩んでいます)になったわけですが、読んでもらった数少ないフォロワーの方からは、割と好意的な感想をいただけました。
ただ、煽てられるとすぐに調子に乗る私は、「いや、私の漫画力はこんなものではない……」「もっと漫画スキルを上げることは出来ないだろうか?」と考えるようになりました。
そこで目についたのが、去る11月17日(日)に開催された、東京コミティア内の出張編集部です。夏コミが終わって一息ついた、9月頭のことでした。
2. 出張編集部に向けての漫画制作
コミティアの出張編集部とは、簡単に言うと「プロの編集者から漫画についてのアドバイスを無料で(!)貰える場所」のことです。一般的な編集部への持ち込みと違い、140誌近い雑誌の編集者が一堂に会するので、数時間で何社でも持ち込みが出来るのが利点と言えます。このシステムは漫画力を上げたい自分にとってかなり魅力に思えたため、「東京コミティアで最低三人の編集者に原稿を見てもらう」ことを目的に、漫画制作を開始しました。三人としたのは、あまりに多くの人に見てもらってもアドバイスの方向性が混乱してややこしくなると考えたためです。
ちなみに、コミティアの出張編集部では二次創作でもネームでも編集者に見てもらうことが出来るのですが、夏コミで描いた二次創作の百合漫画を持ち込んでしまうと、原作を履修していない編集者から100%のアドバイスをもらうことはできないと考えたため、オリジナルの百合漫画を描くことにしました。
とはいえ、オリジナルの漫画を描いた経験は殆どありません。*2
そこで、百合漫画がどう描かれているかを研究するために、webで公開されている読み切り(短編)の百合漫画をザッと分析することにしました。
参考にさせていただいたのは、東京大学百合愛好会様のこちらの記事です。
ここまで纏めてくださり有り難いなと思いつつ、流石に690作品を読む気力も時間もなかったので、冒頭にある一迅プラスの38作品のみを分析することにしました。
その結果が以下のシートです。
このシートでは、各読み切りの百合漫画を「シナリオ」「絵柄」「独自性」「読みやすさ」「百合力」の観点で点数を付けたり、あらすじを書いたり色々しているのですが、この分析を元に、「自分がすごいと思った百合漫画のどこがすごいのか?」「このシナリオを漫画にすると、だいたい何ページくらいになるのか?」「読みやすい長さはどれくらいか?」等を考えました。
この分析で得られた発見は諸々ありますが、一番は「漫画は短さこそ正義」というものです。
というのも、読後に「すげ~!」と同じような感想を抱く作品AとBがあるとして、Aが40P、Bが20Pだとすると、私は絶対にBを選びます。なぜなら短い方が制作が楽だからです。楽な作業で「すげ~!」と読者を唸らせることが出来るなら、それに越したことはありません。
よって私は、「漫画の本文を極限まで減らす」という縛りを設け、その中で如何に読者を満足させることが出来るのか、という挑戦をすることに決め、シナリオやネームを練りまくりました。結果として、私はシナリオの構想に三週間、ネーム執筆に二週間というかなり長い時間を掛け、シナリオでは44Pだった物語を圧縮したり省いたりすることで、本文24Pのネームに仕上げました。出来上がったのがコミティア前日の23時だったので、私は胡乱な頭でコンビニのコピー機を使って、10部ほど原稿を刷りました。
3. 出張編集部での反応
さて、出張編集部では「商業レベルでの持ち込みの打診(辛口)」と「同人誌としてのクオリティアップのためのアドバイス(甘口)」というようにアドバイスの方向性が分かれています。本気で商業を狙っている人間は前者、商業は考えておらず、趣味で漫画を描いている人は後者を申告することになります。
この時、私の目的はあくまで「自分の漫画力を高める(自分はどこまで漫画が描けるのか確かめる)」ことにあったので、迷いなく後者の「甘口」を選びました。
持ち込んだ先は、A誌とB誌とC誌です。選んだ基準としては、既に出張編集部を経験しているフォロワーや漫画に詳しいフォロワーの意見を伺いつつ、最終的に、その雑誌に百合漫画が載っているか否かで判断しました。*3
結果として得られた感想は以下の通りでした。
A誌(2~30代男性)
・すごく面白かった。自分は好きです。でもウチではテイストが違うので載せられません。(←持ち込んだ訳ではないのに頭から断られてしまった)
・(「さらに削れるところはないですか?」という私の質問に)悪魔の先輩が出てくる場面は省いてもいいかもしれません。先輩を出さなくても、後からマニュアルを読んで気付く、とか色々やりようはあると思います。
・(「コマ割は退屈じゃなかったですか?」という私の質問に)あまり気にはなりませんでしたが、強いて言うなら決めゴマがもっと欲しいです。
・物語の導入として、最初のページに登場人物全員が出てくるシーンがあっても良いかもしれません。
B誌(3~40代男性)
・(「コマ割りについてどうですか」という私の質問に)コマ割が独特なページがある。これはやりすぎ。
・あと決めゴマが欲しい。(A誌と同じ)
・悪魔の先輩とのやりとりは要らない気がする。(A誌と同じ)
・全体的に面白く、読まされてしまった。売れるんじゃないでしょうか。
C誌(2~30代女性)
・とても面白かった。テンポが良い。
・コマ割をもっと工夫した方が良いかも。例えば見開きで最低一つは決めゴマを入れたり、二段コマや、四段コマのページを作るのもアリ。そこを変えるだけでグッと良くなる気がする。(A誌、B誌と同じ)
・見開きに背景を一カ所でも入れた方が良い。それだけでも背景のある漫画としてクオリティがあがる。
・主人公は、お嬢様に黒魔法をかけることに対してもうちょっと葛藤があっても良いのでは。
・「後払いで」のコマは要らない気がする(オチが見えるので)。
・コマ割の勉強のためには、ネーム模写がオススメ。似たテイストの作品のネームを模写することで、色々勉強になることが多いと思う。
と、このような感想をいただけました。
なかでもC誌の編集者は、(見て分かる通り)非常に親身にアドバイスを下さり、大変参考になりました。
ちなみにA誌とC誌の方からは、ぜひ絵柄見本(下書きではない絵)を見たいということで、夏コミに制作した二次創作の漫画を提出したのですが、画力がかなりお粗末なので「ああ……なるほど……」という気まずい空気になりました。
あと、念のために書いておくと、誰からも名刺はもらえませんでした。少し残念な気もしましたが、全員の反応がそれなりに好意的だったので、なんとなく良いものが描けているのではないか、という手応えはありました。
さて、ここまでくれば、あとは編集者からのアドバイスをもとにネームを修正し、きちんとペン入れして製本するだけです。ちょうど私は、12月末の冬コミにサークル参加をすることになっていたので、そこで完成した漫画を頒布できれば良いな、という風に考えていました。
4. ネーム修正について
さて、ネーム修正については、誰のアドバイスをどれくらい採用するか難しかったものの、最終的には以下の点を中心に修正しました。
・全体的なコマ割の見直し(決めゴマはなるべく大きく)
・先輩悪魔の退場
言葉だけだとあまり伝わらない気がするので図示しますが、例えば下の修正前の2ページは、全体的にコマが詰まっていてテンポが良いものの、決めゴマが分からないような状態でした。


そこで、ページの見開きやめくりを意識するなどして、次のように変えました。コマ割りの関係上、2ページが3ページになったことで、ややテンポがゆっくりになった気がしますが、それでも決めゴマのインパクトの魅力の方が勝っているように思います。やはり編集者はすごいですね。



また、余分とされた先輩の悪魔のシーンについては、下から始まる一連の流れを全カットして、悪魔が単体で喋るシーンに差し替えました。

(上:修正前。下:修正後)

これでページは1枚削減できましたが、終盤の見せゴマを大きく取ったため、最終的には2ページ増えて本文は26 Pになりました。このような作業を納得がいくまでゴリゴリやっているうちに、だいたい5日くらいは掛かったような気がします。
5. ペン入れ段階での方向転換
さて、ネームの修正を終わらせた私は、黙々とペン入れ作業に入るわけですが、出来上がった最初のページを見てなんとなく「これじゃ他の漫画と戦えないな……」という実感がありました。

まだトーンこそ貼っていないものの、見て分かる通り線が安定していないし、常にその場しのぎで描いているようにしか見えず、キャラも魅力的に見えません。
しかも、この作業は(想像以上に)かなり時間が掛かります。
このページに関しては、ネームがほとんど下書きみたいなものだったので、1時間くらいで描くことができましたが、ネームが雑な状態ならペン入れだけで軽く3時間は越えてしまいます。そこからさらにトーンを貼ったり背景を描く必要があり、それが全部で26Pもあると考えると、あまりの先の遠さにクラクラしました。
そういうこともあったので、この時期は知り合いにずっと「作画がだるくて嫌すぎる」ということを愚痴っていたのですが、ふとある時、「別にネームのままでも良くないですか?」と指摘されました。その言葉は、私にとって考えもしないものでした。私は咄嗟に、「いや、こういうものは最後まで自分で完成させることに意味があって……」と返答したのですが、知り合いには「でも作画だるいんでしょ? じゃあ別に絵を描かなくても良くないですか? それにてっきり自分は、ねぎしそさんは原作担当を目指しているんだと思っていたんですけれど」と言われ、「なるほど、原作担当か……」と考え込むことになりました。
実際のところ、私は商業で漫画を発表することに全く意識が向いておらず、だからコミティアでも「同人誌としてのクオリティアップのためのアドバイス(甘口)」を求めたわけですが、丁度この頃、転職活動がうまくいっておらず、書類選考でも面接でもバカバカ落とされ、自己肯定感がゴミカスうんちになっていました。
そんな状態で、ストレスのかかる作画作業をしていると、脳裏にはチラチラと「そもそもなぜ俺は定職にも就かず、金にもならない苦痛でダルい作業をしているのだろうか……?」と正気に戻りかねない思想が忍び寄ってくるわけで、自分のメンタル的にも、これはかなりまずい状況だなと思いました。
このままではペン入れもまともに進まないし、そもそも長い時間をかけて完成させたところで、この画力では誰からも相手にされないことが考えられます。当初の予定では完成原稿をコミケで頒布することをゴールとしていたものの、*4お金を出して自分の漫画を読んでくれる人なんてごく僅かだし、これだけ時間をかけたものをごく少数の人に読んでもらって終わり、というのはあまりにコスパが悪いように思えました。
そこで私は 「自分の漫画力を高める(自分はどこまで漫画が描けるのか確かめる)」という本来の目標に立ち返り、ゴールを見直すことにしました。
つまり、「自分には作画は(技術的にもメンタル的にも)向いていない」という限界(現実)を受け入れ、残された原作担当という範疇で、自分はどこまで出来るのかを検討することに決めたのです。
ただ、ネームだけで評価を得ることができる場所は限られています。少し前まではネームだけで出せる公募があったのですが、この時には(2024年12月中旬)めぼしい公募が発表されていませんでした。
そこで私は、ネームをネットに公開することにしました。
第三者によるカッチリとした審査・評価が受けられないのは残念ですが、即時的に多くの人に見てもらえる点で優れているように感じたのです。
色々調べた結果、私は下記のサイトでネームを公開することに決めました。
①Twitter(X)
②pixiv
③ジャンプルーキー!
ちなみに、③はジャンプ編集部に作品を読んでもらえる漫画投稿サイト、④は講談社の漫画編集者に作品を読んでもらえる漫画投稿サイトです。
6. 公開した反応
12月17日の22時に、各サイトにネームを投稿しました。
結果は以下の通りです(2024年12月22日現在)。
①Twitter(X)
転校してきたお嬢様に一目惚れした女の子が黒魔法を使ってお嬢様を奴隷にする漫画(1/7) ※ネームです#創作百合#漫画が読めるハッシュタグ pic.twitter.com/FXtUozVfxa
— ねぎしそ❄️日曜/東C-15b (@negishiso) 2024年12月17日
700RT, 8400いいね、150万インプレッション、200フォロワー増加
深夜に投稿したこともあり、あまり伸びないかな……と思っていたのですが、翌朝からお昼に掛けて一気に伸び、想像以上に拡散されることになりました。どうせなら1万いいねに到達して欲しかったのですが(1万いいね以下は「バズ」と言えないので)、流石にそこまでは届きませんでした。ただ、ネームの状態でここまで読んでいただけたのはかなりレアケースなのでは、とは思っています(なぜなら多くの人はちゃんと漫画を完成させて投稿するので)。
念のため、漫画の最後のページには「原作希望です!」というコメントも付けておいたので、ここまで拡散されればどこかの編集者から声が掛かるのでは?と思ったのですが、そんなことは無かったです。とはいえ、かなり多くの方にフォローしていただけたので、これだけでも無料公開した意義があったな、とは考えています。
②pixiv
13いいね、22ブクマ、563インプレッション、8フォロワー増加
こちらの伸びも結構期待していたのですが、やはり綺麗なイラストに囲まれているなかでネームは見栄えが悪いのか、そこまで伸びることはありませんでした。ただ、コメントを2件いただけたり(pixivはあまりコメントがつかない)、フォロワーも少し増えたところから、ちゃんと届く層には届いているんだな、とは思いました。
③ジャンプルーキー!
14インプレッション
こちらがかなりしょっぱくて、私としてはクワハリ先生ドリーム(『ふつうの軽音部』はここから生まれた)を期待したところがあるのですが、他のサイトと比べて圧倒的に読まれておらず、悲しかったです。当初はずっとPVが0のままであり、何かの間違いだと思って一度投稿を削除して翌朝に再投稿したのですが、何も変わりませんでした……。でもこうして14という数字がついているということは、投稿自体はできているということです。あまりに世知辛いですね。
とはいえ、少し不思議だったのが、新着投稿欄にもまったく自分の漫画が上がってこなかったところです。内部のアルゴリズム的に、そもそも新規には厳しいのでしょうか?
3お気に入り、3名からの担当希望、2728インプレッション
ここが一番、自己肯定感が爆上がりして、実際の「仕事」に繋がりうるサイトで良かったです。サイトの意義としては、漫画投稿者と編集者のマッチングサイトのようなものなのですが、実際に投稿してから1日も経たないうちに、週刊少年マガジン2名、ヤングガンガン1名の方から熱い感想メッセージ(+アドバイス)と担当希望をいただけて驚きました。
サイトの性質上、誰か一人の編集者とマッチングが成立すると、他の編集者は担当希望を出せなくなってしまうのですが、そういうことを書かれると「もっと待てばさらに色んな編集者から声が掛かるのだろうか……」と期待してしまう部分があり、なかなかマッチング成立に踏み切れない部分がありました。
最終的には投稿してから三日で決断し、週刊少年マガジン編集部の方とのマッチングが成立しました。
7. 終わりに
以上、このような経緯で文字書きの私に漫画雑誌の担当編集者がついた訳ですが、当然ながらここが新たなスタートラインで、ここから連載用のネームを出しまくって企画を通さなければ、何も形にはならないことになります。
とはいえ、このような機会は人生で一度あるか無いかのことですし、私自身、漫画という媒体で自分がどこまで出来るのか強い興味があるので、引き続き頑張っていこうと思います。勿論、今後も百合小説は書いていくつもりです(あまり公募には興味がなくなりましたが……)。
それにしても、このように才気溢れる私が、どこにも就職できないのは何故なのでしょう? もしかしてスキルも資格もないのに10ヶ月も無職でダラダラしているのって、就活に不利なんですか? 私は気が狂いそうです。誰か俺を助けてくれ。
*1:私は無職なのでほぼ一ヶ月丸々時間を使えました
*2:小中学生の時に四コマを描いていましたが、ノーカウントで良いでしょう
*3:ここで、出張編集部に持ち込みたい人に向けてのアドバイスですが、出張編集部はどれだけ自分が行きたいところがあったとしても、「早いうちに空いている所から攻める」方が良いです。というのも、コミティアでは一般入場者が来るまでの間、サークル参加者が優先的に出張編集部を回ることが出来るのですが、一般入場者が入場してからは、出張編集部がかなり混むのです。その結果、朝ではガラガラの編集部が散見されるのに、途中からは全ての編集部に並ぶことになりかねないので、先に空いているところから攻めた方が時間を有効に使えるように思います。ちなみに、編集部の人にも依りますが、丁寧に読んでくれる人なら20分くらい、ザッと読んでくれる人なら5分くらいで会話が終わりました(待ち時間は考えないものとする)。
*4:自分の力で一から漫画を完成させて頒布することに意義があると考えていたため
『きみの色』評価・感想(ネタバレ有)
※この記事にはネタバレがあります。未視聴の方は十分お気をつけ下さい。
山田尚子『きみの色』(2024)100分、日本

<あらすじ>
全寮制のミッションスクールに通うトツ子は、うれしい色、楽しい色、穏やかな色など、幼いころから人が「色」として見える。そんなトツ子は、同じ学校に通っていた美しい色を放つ少女・きみ、街の片隅にある古書店で出会った音楽好きの少年・ルイの3人でバンドを組むことになる。離島の古い教会を練習場所に、それぞれ悩みを抱える3人は音楽によって心を通わせていき、いつしか友情とほのかな恋のような感情が芽生え始める。
あらすじ引用元
公式サイト
【総合評価】11点(総合12点:全体10点+百合2点)
【作品の立ち位置】
オールタイム・ベスト・コンテンツ(10<x)
ガチで大事にしたい作品(9<x≦10)
積極的推し作品(8<x≦9)
オススメの手札に入る作品(7<x≦8)
まずまずな作品(6<x≦7)
自分からは話をしない作品(5<x≦6)
オススメできない作品(x≦5)
【世界構築】3点 (2点)
いきなり自分語りでアレなのだが、最近は濱口竜介の「他なる映画と1」を読んでいることもあり、「カメラをどこに置き」「どこからどこまでカメラを回すのか」という映画監督の選択に強い関心を抱くようになった。勿論、実写・アニメ問わず、その映像の露出やフォーカスをどのように決めるかによっても画の印象は違って見えるのだけれど、そこら辺の撮影処理の仕方であったり、あるいはそれぞれのカットをどう繋ぐかによっても映像のテンポは大きく変わる――ということを本を読んで意識し始めたタイミングだったので、「きみの色」でもそういう視線で見ようと思ったのだが、多分それは素人がいきなりやろうとしてはいけないやつで、鑑賞する間に完全に「きみの色」の世界に取り込まれてしまった。
まあこんなことを書くと、これまで何も考えずに映画を観てこなかっただけだろというツッコミが入りそうだし、事実その通りなのだけれど、実際「きみの色」の作品世界は非常に高度なレベルで組み上がっているように思う。
例えば最初に登校するシーンでは、登校する女生徒の脚、学校の敷地の俯瞰、また女生徒の脚、今度は坂道、路面電車……みたいな感じの8カット(かな?)を連続する女生徒のはしゃぐ声だけで繋いで「登校」というワンシーンを作っていた記憶があるのだけれど、そこに映る風景の美しさやピントのずれ方も気持ち良いし、途中で俯瞰のカットが入るのも気持ち良い。他にも幼少期トツ子のバレエのシーンでは、レンズが手ぶれで少し揺れていて、挫折したトツ子の心情が分かりやすく伝わっていたような気がするし(ブレてなかったら笑う、恥ずかしい)……とか何とか書いていると本当に時間が足りなくなるので切り上げるが、とにかく制作陣が詰め込んだひとつひとつの豊穣な要素を受け止め続けようとした結果、気が付いたら文化祭のライブになっていて、そのライブがこれまた素晴らしいので、めちゃくちゃ気持ちの良い映像体験が出来た。
まあ、シナリオはそこそこだったのだけれど、それでもそれを補って余りある美しい作品に仕上がっていたように思う。やはりこの映像体験は山田尚子でしか味わえない、唯一無二のものだと思う。とても良かったです。
【可読性】1.5点 (1点)
上記の通り、作品に呑み込まれるという体験が出来たのでこの点数。IMAXだったのが良かったのかも。
【構成】1.5点 (2点)
本作のシナリオをつまらないと評する声をよく見かけるが、私からするとしっかり捻りとなるイベントは定期的に起こっているし(きみの退学、バンドの結成、きみとトツ子のお泊まり、三人の合宿など)、山田尚子の世界を静謐に支えながら、ラストの文化祭まで導き観客の感情を爆発させる手腕は特に批判されるものではないと考えている。
ただ、きみやルイの抱えている葛藤がいずれもささやかである(ように感じる)点、トツ子が何をしたいのか明確ではない点は、観客の集中を持続させるためにはやや力不足であるように感じた。尤も私の場合は、カメラが捉えている映像の美しさにずっと釘付けになっていたので飽きることは無かったのだけれど、そういうものに興味がない観客からすると、もう少しシナリオレベルでストレスをかけても良かったのかもしれない。
とはいえ、ほとんど摩擦なく、さっぱりと物語が身体に入り込んでくる体験は稀有なものだし、全員が満足する物語なんて存在しないと思うので、私としては、この路線を続けて欲しい気持ちの方が強い。
【台詞】1点 (1点)
正直とくにこれと言ったお気に入りの台詞はなかったし、何を話していたのかあまり覚えていないのだけれど、全くキャラの会話に違和感を覚えなかった点、映像への没入を妨げなかった点を考えると、それほど完璧な会話が組まれていたのだろう。贔屓でこの点数を入れている自覚はある。
【キャラ】1点 (1点)
私は百合豚なので、こういう作品では逆に「男」に目が向くのだが、ルイ君が限りなく男らしさが脱臭された、純粋で優しいキャラということもあり、女2男1の組み合わせでも、百合豚的にはまったく気にならなかった。むしろ文化祭のライブでは、イキリ散らかしたアニソンDJのような姿にニヤニヤが止まらなかったくらいだ。同様の愛しい感情を、トツ子にもきみちゃんにも抱いている。トツ子は綺麗な丸顔でふわふわした可愛らしい性格をしているし、ライブの時の盛り上がり方は素晴らしいものがあった。クールビューティーなきみちゃんを、二次元美少女大好きな私が好きにならない訳がないし、シスターの飄々とした感じも面白いと思っている。
一方で、私はきみちゃんの悩み、および森の三姉妹に強い興味を持った。まず前者について書くが、私にはきみちゃんが「退学」を選んだ理由が分からなかった。
まず、周囲の人間(合唱部)が自分に過剰な期待をし、それに対して対話などで解決する勇気を出せずに逃れたいと思った時、高校生が取り得る選択はざっと考えて五つある。幽霊部員になること、不登校になること、退部すること、退学すること、自殺することである。自分は高校生の時にガチで部活が嫌になって「退部」をしたことがあるのだけれど、その時に傍にあった選択に「不登校」と「自殺」はあったが、「退学」はまったく頭にも浮かばなかった。なぜなら手続きがかったるいし、そもそも選択肢に入っていなかったからである。あくまで私の場合はだが、基本的に気分が沈んでいる時には諸々の手続きはできないし、やりたくないと思う。だから事務的な手続きが要らない「不登校」と「自殺」が身近に感じられたのだと思うが、果たしてきみちゃんはどういう感情でわざわざ面倒臭い「退学」を選んだのか、私には理解ができなかった。
もしかしたら、カトリック系の学校ということもあり、「嘘をついてはいけない」という精神がきみちゃんの心に根付いていて、嘘をついている自分に耐えきれなくて退学したのでは――とも考えたが(トツ子とのお泊まりで嘘について気にしていたこともある)、トツ子がたびたび十字を切った一方で、きみちゃんは全く十字を切らなかったので、そういう訳ではないだろう。あるいはかなりの潔癖症で、不登校という中途半端な立ち位置に自分を置くことを嫌い、スパッと辞めたくなったのだろうか。しかしそのような思い切りの良い人間が、他人との認識のギャップの違いに悩むだろうか? 後藤ひとりとか井芹仁奈のように音楽に全振りしていてそれ以外は全部要らない、退路を断ちたい、ということならまだ分かるが、きみちゃんは兄が残したギターを触っているだけで、音楽に対してそこまで熱い気持ちがあるわけでもない。冷静に行われた理由なき退学は、私の理解の範疇を超えていて恐ろしく思えた。
ただ、一つだけ考えられる線がある。それは、彼女が退学した「明確な」理由は彼女自身も理解できていない、というものである。その論理を越えた「説明できない衝動」に突き動かされた彼女の純粋さが、彼女の美しい「青」を担保しているのではないか、と私は考えているのだが、これについては後述したい。
続いて森の三姉妹についてだが、私が今回、尤もフィクショナルな存在であるように感じたのが彼女たちだった。正直なところ、彼女たちって(「きみの色」の世界に)実在するのだろうか、とすら思っている。
まず大前提として、ほとんどの人が「濁っている」ように見える(だろう)トツ子にとって、同室の三人みんなが透き通って見えることの確率の低さや、透き通った色を持っている割には、トツ子からの興味が薄い点に違和感を覚えた。もちろん、トツ子はきみちゃんと出逢って、脳天をぶち抜かれるほどの衝撃を受けたため、きみちゃん以外のことを殆ど何も考えられなくなっているということもあるが、それにしても三姉妹への対応はおざなりだし、どちらかと言えば家族のような立ち位置にすらなっている。
というのも、三姉妹の存在は、あまりにトツ子にとって都合が良いのだ。色が濁った人ばかりの食堂で、いつも四人掛けテーブルの一席を開けてくれているし、退学したかつての同級生のために修学旅行を仮病で休むという所業を知っても、彼女たちはトツ子を弄らず、のけ者にもしない。*1それどころか、彼女たちは自分達よりもきみちゃんを優先しつづけるトツ子に対して優しく接し続け、ライブでもトツ子にだけ声援を送るのだ。しかしトツ子は、その声援に何も返そうとはしない。聞こえているようにすら思えない。
このように、トツ子からは「見えにくい」愛をトツ子に注いでいる彼女たちは、先述したように、私にはトツ子の第二の家族のように思える。興味深いのは、彼女たちが存在しなくてもこの作品のシナリオは成り立つのに、彼女たち無くしては、「きみの色」の持つテイストは明らかに変わっていただろうと言えることにある。
本作では、明らかにトツ子だけが「満たされた」環境に置かれている。ルイ君ときみちゃんはそれぞれ家族に対してヒミツを持っているだけではなく、ルイ君には父親が、きみちゃんには両親と兄の不在が明確に書かれている。一方でトツ子は、二人と比べて家族に対しての隠し事が(明示されてい)ないだけでなく、実家に戻れば優しい両親が自分の背中を押して、大量のお土産まで渡してくれる。そのうえ、寮にも第二の家族がトツ子のための席を空けて、食卓で待っているのだ。トツ子の身の回りの環境は、過剰と言えるほどに満たされている。私は、この過剰な豊かさによって浮き上がるのが、トツ子の持つ心の貧困、つまり「自分は何者(何色)であるのか」という疑問だと考えている。
【主題】2点 (2点)
先に述べたが、私はこの作品の主題は「自分は何者(何色)であるのか」という問いかけであると考える。この疑問はトツ子のものでもあり、きみちゃんのものでもあり、ルイ君のものでもある。
そのことを支持するのは、彼女達を出逢わせた「しろねこ」の存在である。陳腐ではあるが、「まだ何者でもない」ことを示す色が白であることに異論の余地はないだろう。トツ子の持つ「色」のイメージがすべて水彩で描かれていることも、白という色にまっさらなキャンバスのイメージを付与することを助けている。彼女たちはしろねこに導かれ、しろねこ堂で「自分は何者(何色)であるのか」という共通の疑問を持って引き合わされたのだ。トツ子は自分の色が見えず、ルイ君は医者と音楽という二つの未来に分断され、きみちゃんは(先述の通り)明らかに説明がつかない退学をした自分の理性と「訳のわからなさ」、つまりその衝動の狭間で悩んでいる。
ここで注目したいのが、彼女たちが出逢った「しろねこ堂」が古書店であり、既に誰かの手に渡った古本やレコードを取り扱っているという事実である。彼女達の音楽は、殆どが「中古品」によって成り立っているのだ。トツ子が弾くキーボードはルイ君が買った箱のついていない中古品を貸してもらっているものだし、きみちゃんのギターは、家を離れた兄が残したものである。ルイ君は今は使われていない教会で演奏をし、道端で誰かが棄てている椅子と音声機材を手に入れる。いくら学生に金が無いとは言え、過剰とも言える「中古品/お下がり」のイメージに塗り固められたバンドに、けれども対立するのが、ルイ君が提案する「新楽曲(オリジナリティー)」である。
初めて作曲した割に、どれもこれもあまりに素晴らしい楽曲であり、全く現実味がないことには敢えて突っ込まないが、ここで重要なのは、彼らが達成した文化祭ライブは、「中古品/お下がり」と「新楽曲(オリジナリティー)」が衝突して生まれたということだ。野暮を承知でもっと言えば、その「新楽曲」という概念は、「女性」しか居ない彼女達の学園祭に乗り込んできた、影平ルイという「男性」によってもたらされたものとも言える。
ここで、彼らが衝突を伴うライブを経て手に入れたものについて話を進める前に、トツ子の名前について立ち返りたい。私は、トツ子の名前の「トツ」という字は「凸」というイメージを内包していると考えている。一般的に、凸は球と比べてバランスが悪い。実際に、トツ子が憧れながらも挫折したバレエに付随する「回転」のイメージに適しているのは、凸ではなく球だろう。凸は「回転」には適していない。このことは、乗り物酔いの原因とされる、人体の「回転」を感知する三半規管が弱いトツ子の設定と重なる部分があるはずだ。トツ子は自分の名前同様、自分が「凸」であることを変えられないと思っている。その一種の諦念は、これまでトツ子の心をずっと支え、そして縛り付けてもいた「ニーバーの祈り」が根底にある。
ただ、もしかしたら自分も変わることができるかもしれない、という気付きを得る瞬間がトツ子にも訪れる。それがこれまで感じたことのない高揚感を得た、あの学園祭ライブなのである。高揚感、あるいは浮遊感と表現してもいいかもしれないが、自分の身体を回転させることができると信じたトツ子は、その直観のまま身体を動かし、ジゼルを踊る。そしてようやく「自分は何者(何色)であるのか」を知るのだ。
一方で、その疑問がずっと解決しないのがきみちゃんである。学園祭ライブを終えたルイ君がサッパリした顔で、医者と音楽を両立させる道に辿り着く――つまり「自分は何者(何色)であるのか」を知るのに対し、きみちゃんが抱え込んでいる疑問は晴れないままだ。きみちゃんは自分が退学した理由も分からなければ、ルイ君に惹かれる自分の感情についてもうまく理解できず、それゆえ本人に自身の気持ちを伝えることができない。自分でも分からないからだ。*2
故に、船に乗って自分達から離れるルイ君に対して、きみちゃんは「頑張って」と応援の言葉を掛けることしかできない。三人を結んでいた共通の疑問は、既に失われているからだ。それに対して、ルイ君が遠く離れたきみちゃんに返すのは、言葉ではなく色とりどりのテープだった。それは未だに自分の色が分からないきみちゃんに対して送る、「あなたはこれからどんな色にもなれるし、どのテープを選んでも良い」というルイ君なりのエールなのではないか。
加点要素【百合/関係性】1点 (2点)
以上がざっくりとした作品の主題への私の理解だが、せっかくなので、是非ここでトツ子ときみちゃんの関係について掘り下げたい。
本作は、ルイ君へのきみちゃんへの感情ばかりが目につくが、私が一番心を打たれたのが、トツ子からきみちゃんへの強い感情である。トツ子はきみちゃんの美しい青に脳天をぶち抜かれ、まるで惑星のように、きみちゃんの周りを回ることしかできなくなった。「水金地火木土天アーメン」にはそのようなトツ子の感情が描かれていて、歌詞にはルイを思わせる「ルイ腺」という語句も含まれているが、その最後に書かれているのは、「このままふたりで/宇宙の果てまで」という、執着じみたきみちゃんへの感情である。その感情の正体が何なのか、それを探るような試みはここでは避けたい。ただ、恐らくトツ子は自身の感情の種類にも気が付いていないし、自身を惑星にすらなりきれない「凸」のような存在であると捉えていたはずである。しかし、ルイへのクリスマスプレゼントについて話した時に、一層増したきみちゃんの輝きに、トツ子はようやくきみちゃんの感情と、自身の感情の在処を自覚したのではなかろうか。そして、学園祭ライブによる浮遊感のままにジゼルを踊れることに気付き、ニーバーの祈りで言うところの「知恵」を身につけたトツ子は、きっと自身ときみちゃんの関係も「変えることのできるもの」だと考えたのだろう。私には、映画の最後の瞬間に、痛々しいほど強く、衝動的に動いてきみちゃんを抱きしめたトツ子の手が、強烈な覚悟によって動かされたものに見えた。
最後に、球体と回転についてもう少しだけ掘り下げたい。
作中では、きみちゃんが自室での練習の際に、メトロノーム代わりに衝突する金属球を使用していた。ここでは球体は一般的なイメージ同様、参照されるべき、「完璧なもの(完全なもの)」として描かれている。一方で、その次のカットでは、銀色の球体に重なるかたちで、緑色のミニトマト、つまり「不完全」で「成長途中」のものが映し出される。これをそのまま受け取ると、作中では球体に「完全なもの」と「不完全なもの」という二つの意味を付与しているように思える。そのイメージは、惑星であり球であることを指向し、きみちゃんを太陽のように捉えたトツ子にとって、この上ない祝福であるように感じるのは私だけだろうか。
【総括】
以上、「きみの色」を私なりに読み解いた結果が上記になる訳だが、色々と探りながら書き進めるうちに、自分の中で「きみの色」の評価がどんどん上がってしまった。
今回は、このような評論チックな感想を久しぶりに書いてみたわけだが、百合豚の祈りのようなものが多分に含まれているので、どれだけの人に共感してもらえるのかは分からない。心残りとしては、カトリックの要素やシスターから何度も提示される「赦し」の概念について、もう少し掘り下げた方が良かったかも知れない。あと、割ときみちゃんの退学を自分で消化しきれず、不透明なまま扱っている部分があるので、かなり乱暴な話の進め方になっているかもしれない。変なことを書いていたらすみません。
何か気が付いたことや、感想などがあればこちらからどうぞ。
ブログのコメント欄でも良いです。
*1:本編では描写されていないが、同室だし、一ヶ月も奉仕活動に励む以上、恐らく森の三姉妹は例のお泊まり事件の顛末を知っていると考えている。
*2:20240901追記:この辺りについてもう少し掘り下げたい。きみちゃんが自身の気持ちが分からないと私が考える根拠として、旧協会でジゼルの動きをするトツ子ちゃんに対して、頬を赤らめて拍手するきみちゃんの姿が挙げられる。ただすごいと感じて拍手をするのであれば、頰を染める必要はなかった。きみちゃんがトツ子を見つめる姿は、ルイくんに見惚れる姿と重なる部分があった。ここで注意したいのは、「だからきみちゃんはトツ子にも恋愛感情を抱いているのだ」と結論付けるのは安易だということである。本作のあらすじを改めて振り返ると、「離島の古い教会を練習場所に、それぞれ悩みを抱える3人は音楽によって心を通わせていき、いつしか友情とほのかな恋のような感情が芽生え始める」という一文がある。ここで大事なのは、「ほのかな恋のような感情が芽生え始める」主体が明かされてはいない点、そして「恋」だとは明言されていない点である。私は実際のところ、前者の主体はきみちゃんだけでなく、トツ子にも当てはまるのではないかと考えている(加点要素欄にて後述)。そして、どちらにせよ「恋」かどうかは分からない。私のなかでは、きみちゃんがルイ君に惹かれている一因として、(何の色もない)自分とは違ってちゃんと能力(色)を持ってそうな点があるのではないかと考えている。それを踏まえると、ジゼルを踊ることができるトツ子に対しても、憧れの目線で頰を染めるきみちゃんの姿に納得がいく。それは、きみちゃんが強く「自分の色」を探し求めているからである。
【C104】夏コミ反省会
お久しぶりです。ねぎしそ(ひともく)です。
今回の記事は、夏コミ(C104)でのサークル参加について反省する内容となっています。端的に言うと、私はブルアカで百合漫画を描いて大量に刷ったら大失敗しました。
この際、部数も明かしますが、80部(+余部8部)刷って現地で手に取ってもらえたのが8部です。収支にして赤字三万円! これはサークル参加をしている人間にとってはかなり悲しい結果です。何が悲しいって、8部しか捌けていないという結果もそうですが、現地で80部の在庫が生じたという事実です。余部しか捌けていないやんけ!
つまり私は完全に印刷部数を読み間違えたわけですが、このエピソードをただの笑い話(悲劇?)にするのも勿体ないので、今回の漫画制作で得た知見を、次回の漫画制作にどのように活かせば良いのかを考えたいと思います。
なので、今回の記事は雑魚オタクの私が「新刊売れなかったよ~」とウジウジするだけの内容ではなく、真剣にどうすれば良かったのかを考えるだけの(他人が読むと)つまらない内容になっておりますので、お気を付け下さい。
もしかしたらこれから漫画を描く人や、同人活動をしたい人には参考になるかもしれませんが、かなりメモ的な側面が強いです。しかも8000字近くあります。漫画も長けりゃ反省会も長いのかよ? すみません、ご了承ください。
- 漫画を描くに至った経緯
- 夏コミに参加した目的
- 失敗の定義について
- 失敗A……スケジュール管理について
- 失敗B……作品の表現技法、オリジナリティについて
- 失敗C……キャラ解釈・作画クオリティについて
- 失敗D……マーケティングについて
- 総括
漫画を描くに至った経緯
そもそも、今回の夏コミで大失敗したことについては色んな人にちょろっと漏らしているのですが、そういう会話をしていると必ずもらう質問が「なんで今回は漫画にしたんですか?」というものでした。
端的に言えば、「一度はちゃんとした漫画を描いてみたかったから」というのが回答になるのですが、まあ確かにこれまでずっと小説をやっていた人間が急に漫画を描き始めるのは変だよな、とは思います。
ただ、私は幼少期から画を描くのが好きで、暇さえあればしょうもない落書きを描いていることが多かったので、実際のところ、創作に関して言うと、小説よりも漫画の方に興味がありました。画を描くのは楽しいですからね。
ただ、「落書きが好き」レベルのド素人が画力も構図力も構成力も時間も根気も必要な「漫画」を生み出すのは、想像以上に困難です。それくらいは素人の自分にも分かります。
とはいえ、「難しいから」という理由で漫画から逃げ続けるのも何か違うのではないか? このままでは漫画の一つも完成させられないまま死んでしまうのでは――という変な危機感を抱いた結果、無職という特権階級にあることも後押しとなり、32Pの萌え萌え百合漫画(二次創作)を描くことに決めました。
今振り返っても、このときの選択を後悔こそしていませんが、「マジで馬鹿だなコイツ」とは思っています。何故ならこの思いつきが、芋づる形式で今回の失敗を生んでいるからです。
夏コミに参加した目的
失敗の原因について語る前に、今回、自分が何を目的として夏コミに参加したのかを(自分のためにも)纏めておきます。
まず一つは、「自分は漫画で何が描けるのか」を知りたかったからです。これは先述の通りですが、少し補足すると、私には表現媒体を問わず「自分には何がつくれるのか?」を知りたいという欲求があります。恐らくこれは現実逃避の一つで、社会で義務付けられている勤労がうまく出来ない(やりたくないとも言う)社会不適合な自分を守ろうとする心の動きのような気もしていますが、単に自分が持っている可能性を見定めたい、という純粋な欲求もある気がしています。例えるなら、ハリー・ポッターの組分け帽子の漫画特化ver.を被るようなイメージでしょうか? ハリー・ポッター観たことないけど。
同じ路線の欲求として、コミティアの出張編集部に漫画を見てもらいたい、という考えもあります。プロになりたい気持ちは全くないのですが(本当にないです)、信頼できる第三者の目で自分の作品を見てもらって、ダメなところを改善して良いところを伸ばす、というプロセスを経て「漫画」という技能をひたすらに向上させることが出来れば、めちゃくちゃ楽しい創作活動が出来るだろうな、と考えています。
そのためにも、私にはまず漫画を描く必要がありました。夏コミに参加したのは、そのための第一歩感があります。漫画を描かないのに漫画が巧くなることは、ほぼあり得ない話なので。
夏コミに参加した二つ目の目的は、ハナコハという萌え萌え百合カプの良いところをもっとこの世に広めたい、という感情です。ハナコハというのはブルアカのキャラ同士の百合カプなのですが、よく分からない人はpixiv百科事典を読んでください。
さて、このハナコハですが、ガチで萌え萌え百合カプなのに、悲しいことにpixivで検索すると8割くらいの確率で片方にチンコが生やされているんですね。そしてヘコヘコ腰を振って、コハルちゃんはアヘ顔になって「ンホォ!!!」と喘いでいる。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
確かにハナコとコハルの共通項には「エッチ」というものがあり、お互い「エッチ」なことに興味深々という側面はありますよ。でもそうじゃないでしょ? ハナコハの「核」はそこに無いでしょ? ハナコはコハルが嫌がることをやらないし、コハルもエッチなことを拒絶する明確な意志があるでしょ? コハルに必要なのは、エッチなことについて心置きなく話せるような存在でしょ? そしてそれはハナコ以外にあり得ないでしょ!?
……という問題提起をするべく漫画を描きました。
全てはハナコハという萌え萌え百合カプの良いところをもっとこの世に広めたいからです。ハナコハはマジで萌えなんですよ……。
失敗の定義について
上記の目的を考えると、今回の夏コミにおける私の「失敗」とは、以下の事象に当てはまる場合のことを言います。
失敗A「漫画が完成しなかった(新刊を落とした)」
失敗B「結局自分は漫画で何が描けるのか分からなかった」
失敗C「ハナコハの良さを十分に引き出せなかった」
失敗D「ハナコハ本を多くの人に届けることが出来なかった」
これらを「敢えて」ザックリした分類に分け直すと、こんな感じでしょうか。
失敗A……スケジュール管理について
失敗B……作品の表現技法、オリジナリティについて
失敗C……キャラ解釈・作画クオリティについて
失敗D……マーケティングについて
こうして眺めていると、今回はAとDで失敗している気がします。画力を俎上に載せるとCもダメになりそうですが、やはりCのダメさよりも他の失敗が目立っているような気がします。
ここからは、実際に色んな方から頂いたコメントも含めて、順に考えていきます。
失敗A……スケジュール管理について
①いきなり「本文32P」は調子に乗りすぎ
どういう人々がこの記事を(しかもこの部分まで!)読んでいるのかは、私には分かりませんが、少なくともこれから漫画を30P近く描こうとしている漫画初心者の方に対しては、とりあえず「やめておけ」と伝えておきます。何故なら想像の数倍時間が掛かるからです。
ザックリですが、私がシナリオの段階から、32Pの作画(ペン入れやらトーンやら)を完了させた時間は150時間くらいです。およそ1ページあたり5時間くらいでしょうか。体感とも合っていますが、ここにはシナリオを考える時間は入っていません。
このシナリオが厄介で、何度も何度も考えては投げ捨てての繰り返しで、多分10~20時間は考えていたような気がしています。他にも、同人誌の入稿とか印刷所選びとか表紙とかデザイン周りとかその辺りについても考慮すると、だいたい初心者が32Pの漫画を制作するのに必要な時間は200時間超と言っても良いと思います。
私は無職だったので、最後の方には平日でも一日16時間くらいを作業に当てることで、夏コミ前の2~3週間で完成させることが出来ましたが、*1やはり社会人ではそうはいかないと思います。なんとか頑張っても平日なら作業3時間、休日で12時間としても、1週間あたりで40時間ということになるので、およそ5週間でしょうか? 完成まで5週間掛かるということは、夏コミの〆切の5週間前から原稿作業に入らなければならないということです。当たり前の話ですが、ここが本当に難しい。なぜならコミケの当落結果が出てちょうど5週間くらいに、コミケ合わせの印刷所の(健全な)〆切が設定されているからです。
「なんだ、ギリギリ間に合うじゃん」と思うのはあまりに短絡的で、そもそも上記の試算は「毎週安定した作業時間が確保できる」というあり得ない前提に基づいたものであることを理解しなければなりません。
悪いことは言わないので、マジでページ数は減らした方がいいです。逆に言えば、半分の16Pであればかなり余裕が生まれるので、初めての方はそれを上限にしたほうがいいでしょうね。
【補足】ページ数について
上でページ数を減らすべき、とは書きましたが、ページ数を少なくするとその分記述できるシナリオは薄くなります(当たり前ですが)。
個人的には、16Pの漫画は全然読み足りなく、32Pでようやくひとつの作品を読んだ実感が生まれるので、今後も自分はこれくらいのページ数にしてみたいです。
ただ、拙作を読んだ方のコメントで「漫画で36ページはかなりボリュームがある」「よくこんな長いの描きましたね」というようなものがあったので、読者としてはもうちょっと短めくらいがちょうど良い塩梅なのかもしれません。*2
以上のことから、漫画は作業量とストーリー性を鑑みて、ザックリと16~32Pくらいの間でページ数を決めるのが良さそうに思いました。
とはいえ、やはり至高は「短くて楽に完成するのに満足度が高い作品」であることは確かなので、短いページ数でも満足度が高い読み切り作品を読むなどして、もっと漫画を勉強した方がいいかもしれないですね。
②もっとネーム段階で推敲すべきだった
漫画制作でかなり難しいと感じたのが、コマの割り方です。コマ割りは作品全体のペースを担うものだという認識ですが、これで確定だと思っていたシナリオも、実際にセリフとしてコマに入れていくとバランスが悪かったり、もうちょっとコマを大きくしたくなったり、この箇所に絶対に無音のコマが入るべきだと気付いたり等々、何度も修正をすることになりました。なかにはペン入れをしているのに1ページ丸ごとコマ割りから修正することになり、かなり疲労した覚えがあります。
この失敗は、シナリオから一気にネームに落とし込み、あまり吟味せずに作画に入ったことによって生まれたものです。キャラの絵は脳内で補完できるので、作品全体の流れやセリフ回しについては、何度も何度もネームを切って読み返した方がいいように感じました。
→次回への私へのフィードバック
・漫画制作の際は、最低でも1Pあたり5時間掛かると想定すべき
・制作開始日かページ数か、どちらかに余裕を持たせる
・シナリオは当然だが、ネーム段階でもしっかり読み込む
・満足度の高い短編漫画を研究する(そしてなるべく楽をする)
失敗B……作品の表現技法、オリジナリティについて
③もう少し変なことをしても良かったかも
今回、拙作を読んでくださった方の感想で、以下のようなコメントがありました。
コハルが夢の中でエッチじゃなくてかっこいいおっぱいもあるんだと悟ったシーンはかなり小野繙節を感じた
夢のくだりはねぎしそさん節を感じましたw
該当シーンはこれですね。

このページは本作で一番描きたかったところでした。
コハルがハナコのおっぱいをエッチなものからエッチなものじゃないものへと意識を切り替える決定的な瞬間でありながら、ただ切り替えるだけじゃ真面目でつまらないと思い、なんか変な紙面にしたものです。実際のところ、このページで「小野繙」*3節を出せたらちょっと面白いんじゃないかと思ったのですが、実際にそのように感じてくださった方がいて、めちゃくちゃ嬉しかったです。もっとも、二次創作で小野繙っぽさを出すのは非常に難しく、キャラの設定を歪めない範囲の奇想が求められるので、かなり苦労した部分でもあります。
とはいえ、32Pという長さもあり、もう少し目を惹く面白いシーンがあっても良かったのかもしれないな……とは反省しました。特に序盤は、夏コミに現れるエッチな漫画大好きおじさんのためになんかエッチなシーンでも置いておくかな……と思って雑なストーリー展開と絵になってしまったのですが、もっとやりようはあったよな、と反省しています。そもそもエッチな漫画大好きおじさんが手に取るような表紙でもなかったですしね……。
→次回への私へのフィードバック
・もっと変なページをつくろう
失敗C……キャラ解釈・作画クオリティについて
④作画におけるマイナス要素をもっと減らす
画力に難がある、というのは創作を始めて以来、常々思っていることではありますが、一方で色んな方から「キャラがかわいい」「絵が可愛い」と言ってもらえたり、「一枚絵としては流石にうまくはないけど、コマ割とか背景の線とかぼかしとか仕草が心に入って来た」という有り難い友人からのコメントを読んでいると、なんかこう、うまくやればあまり自分の画力を上げなくても漫画って描けるのでは、と思ったりしています(すみません、楽に何かをすることしか考えていないダメ人間で……)。
というのも、これは当たり前の話ですが、「漫画が巧い」ことと「絵が巧い」ことは全く別物で、もちろんどっちも巧い人はいるし、漫画を描くならどちらも巧い方が良いに決まっているのですが、自分のだらしない性格や技量、興味の方向性を考えると、現時点では「漫画の巧さ」を目指した方がいいのかな、と思っています。
これに関しては、友人がかなり率直な意見をくれたので、これをフィードバックとして次回につなげたいなと思っています。かなり私的な指摘になりますので、他の方が読んで参考になるかは分かりませんが。
→次回への私へのフィードバック
・頻繁に首が長くなる
・たまに眼の位置が高くて変
・たまに顔がちっちゃくてガタイがよく見える
・これらの「違和感(マイナス要素)」を減らすだけで、少しはマシになるのでは。
失敗D……マーケティングについて
ここが一番失敗した部分ですね。マジで色々やらかしました。
⑤表紙で名画パロはアホの所業
下の記事にもあるように、今回のハナコハ同人誌では表紙にラファエロの『小椅子の聖母』をパロネタとして採用しています。

個人的にはこれ以外にあり得ないという気持ちで制作した表紙なのですが、友人からは大不評でした。

他の友人からも「これがハナコハ漫画だってわかりにくい」「なんか(コンテンツが成熟しきった)東方の漫画によくありそうな売れない表紙」と散々だったので、よっぽど悪手を放ったんだなという実感があります。
確かにこの表紙、本文の内容やトーンを代弁するものにはなっていないんですね。テーマこそ薄らと共有されているものの、あくまで私の欲望のままに描かれたもので、それを第三者に嗅ぎ取ってもらうのは、あまりに不親切だと言っていいでしょう。
もっと可愛い感じの表紙にして、もっとキャッチーなタイトルにすれば良かったな……とは反省していますが、実はこの後に及んでも、今回の作品をどう一枚に収めることができたのかは分からないままです。それが良いことなのか悪いことなのかは分かりません。
ただ、より多くの人に届けることを目的とするのであれば、今回の表紙は確実に失敗だと言わざるを得ないでしょうね。残念ですが……。
⑥ジャンル人気とカプ人気を混同してはいけない
今回の部数は、適当に決めた訳ではなく、色んな人から話を聞いて決めたものでした。「ブルアカは前回、ほとんどのスペースが昼過ぎには完売していたらしい」というコメントから「じゃあ自分はなるべく完売しない量を刷ることにしよう」という方針を立て、「ブルアカ異性愛二次創作漫画はだいたい〇〇部が目安らしいよ」という言葉から、今回の部数を決めています。
ただ、当たり前のことですが、いくらブルアカの人気がすごいとはいえ、ハナコハの人気がすごいわけではないんですよね……。
私にはそのことが分かっていませんでした。あろうことか、私はブルアカ百合ではハナコハがメジャーカプだと信じ切っていたのです(本当に)。
実際は全くそうではなく、そもそもブルアカの百合オタクは少数派だし、その中でもハナコハのオタクはごく少数でした。その事実を受け入れるまでに、私はかなりの時間を要しました。しかも私が出しているのはよくわからん名画パロの表紙で、遠目からではハナコハかどうかも判別するのが難しいし……。
この認識の甘さが出てしまったのも、普段からブルアカの百合で活動していないからでしょう。ラブライブ!で同人活動をしていたときは、普段から二次創作に力を入れていたので、みんなも私のことをある程度は知っているし、普段の作品への反応からも、なんとなくこれくらいの部数でしょう、というのが肌感で分かりました。
ただ、今回は急遽思い立って制作したものだったので、事前準備が足りていませんでした。カプ本を出すのであれば、ジャンルではなく、カプ人気を第一に優先しなければならないですし、もうちょっと普段から界隈と繋がっていく必要があるだろうな……とは思っています。これがなかなか難しいんですけれどね。
⑦設営をもうちょっと頑張っても良いのでは
話は少し変わるのですが、先日、知り合いのサークル設営を手伝う機会がありました。
その時にポスターやらPOPやら見本誌スタンドやらの準備が凄まじく、素直にすごいなあと感心したのですが、同時に「サークルスペースにマットレスを敷いて本を置いて終わり!」な自分がかなり恥ずかしく思えてきました。
ですので、何か自分も新しく採用してみようかしらと考えていたのですが、なかでもポスタースタンドが思ったよりも軽量で、そのぶん結構目を惹くので、これくらいは自分のところでも準備してもいいかもしれないな……と思いました。
私はあまり自分や自分の作品をよく見せることが得意ではないのですが、それでも「ここにハナコハ(百合漫画)がありますよ」くらいの情報を伝えることは私もやるべきだったのでは……と今になって考えています。
→次回への私へのフィードバック
・多くの人に届けたいなら、もっと分かりやすく可愛い表紙にする
・部数を決める際には、ジャンル人気ではなくカプ人気で判断するよう心がける
・ポスターくらいは頑張って設置しましょう。
・いいものなら売れるなどというナイーヴな考え方は捨てましょう。
総括
いかがだったでしょうか?
ダラダラと文章を書いてきましたが、私が皆さんに言いたいことは下記につきます。
初めて出るジャンルで、初めて出す百合漫画なのに80部は調子に乗りすぎ!
まぁコミケで売れなかったとはいえ、今後も地道にサークル参加をするなかで手に取ってくれる人もいるんじゃないかなと考えているので、そこまで悲観はしていませんが、それにしてもかなり在庫があるので、多分十年掛かっても完売することはないだろうなとは思っています。
興味がある方は手に取ってくれると嬉しいです。
さて、次回ですが、現在11月17日のコミティア150(東京開催)合わせで、何かしらの創作百合漫画をつくれないかなと考えています。できればコミティア出張編集部にも持っていって、意見を聞きたいところですね。
それにしても、最近は漫画を描く楽しさを覚えてしまったので、もしかしたら新刊を創作百合で二冊くらいつくってしまうかもしれません。そうなったらすごいのですが、流石にそろそろ就活をしないと不味い気もしているので、何も出ない可能性もあります。
まあ私もぼちぼちやっていくので、皆さんも何かしらを頑張っていきましょう。*4
ちなみに、次に出す創作百合漫画の部数ですが、20部あたりを想定しています。
もうこれ以上の悲しみを生みたくないので……。


















