あんハピ♪ 1巻 (まんがタイムKRコミックス) | 琴慈 | 4コマまんが | Kindleストア | Amazon
【総合評価】10点(総合12点:全体10点+百合2点)
【作品の立ち位置】
オールタイム・ベスト・コンテンツ(10<x)
ガチで大事にしたい作品(9<x≦10)
積極的推し作品(8<x≦9)
オススメの手札に入る作品(7<x≦8)
まずまずな作品(6<x≦7)
自分からは話をしない作品(x≦6)
【世界構築】1.5点 (2点)
学問、スポーツ部門で優秀な人間だけを集めた超エリート高校(天之御船学園)に、なぜか不幸な人間ばかりを集めたクラス(7組)が設置されていて……という世界観。超エリート校ならではのコストを度外視した課外授業はインパクトがあって面白いものの、やや日常漫画の範疇に収まっているところがある。まあ日常漫画なので当たり前なんですけれど。一方で、「不幸な人間を幸福にする」という試みを学校の教育課程で行うのはなかなか新鮮に思った。もちろん、それが授業となるので、他のクラスとは完全に別行動になる。けっこう楽しい。
【可読性】1点 (1点)
すらすら読める。
【構成】1.5点 (2点)
基本的に時系列順だが、1年間の1学期と2学期だけで10巻を使用するという、かなりじっくりと話を進める形式でよかった。もっと時間をかければなろう系のような才能発揮漫画になったと思うが、そのときにこの漫画は『あんハピ♪』ではなくなる気がするので、一番いいところで終えられていると思う。
【台詞】1.5点 (2点)
なかなかに台詞のテンポが良かった。
非常に良い台詞もある。
…最近
寒くなってきたしね
身体冷やさないようにしないと
そうだよ!
だから
ヒバリちゃんが温かいとこを探してたなら
私の所に来てね
いつでも
待ってるから
天才。
【主題】1.5点 (2点)
この作品は不幸というより、自身に備わってしまった、社会的な「負の業」(病弱、方向音痴、性的マイノリティ等)のこと全般を取り扱っている。それでもなお「不幸」という単語を使うのは、おそらくそっちの方が柔らかく、その人自身の問題ではないという安心感を与えるクッションのような役割を発揮するからだろう。これは「負の業」を持つ自己と向き合う人間のファーストインプレッションとして、それなりに適当であるように思う。
一方で、「不幸」という言葉には、先述の通りにその負を受動的に受け入れるニュアンスがあるし、なによりも「不」幸という語義からも、(社会的に決定される)幸せなものの否定形となるように、つねに個人が消されてしまう雰囲気がある。本作はその点にかなり自覚的であり、常にそこを目指している。つまり、社会の価値観と個人の価値観を引き離そうと試みているのだ。次に、負の業を改善しようとするのではなく、自分の強みを探し続けることを目標に設定している。この課題設定はいまの人間にとってもっとも必要だと思うし、自分自身いいものを読めたという満足感があった。負の属性を持っている人間(おそらく大多数の人間がそうだと思うが)に対して、かなり広い射程を持っている作品と思う。
【キャラ】1点 (1点)
不幸のジャンルがそれなりにあり(本当はもっと多様な不幸を出してほしかった)、しっかりキャラが立っている。
加点要素
【百合/関係性】2点 (2点)
非常に良い百合だった。まず江古田蓮(レン)と萩生響(ひびき)の幼なじみ百合がある。レンは女難の特性を持ち、メスに分類されるありとあらゆる生物から好かれるという百合メーカーだが、そのレンに寄ってくる女を蹴散らそうとするのが響の役回りで……というと普通の百合あるあるであり、個人的には「いいね」を押して画面をスクロールするレベルでしか刺さらなかった。
この作品の真髄は「はなこ」と「ヒバリ」の関係性だと思う。
私がRTしたくなるのはこういうのだ。性癖である「無邪気に跳ね回る女とそれに振り回されて丁寧に整えてきた人生を無茶苦茶にされる女」が、無理なく的確に描かれているうえに、ビジュアルもめちゃ好みだ。
とはいえ、別にひばりははなこに性的な感情を抱いているわけではない。ひばりが好きなのは工事現場に描かれた頭を下げている男性のイラストである。ひばりはそれに性的に興奮し、叶わぬ恋に溜息を吐いている。一方ではなこもひばりのことを性的に好いているわけでもなく、ただいつもお世話をしてくれるから懐いているだけである。
そのふたりの最後の到達点がこれである。
はあ……あのですね(眼鏡クイ)
前後の文脈を説明しますと、はなこは常に自分以外のものを優先してしまう性質で、担任曰く「他者の支援」の才能があります。この物語のラストも、ずっと自分のワガママを口に出せなかったヒバリの背中を誰よりも最初に、かつ力強く後押ししたのがはなこでした。一方で、はなこは他者支援の性質が強すぎる(あまりに優しすぎる)ために、自分のことをすべて後回しにする嫌いがあります。自分がずぶ濡れになっても、崖から落ちそうになっても、困っている人がいたら身の危険を顧みずに助けに行くのがはなこなのです。そういう「負の業」を持っている人間なのです。そんな危なっかしい人間だからこそ、ヒバリも全然目が離せなくて、はなこが自分の視界に収まっていないと不安を覚えてしまう――という関係性が10巻を通して描かれてきました。
ところが、この3連ページの前で、はなこは「実は明日誕生日なんだ」と明かしてくるのです。そしてはなこは自分へのプレゼントとして、「ヒバリが家族と仲良く過ごすこと」を約束させるのです。
キスとともに。
後に明かされるのですが、はなこはこの時、もう二度とヒバリと会えないかもしれないという強い不安と戦っていました。ヒバリが飛行機にのってから、この10巻ずっと笑顔を絶やさなかったはなこは、ようやく初めて*1の涙を見せるのです。
ヒバリと二度と会えないことに対して強い不安を感じているのに、本音を言えずに笑顔で相手の幸せを願ってしまう――確かにはなこは「他者の支援」という才能がありますが、同時にその圧倒的な「負」の面も見せつけるようなグロテスクなシーンでもあるのです。他者の幸福を優先するあまり、自分の気持ちが(設定上!)言えないはなこは、吐き出したい感情や言葉の代わりに、ヒバリの頬にキスをしたのです。「負の業」が言動に圧倒的な制限をかけるなか、精一杯の別れの挨拶が「頬キス」ということですね。
はあ……。
何か他に言うことあります?
【総括】
はなヒバは神。
*1:たぶん