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零合 百合総合文芸誌 第2号【ネタバレ感想】

本記事は各収録作品に関するネタバレ(?)を含む「零合 百合総合文芸誌 第2号」の感想記事です。

未読の方は気を付けてください。

前置き

本作が「ゼロ年代」をサブテーマにしているため、感想の所々で「ゼロ年代」というワードを使うと思うのですが、私は三大セカイ系作品とされている「最終兵器彼女」「ほしのこえ」「イリヤの空、UFOの夏」こそ履修しているものの、「セカイ系」を内包する「ゼロ年代」という概念までは十分に理解できていないため、私が何かを言おうとしていた場合、頓珍漢なことを言っている可能性が高いです。

それに伴う責任を取らない、ということではございませんが、上記を踏まえたうえで下記の感想をお読みいただければと思います。

 

序文『百合、並びに物語に対する切実な試論』

こちらの投稿に掲載されている文章ですね。

かなりの熱意を感じたので、本作を読むに当たって重要な序文だと考え、文意を読み取ろうとかなり時間をかけて向き合ってみたのですが、先に述べた通り、私にゼロ年代に対する知識がないせいか、この序文が訴えようとしていることにあまりピンと来ませんでした(すみません)。何なら一文目の百合に対する問題提起からよく分からなかったので、単に私が百合、あるいは物語に対して鈍感すぎるだけかもしれません。

ただ、自分も百合で物語を書こうとしている人間なので、鈍感であるなら鋭敏にならねばならず、この辺りのギャップは何らかのかたちで埋めたいな……とは考えています(誰か説明してくれる人がいたらお願いします泣)。

 

佐藤友哉『大火』

百合、SF、ホラー、セカイ系の要素をバランス良く散りばめている点、読みやすい長さの短編に纏められている点、読後感が良いという点において、プロ作家の技巧が光る大変優れた作品でした。アンソロの初手にこの作品を持ってくるのは大正解だと思います。

私は佐藤友哉作品を「デンデラ」しか読んだことがないので、勝手な印象でもっとめちゃくちゃなアイデアと文章を書く人だと思っていたのですが(失礼すぎる)、本作の文体は、戦時中の少女を語り手として淡々と物事を描写する静的なもので、非常に読みやすかったです。話の構成もうまく、情報の出し方もお手本みたいな感じでした。

個人的にうまいなと思ったのが、無駄な描写を省きつつ、「お邸に入りました」「 作業を再開しました」など、人によっては入れなくても良い動作を示す短文を挿入していることで、文章にテンポが生まれている点です。本作はホラー要素も含まれているのですが、見知らぬ場所で見知らぬものが蠢いている、という舞台設定において、こういう手探りのような文章を入れることで雰囲気をつくることができるのか、と感嘆しました。また、戦争のさなかに静まっているお邸といういかにもな舞台や、「私」と未来予知ができるお嬢様の関係が、直接的に日本の戦争の状況と結びついている様子はまさに「セカイ系」そのもので、テーマの取り込み方が巧すぎる……と唸りました。百合総合文芸誌かつ「ゼロ年代」をテーマとした作品として、模範解答に近い作品ではないでしょうか。

 

青島もうじき『標のない』

ものすごい力作です。初見の感想は、私の理解力が低すぎるせいで「なんかすごい気もするけどよくわからんな……」というのが正直なところだったのですが、何度も読み返して物語の要素を整理することで、本作の趣旨をようやく掴めたような気がします(全然見当違いだったらすみません)。

まず、「名前というものが無くなってしまった星」という舞台が面白く、それを実現させる「何者かが食べてしまった」というファンタジックな設定と、そこをあまり掘り下げずに進めるのが好みでした。上記の設定を活かした文体も面白く、名前を失ったことで星に住んでいた二人の語り手が混ざり合って物語を紡いでいるのも良かったです。

また、作中で記されているように、「口にする」という語の「食べる」と「発話する」の両義性を基盤にしつつ、星の外からやってきた分類学者によってもたらされた「本来分けられないものを刻み、異なるものにするための言語」「言葉を尽くし続けようとする愛」という概念を軸にして、互いの関係性を安易に表現する言葉を探さず(既存の言葉を与えず)守ろうとする二人や、自分の愛する人への愛が系統樹のように永遠に保存されることを願う人、それを拒み言葉を(愛を)尽くそうとする人など、多様な感情・関係の在り方が美しい文章で表現されていて、テーマ設定とそれを実現する手腕が凄まじすぎると思いました。終わり方もすごく綺麗で、気持ちよく締まっています。

一方で、本作のどのあたりが「ゼロ年代」なのかはよく分かりませんでした。


片山恭一『死が消える場所』(コメント)

あの片山恭一!?とビビりながら読みました。「ゼロ年代」の知識はないので私は「セカイ系」の文脈における物語の役割として読んだのですが、「死が消える場所」というコンセプトが面白かったです。一方で「百合」については特に言及しているようには見えなかったので、欲張るならそこもワンフレーズ欲しかった想いがあります。

 

綾加奈『腐り落ちてなお』

妹が死んだ姉をゾンビとして生き返らせて、生まれたアディショナルタイムをどのように過ごしていくのか、というお話です。掴みと医師免許に代わる「屍師免許」というアイデアが面白く、この単語だけで一気に作品世界に没入できました。また、私自身6年くらい北海道に住んでいたので、北海道ネタがふんだんに盛り込まれているのが個人的に嬉しく、函館のラッキーピエロのネタやハセストの焼き鳥弁当など、懐かしいものが沢山出てきて良かったです。

一方で、作品を読み進めるうち、頭の片隅にずっと「姉が本当に大切なら、どうしてプロに任せず自分で蘇生させたんだ……?」という疑念が違和感として消えず、物語への没入をやや妨げている感はありました。ただ、終盤にはその謎も解決しますし、最後のツイストが二人の関係性をさらに複雑なものにしていて楽しく読めました。

最後に、意識が朦朧とし始めた姉が、マフラーを投げ捨てて満足そうに進む描写は、変なリアリティがあって良かったです。こういう描写に弱いので。

 

伊藤なむあひ『Axe to Fall』≪前≫

一言であらすじを説明するのが難しい作品なのですが、強いて言うなら、音信不通となった「経済ちゃん」という名の風俗嬢(?)を追い求めて、OLのコトコが、「首男」の噂と拳が飛び交う治安の悪い街を探偵と一緒に駆けずり回る物語です。

こちらの作品も舞台は北海道なのですが(!)、突如現れた黒い壁によって世界から隔絶されてしまう……という舞台設定がかなり特殊で惹かれました。

文章がいい感じに脱力していてめちゃくちゃ読みやすく、しかも面白い。私はすらすら読めてフックを効かせる文章が好きなので、伊藤さんの作品はドンピシャでした。バトル描写も勢いがあって良かったです。また、経済ちゃんとコトコの関係性もなかなかに百合成分が高く、百合作品としてかなり良いのでは、という気がしています。

何と言っても、終わりが「なんだかドキドキしちゃいますね」という締めなのが素晴らしく、このフレーズだけで一本取っているように思いました(何の一本なのかは知りませんが……)。続きが非常に気になる作品です。

 

燈河佑『この曲は現在ご利用になれません』(漫画)

かなり心を打たれました。この御時世、女が二人で配信する話はありきたりな気もするのですが、突如相方が居なくなるという展開と、作劇の巧さがエモを引き出しているのかなと思います。序盤のテンポの良い二人の掛け合いから、美星が居なくなって一人語りに移る雰囲気の切り替わりや、終盤での甘い過去回想の挿入など、感情がグイグイ引っ張られてとても良かったです。「この曲ちょうだい」という一見奇妙なお願いが、二人だけの関係を象徴しているようで痺れました。

 

伊島系雨『霧曵く繭のパスティーシュ

憧れの先輩の叔母が書き残した「調律機関」を巡る、「私」がどのように生きていくかの物語です。これまでも伊島さんの作品を目にする機会はあったのですが、大変お恥ずかしながら(且つ失礼ながら)二次元美少女に萌え萌えしているうちに本当に漢字だらけの文章が読めなくなっていたので、本作はまだ漢字が少なくて助かりました(それでもかなり体力を使いましたが)。

本作は無意識下で私たちの思考に影響を与える「嫌釈性意味内容(ダークマター)」をテーマとしている点において、伊藤計劃の「虐殺器官」をリスペクトしていると思うのですが、物語の主軸をSFではなく「私」の等身大の未来の進路に絞っているのが終盤のエモさにも繋がっていて良かったです。一方で、SFの設定にかなり気合いが入っており、説明描写に割かれている文量も多かったため、作品の掲げているテーマの割には、読み味がやや重めに感じました。

ただ、本作のシチュエーションは百合作品としてかなり好きで、「私」と繭先輩、黛さん、お姉ちゃんとの関係はどれも魅力的で良かったです。こういう百合が読みたいんですよね。

 

波木銅『国境沿いのピンボールリザード

あらゆる点において優れている傑作だと思います。

訪問修理工のクックーが、ゲームセンターにある亡霊の取り憑いたピンボール台を修理する話です。あらすじの時点で面白いのですが、語り手をクックーの彼女にしたり、回想するかたちでクックーの物語を語るなど、構成もめちゃくちゃ練られているし、ウィットに富んだ文章も素晴らしいし(『玉を弾いて遊ぶのにね!』)、何よりキャラが本当に活き活きしている。デブ専レズビアンで、ベッドの上でヘビーな彼女に押しつぶされて骨を折りながらイク女って何なんだよ……すごすぎる。海外文学のような(雑語り失礼)台詞回しも好みで、今後の私の創作においても指針にしたい作品でした。今回の収録作で、頭一つ抜けているのではないでしょうか? オススメです。

 

前仲パ須田『トレイル・トゥ・スターライト』≪前≫

なんというか……すごい作品です。

人を殺すことを厭わない女、夏織とシャルが裏社会で活躍しながらもアイドルとして活躍しようとする話です。龍が如くのような暴力ファーストの世界で百合をやるとこうなるのか……という感動がありました。暴力モノは正直苦手なのですが、本作は暴力と恋愛が良い配分で合わせられており、大変面白く読めました。銃撃戦や裏社会の描写などはめちゃくちゃ詳しくないと書けないだろうな、という部分が多く、下調べや知識量の豊富さに圧倒されます(それとも経験者なのか?)。

個人的に素晴らしいと思ったのは、夏織がシャルのライブを見て、感動のあまり「生きていること」を実感し、これまでの自分の所業と今後の展望の無さに訳が分からなくなって衝動的にシャルに殴りかかって半殺しにするシーンです。この支離滅裂な展開には心底圧倒されました。キャラ解像度がとても高いのだろうなと思います。今後破滅しか無さそうな二人がどのような終わりを迎えるのか、続きが楽しみです。

 

汐都れむ『グッバイスタンダー』≪長篇一挙掲載≫

今回の収録作で唯一の問題作だと思います。正直なところ、面白い・面白くない以前に、訳が分かりませんでした(マジですみません)。訳が分からないというのは、恐らく作者が意図的に組んでいるレイアウトや文章のせいでもあると思うのですが……自分でもうまく説明ができないのですが、これまでの読書・執筆経験から次に続くだろうと想定する文章が来ずに別の描写が描かれたり、視覚的な美しさを求める現代詩のような要素が多分に入っているために、なんとなく容易な(あるいは安易な)読解が拒まれているように思いました。

また、所々にゼロ年代のアニメネタが挿入される一方で、キャラの口から語られるエピソードはどれも切実で痛々しく、文章を読み進めていくうちに、もはやキャラのものか筆者のものかも分からないような「痛み」がヒシヒシと伝わってきて、途中からはまともに読めませんでした(体力ゲージが尽きました……)。

後にフォロワーに相談したところ、本作の文章のレイアウトは佐藤友哉作品(ex.青酸クリームソーダ)に近しい部分があるとご指摘いただき、それでなんとか「ああ、これがゼロ年代なのか……」と納得することができたのですが、それでもまだ分からない部分が多く……この作品を真正面から受け止めることができませんでした。

この感想を読んで、筆者は「狙った通りだな」となるのか「いやそうじゃない、もっとちゃんと読めよ」となるのかは分かりませんが、現時点の率直な感想はこのようなものですかね……。

 

総括

レベルの高い作品が多く、面白い文芸誌に仕上がっていました。

寄稿者に北海道在住/出身者が多いからか、北海道が舞台の作品が多かったのと、読むのに体力が必要な作品が多かったのが気になりましたが、後者については前号から引き続き「文芸誌」なので、そんなもんかなと思います。ただ、感想からも分かるように、私は硬い文章を読むのがかなり苦手なので、個人的には難しい単語が出てこなかったり、人が死なない感じで、もうちょっと明るい雰囲気の(あるいはハッピーエンドの)百合文芸作品があると嬉しいですね!(要望のレベルがガキんちょすぎる)

それはともかく、第2号も様々なかたちの百合文芸を読むことができて良かったです。

次号も楽しみにしています、ありがとうございました!

 

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