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【ネタバレ感想】ストレンジ・フィクションズ「留年百合アンソロジー ダブリナーズ」

本記事は、拙作も収録されているストレンジ・フィクションズ「留年百合アンソロジー ダブリナーズ」の感想記事です。

booth.pm

 

ネタバレの可能性があるので、本記事はアンソロ読了後に読むことをオススメします。アンソロを持っていない方は今すぐ買おう!と言いたいところなのですが、有り難いことに手持ち分はすべて完売したらしく、在庫はゼロです。すみません……。どうしても読みたいという方は(私と交流がある人に限り)、直接お貸しすることも可能ですのでお申し付け下さい。借りたらちゃんと返してね。

それでは収録作の感想を投げていきます。なお、並びは掲載順です。

笹幡みなみ『全然そうは見えません』

一読して小説の技術がめちゃくちゃ高く、商業レベルじゃんこれと思いました。タイトルのつけ方がとても好みで、「全然そうは見えない」という言葉が留年にも百合にも効いているんですよね。こういうセンスが私にも欲しい、切実に……。

要素の選択もうまく、留年と性的指向の「他人にうまく言えない(=誤魔化しがち)」という共通項を拾い上げ、失敗を前提とした「誤魔化し」のプロともいえるサーカス団の演技についても取り入れているのが印象的でした。留年したことで炎の取り扱いになれているさくらと、夢のなかではまだ炎を扱えない渚。しかし二人は同じサーカス団にいて、炎を扱えないなりに観客を「誤魔化す」術を披露した彼女の手の内を、さくらはすっかり理解している。その「理解」されている状況こそが渚の求めている「炎」かもしれず、そうでないかもしれず、いずれにせよ間違いなく二人だけの関係がここにはあるんですよね。留年百合というジャンルにおける優等生のような作品だと思います。とても良かったです。

 

紙月真魚『海へ棄てに』

文章のリズムがとても気持ちよく、軽口を叩きつつも先輩である藤深春を大切に想い続ける女、菜摘行生の魅力に溢れた一人称視点の作品でした。

紙月さんの作品は紹介文からして良いんですよね。以下は紹介文の引用なのですが、

古馴染みの海まで歩いて、要らないものでも棄てにゆこうよ。空き瓶、道徳、混みいる感情。うまく投げれば跳ねるかな。※単位と未来は自棄で投げない。ゆく道すがら歌でも歌いつ:ノキ・ノキ・ノキノン・ホニャララ・ドア……。駅から川沿い、葉桜の道をのんびりてくてく。道草・寄り道おおいに歓迎。どうせ最後の自由時間、エンジョイしなけりゃ意味ないね。──そういや先輩、どして休んでたんですか?

このテンションとリズムが作品全体に染み渡っていて素晴らしいんですよね。もちろんこれだけが作品の魅力ではなくて、やはり「寒川冬芽」というヤバイ画家の女が強烈な存在感を放っていて、彼女の描く絵がとても魅力的に思えるし、同時に恐ろしくも思えてくる。その冬芽が、直接ではなく間接的に、「月踏」という絵画を通して菜摘が好きな藤先輩を強力な引力で連れ去ろうとしている様子が、百合的にめちゃくちゃ美味しかったです。また、終盤で菜摘が藤先輩に「海に棄ててないでちゃんと私に言ってよ。聞くよ。いくらでも。」と訴えるシーンはエモくて泣きそうになりましたし、最後の幻想的な海と月の描写も圧巻でした。楽しいのにエモも扱える文章、あまりに強すぎる……。

ちなみに、本作と似た構図の百合作品として、零合02に収録されている伊島糸雨「霧曳く繭のパスティーシュ」を連想しました。この作品も百合的にかなり美味しくて、やっぱ自分の好きな女が得たいの知れない女に惹かれているとすごく興奮するんですよね。自分もこういう百合を書きたいな。

話が逸れてしまいましたが、とにかく百合的にも美味しいし文章のリズムも楽しいし、私としては大満足の作品でした。オススメです。


鷲羽巧『still』

衝撃を受けました。本作は左側のページに街などのスケッチ、その右側にスケッチと対応するかたちで短い文章が添えられているのですが、絵が上手いのはもちろん、短い文章で的確に感情を揺さぶる術を心得ていてすごかったです。今回の留年百合アンソロでは、その場に留まる人が再び動き出すのを待ったり、誰かに手を差し伸べてもらう作品が多い印象でしたが、本作は留まり続けて離れてしまった人に向けられた作品ということで、そういうテーマの違いが新鮮な読み味になったのかもしれません。

本作はカテゴライズするならすれ違い百合だとか離別百合になるわけですが、その二人の考え方の違いがとても良くて、日記を勧める「あなた」とスケッチをする「わたし」に始まる選択と考え方のズレが、苦しくて良かったです。「あなた」は苦労や失敗といった時間を無駄にする行為が心底苦手なわけですが、「わたし」はその考えには乗り切れず、失敗を失敗と受け入れつつも、そうでなくさせる術をスケッチを通して身につけている。「日記を書いて時間を積み重ねることで、時間の進みを感じることができるかもしれない」という「あなた」の提案は実際のところ的外れで、私たちが何をしようが留まっている瞬間など存在しなくて、白紙に線を引いていくように、刻一刻と選択の瞬間が私たちに訪れている――というふうに私は理解しました。こういうかたちでも、留年という事象をうまく自分に呑み込ませる作品が描けるんだな、と新鮮に感じました。行き止まりの街並みや、ラストの螺旋階段のスケッチがとても美しく、エモの面でも非常に優れているなと感じました。とても良かったです。

 

茎ひとみ『切断された言葉』

個人的にアンソロのなかでもイチオシの百合作品です。私が好きな百合は感情がイカれている作品なのですが、本作は感情がイカれつつも作品としてしっかりとした強度をもっており、めちゃくちゃすごい小説じゃん……となりました。ジャンルとしては恐らく百合ホラーになるわけですが、最後のシーンが激ヤバであまりに恐ろしく、読んでいて「うひょ~!」と声が出ました。というか本当に小説がうまくて、主人公の乃梨子が幼い頃からいつも一緒にいて髪型も服装もお揃いで、双子のような関係になっていた(この設定の時点でやばい)塔子の日記を覗くと、

わたしの真似ばかりする乃梨子を殺したくなることがある

という一行が書かれている時点で、ヤバすぎるわけです。そのうえ、乃梨子と塔子に近づいてきて仲良くなろうとしてきた無邪気な女を、幼いころに編み出した二人にしか分からない秘密のジェスチャー(この設定もやばい)で、

【彼女】【燃やしちゃおう】

というやりとりをする始末なので、もう本当にこの作品はどこまで行ってしまうんだよとドキドキするわけですが、先述の通り、読者の期待を裏切らないエグい終わりを迎えるわけで、私はすっかりこの作品にやられてしまいました。一番感動したのは、作品の文字数の少なさです。このページ数でこれだけ読者の感情を揺さぶる物語が書けるのか!と衝撃でした。ホラー百合の傑作だと思います。もっと百合のオタクは茎ひとみに注目するべき!

 

小野繙『ウニは育つのに五年かかる』

拙作です。紙の本で手に取って、ようやくアンソロとしての並び順を理解するわけですが、『切断された言葉』という傑作ホラー百合の後を担うのは流石に荷が重すぎる……と憂鬱になりました。実際、明らかに文章の質もテンポも違うんですよね。そのうえ、これは完全にチェックが漏れた私の責任なのですが、実は拙作だけ、句読点が半角になっておりまして……これはわざとではなくミスです。word入稿がいけなかった。読めないことはないですし、慣れればまあ読めるのですが、初見は文字が詰まっていて読みづらいと思います。いやホントすみません……。

気を取り直して作品の話に戻るのですが、これまでの収録作を読んで改めて拙作を読むと、なんか明らかに小説のかたちが違うんですよね。前の人たちの文章があまりに巧すぎるから(?)なのか、他人の小説を読んでようやく自分のキモさを知るというか、「なんで自分の作品ってこういう文章なんだろう?」と改めて思いました。作り方が違うのか? 良い意味でも悪い意味でも、なんで自分からこんな文章が出力されるのか訳が分からない。そもそもこれって小説として成立しているんですか? 何なんですか、これ? 誰か私に教えて下さい。

それはそれとして、内容について簡単な裏話をすると、まず始めに大学生にもなって「なのです」口調のヤバイ女が現実にいたら嫌だよな~と思っていて、そいつがめちゃくちゃ賢かったらマジで腹が立つし、そいつから好かれるのもめちゃくちゃ嫌だよなと思ったので、そこから夢野まほろと杉野美里というキャラを設定しました。あとは全部成り行きです。とはいえ「ストフィクの人ってなんかミステリ好きだよな……ミステリ書かないとキレられたりするのかな……」と勝手に思い込んでいた節があり、微量のミステリ?成分を含ませました。慣れないことをしたので、時系列がちょっとおかしいし終盤はキャラがめちゃくちゃ喋り倒しているので、いま読み返すと恥ずかしいです。また、個人的に百合を書くときはハッピーエンドを心がけていて、今回の物語では特に「留年」が後ろ向きに捉えられることが無いようにしようという思いもあり、夢野と杉野、両方の願いが最大限叶う終わりになるようにしてみました。面白くなかったらすみません。面白く読めたなら、それは貴方の日頃の行いが良いからです。

ありがとうございました。

 

murashit『不可侵条約』

めちゃくちゃ変なことをやっている人がいる!とビビりました。

本作を簡単に紹介すると、たまたま居酒屋で居合わせた女二人の喧嘩に「わたし」が耳をそばだてる場面の舞台脚本だと思うのですが、やや不条理な点があり、この説明で合っているのかは分かりません。というのも、話の途中で客席から上がって再び客席へと戻る召使の異質さや、舞台の天気予報を真に受けて自らの傘を確認する観客、また舞台に登壇していたはずの二人が最後に客席へと降りて会場そのものから出て行ってしまう描写から、この物語が展開されている場(第四の壁によって仕切られている空間)が、非常に不安定であるように感じたからです。

ただ確かなことは、「わたし」は背後のテーブル席に座っている、女二人のことを見ることができない、という点です。それはタイトルが示すように、決して犯してはならない条約のようなもので、二人だけで舞台を降りていく結論も助けて、問題意識としては「少女革命ウテナ」とか『wiz』収録の深緑野分「運命」だとか、『彼女』収録の青崎有吾「恋澤姉妹」に近しいものを感じました。もっとも、本作は語り手である「わたし」が舞台に登壇しながらも、会話する女二人を「見ることすらできない」という点で観客にも劣る立場を演じ続けなければならず、なおかつ女二人の台詞や、この物語の行く先を把握していない(脚本が事前に渡されていない)という点で、「わたし」の百合への到達できなさという観点においては、上記の作品よりも一歩先に進んだものであるように感じました。

また、特筆すべきはその形式だけでなく、女二人の会話にもあるように感じます。会話が進むにつれ、次第に女の片割れが留年したことが明らかになるわけですが、その留年によって二人のパワーバランスが逆転し、片割れがひどく不満を抱いているからこそ、別れ話のような喧嘩になっているわけです。もっとも、この喧嘩は(端から見ている分には)何も解決せず、二人だけの間だけで(何故か)納得するかたちで終わりを迎えるわけですが、そのような不条理さは舞台設定にも通じるところがあり、個人的には「結局、他人って自分の手の届かないところにいるんだよな」という感想を抱きました。他人って訳が分からないんですよね。中身が見えているようで全然見えていない。そういうことを感じる作品でした。面白かったです!

 

孔田多紀『パンケーキの重ね方。』

なんかやけに続編っぽいな(下敷きにしている作品がありそうだな)と思ったら、案の定ストフィクの「夜ふかし百合アンソロ」に収録された作品の続編だとあとがきで書いていて笑いました。自由すぎる。

私は(お恥ずかしながら)まだ夜ふかし百合アンソロを読めていないので、今作で初めてこの作品世界に触れることになったわけですが、やっぱバンド百合って性が乱れているなと思いました。メインストーリーで描かれる、四人組のバンドでそのメンバーの二人が付き合って、ちょっと思うことがあったので破局するしバンドも脱退します、あとは宜しくって残された方にとってはめちゃくちゃ最悪な話だと思うのですが、サイドストーリーで描かれる留年した名探偵の話が良い感じにエモくてうまく調和できているのがすごいなと思いました。他にも、二十何歳(あるいはそれ以上?)で高校の制服を着る名探偵はヤバすぎるし、「女女感情の職人」と呼ばれる作家でありながら女子校に勤務している先生もヤバいし、何より推理パートでASMRが流れたりと、結構めちゃくちゃなことをやっているのですが、それでも最後に「残された者」として感情を爆発させる響子の姿が印象的でエモかったので良かったです。

 

織戸久貴『春にはぐれる』

とても良かったです。ドイツ語の講義で知り合った先輩が留年しそうだから心配になって押しかけて、でも連絡先は交換していないから、私たちの関係はちょっぴり複雑で――みたいなエモい百合展開になるのかと思えば、「天気の子」の雪バージョンというか、ずっと雪が降り止まない世界になってしまった、というのがめちゃくちゃ良かったです(ハローサマーグッバイの最後もこんな感じだったっけ?)。雪が降りまくると、コロナが流行ったときのように外出が難しくなるし、人々はリモートで何かをするようになる。人と会うためには道を空けるために雪をかく必要があって、それによって生まれる人間関係があって……今までありそうでなかった作品世界で新鮮な気持ちで読むことができました。また、千咲が精神的に病んでダメになっていく様子はとても生々しく、一面の銀世界のなかで生と死の境界がひどく曖昧になっていくのがめちゃくちゃキレイで悲しかったです。ただ、そんな千咲の前にヒーローのように現れて手を差し伸べる海莉がめちゃくちゃ良くて、これがまた百合的にかなり美味しいんですよね。やっぱり先輩を慕ってくれる後輩ちゃんてバチクソに可愛いし、そんな後輩にピアス穴を開けられるのってかなりエッチなので……。そういう百合として美味しいところを押さえつつも、最終的には生きるのが下手くそな人間がどうやってこの終わった世界を生き抜いていくのかという今の私たちの状況にそのまま当てはまる問題に、「とりあえずの」答えを見いだそうとするのがとても良かったです。

(……ただ、なんていうんでしょうか。これは織戸さんがどう感じているかでコメントが変わってくるのですが、きっと織戸さんも感じているだろうと信じて敢えて言及すると、ピンク髪先輩と拙作のウニ先輩、想い人のために髪を弄っているという点において、なんか結構似てません……? なんでこんな変なアイデアが被るんですか? しかもお互い微妙にエモポイントとして扱っているからめちゃくちゃ申し訳なさがありますし……拙作を先に掲載していただきありがとうございます……そしてすみません、いや、誰も悪くないのですが……)

 

以上、収録作の感想でした。

結論として、「留年百合アンソロジー ダブリナーズ」はめちゃくちゃ面白い百合アンソロなので、百合に興味があるなら読んだ方がいいし、留年という事象について興味のある百合のオタクは絶対に読んだ方がいいと思います(ここまで書いておいて、アンソロの在庫がなくてごめんなさい、私に言ってもらえれば貸しますので……)。

また、ストフィクさんの中では「今回の反響を受けて、留年百合アンソロでもうちょっと何かやりたいかも」という声も上がっているので、もしかしたら近日中に何か新しい動きがあるかもしれません。無いかもしれません。

改めて、この度はこのような素晴らしいアンソロジーに参加することができて良かったです。関係者の皆様、アンソロを手に取ってくださった皆様、ありがとうございました。