新薬史観

地雷カプお断り

謎の記憶について

今回は(も?)面白みのないただの日記なんですけれど、私には前後の文脈を欠いた謎の記憶があります。

この記憶について、私は度々思い返しては「あれは一体何だったのだろう」と首を傾げていたのですが、ふと「私が死んだらこの謎の記憶も消えてしまうのか……」と残念に思ってしまい、何となくこのブログに書き残しておきたくなりました。

その前に、私の弟の話をさせてください。

私の弟は生来より舌が短く、「だぢづでど」が「らりるれろ」になってしまったり、吃音があったせいで、話すたびに周囲から揶揄われていました。あまりにも揶揄われるものですから、母親は頭を悩ませた末に、弟を「言葉の教室」なるものに通わせていました。多くの人には聞き馴染みのない教室だと思いますが、ピアノ教室や算盤教室と似たようなもので、うまく日本語を喋るためのレッスンをする所だと考えてもらって構いません。

ともかくその教室は、私たちの通学区域のちょうど隣にあるA小学校の構内にありました。私も一度だけ、母と一緒に弟を迎えに行ったことがあるのですが、その教室の真ん中には大きなトランポリンが備え付けられていて、「何だこの教室は……」と驚愕したのを覚えています。

今思えば放課後児童のための教室だったのでしょうが、真面目だった私は教室にトランポリンが置かれている事実にショックを受けて、「弟は言葉のレッスンなんかせずに、教室の先生とグルになってトランポリンで遊んでいるに違いない!」と思い込み、弟にやや冷たい視線を向けていました。

閑話休題

そのような思い出があるA小学校なのですが、もう一つ、私にはA小学校に纏わる記憶があります。それが私にとっての「謎の記憶」なのです。

その記憶がいつのものなのかは判然としないのですが、恐らく私が小学校高学年、あるいは中学生の時のものです。少なくとも、その時には弟は「言葉の教室」を卒業して「だ行」が言えるようになっていましたし、あまり吃らなくなっていました。

その記憶は、私がある張り紙を見つけるところから始まります。小学校か、あるいは中学校の廊下の壁に貼り付けられていたその紙には、とある対面形式の試験を受験してくれれば、謝礼を支払いますよ、というものでした。

今思えばめちゃくちゃ怪しいのですが、私は「謝礼」と書かれた項目を食いつくように眺めていました。その金額までは覚えていませんが、確か1000円か5000円か……とにかく当時の私にとってはかなり嬉しい額でした。私はお金に困っていたので、すぐに申し込み、試験会場として指定された場所に赴きます。

それがA小学校でした。

私が案内されたのは、弟がトランポリンで跳ねていた教室ではなく、ごく普通の教室でした。机と椅子が教室の前方にぎっちりと固められていて、空いたスペースに椅子がふたつ並んでおり、その片方に初老の男性が座っていました。

「よく来たね」と男性は言いました。

私が頭を下げると、男性はニッコリ笑って「〇〇君だよね。君のことはよく知っているよ」と言いました。何故か尋ねると、男性は「私は君が転校する前に通っていた小学校の校長先生だ」と言いました。確かに私は数年前に小学校を転校していますが、転校する前の校長先生の顔なんてあんまり覚えていません。

とはいえ、ここで「私は貴方を知らない」なんて言ってもしょうがないので、当時の私はひとまず彼の発言を認めました。つまり、目の前の男性は私にとっての「元校長」なのです。私は、なぜ校長先生がこんな場所で試験監督をしているのかを尋ねましたが、元校長は「色々あってね」としか答えてくれませんでした。

「試験を始めよう」

元校長は紙芝居のようなものを取り出し、試験について説明します、と言いました。

「私が言う通りに答えてください」

それが説明の全てでした。私が何かを言う前に、元校長が紙芝居のように紙をめくると、そこには頭がどうかしたとしか思えない、かわいいクトゥルフ神話に出てきそうな生き物のイラストが複数描かれていました。どれもこれも、魚と犬とカラフルな折り紙を足して3で割ったような生き物です。

なんだこれは?

「ヌタを指差してください」

「え?」

「ヌタを指差してください」

「ヌタってなんですか?」

元校長はにっこりと笑いました。

「ヌタはヌタです。ヌタを指差してください」

私は訳がわからなくなりましたが、恐る恐る魚のような何かを指さしました。元校長は満足そうに頷き、謎の生物が描かれた紙をめくりました。そうして出てきたのは、また先ほどと同じような、存在自体が発狂寸前の生き物たちでした。

「メテを指差してください」

これの繰り返しでした。

半時間くらい経ったでしょうか。

気がつけば私は封筒に入った現金を握り締め、A小学校の外にいました。

これが私の謎の記憶です。

私がどういう人間かを知っている人は「どうせこれも作り話でしょ」と鼻で笑うと思うのですが、これに関しては本当に私の身に起きたことです。ただ、やっていることとか元校長の存在とかがあまりにも村上春樹すぎるので、なんか普通に妄想とか夢なのかもしれません。

しかしながら、部活の先輩とも上記のヤバい試験についての話をした記憶がありますし、確かに私の試験監督は、自身のことを「君の校長」だと名乗った覚えがあるのです。ヌタも指差した記憶がありますが、よく分かりません。分からないので、ずっと覚えているのです。