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V.S.ナイポール『ミゲル・ストリート』読んだ!

V.S.ナイポール『ミゲル・ストリート』(1959)

Amazon - ミゲル・ストリート (岩波文庫) | Naipaul,V.S., ナイポール,V.S., 自然, 小沢, 正嗣, 小野 |本 | 通販

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【総合評価】9点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

ガチで大事にしたい作品(9<x)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)


【世界構築】2点 (2点)

1962年に独立するが、それまではイギリスに占領されていたトリニダードが舞台。アメリカとイギリスが文化の中心(憧れの対象)となるような田舎で燻っている人間が描かれていて良かったです。本作から推定されるトリニダードを構成する要素は「黒人」「貧困」「無教養(暴力)」かな。それらを分け合いながらも奇抜な要素を組み込んだ登場人物やその台詞によって、独特の空気の醸成に成功していると思った。流石ノーベル賞作家。

また、この物語の全体を覆っているユーモアが本当に好みで、楽しく読めるのが良かったです。以下、印象的な文章を引用。

エリアスが口にした、びゅんがくは、僕が聞いた言葉のなかでもっとも美しい言葉となった。何かの食べ物、チョコレートみたいにコクのあるもののように響いた。

中国人のガキが俺のことを「ダディ!」って呼ぶんだぜ。

俺は黒玉みたいな黒ん坊。女房はタール人形みたいなんだぜ。

それなのによ。

中国人のガキが俺のことを「ダディ!」って呼ぶんだぜ。

なんてこった、誰かが俺のコーヒーにミルクを入れやがった。

ヒルトンさんが亡くなったのはマンゴの季節ではなかった。でも、クリケットのボールを十から十二個くらい取り戻すことはできた。

彼女が両腕を体の横につけていると、その両腕はまるで括弧のマークのように見えるのだった

取っておいで、とものを投げてやっただけで、地球上でもっとも幸福な犬になった。

ローラは僕の頬にキスをして聖者クリストファーのメダルをくれた。首にかけてちょうだいね、と彼女は言った。そうするよと約束して、僕はメダルをポケットにしまった。そのあとメダルをどうしたか覚えていない。

 

【可読性】1点 (1点)

基本的にリズムがよく、すらすら読めてよかったです。


【構成】1.5点 (2点)

めちゃくちゃ凝った構成という訳では無いが、上手な群像劇だと思う。先述ではあるが、ミゲル・ストリートに住んでいる変な人々の短編を重ね合わせることで、トリニダードの空気を描いているのがかなり良かった。また、1章からずっと出演しているミゲル・ストリートのムードメーカー(ご意見番)であるハットが、全17章のうち16章で「ハット」というタイトルで掘り下げられるのが激アツでした。しかもそれがミゲル・ストリートの終わりに直結する物語なので、尚更良いですね。

 

【台詞】2点 (2点)

非常に好みの台詞が多かった。以下一部引用。

だからどうだってんだ?その話を鉛筆で紙に書きつけて、新聞に送れっていうのかよ?

「ここで何やってんだ」と警官が訊いた。「その質問を私は四十年間ずっと自分に問いつづけているのです」

あんたを追いかけまわしてる女たちはどうなんだい?あんたに追いついたのかい、それとも素通りしちまったのかい?

 それにさ、父さんにもおれたちみたく魂があるんだよ

 

【主題】1.5点 (2点)

色々な読み取り方ができるように感じる。ユーモラスな文体からは「黒人」「貧困」「無教養(暴力)」な地域に住む人は決してみな不幸ではないというメッセージを受け取ることもできるが、最終的に「僕」がふと目覚めてミドスをかっこいいと思わなくなった点や、「ハットが刑務所に入ったとき、僕のなかで何かが死んだのだ」という「僕」の言葉からは、故郷に愛着を持たせていた感情の起点は人間そのものにあり、そこに住む人への関心を失ったときこそが旅立ちの時であるという風にも読み取ることができる。つまり、本作では住んでいる「街」を問題にしているわけではなく、あくまでそこに居着いている「人」そのものに関心が集中しているのだ。これは読書会で出た話だが、本作は街などの風景描写がほとんどされていない。描かれているのは人と家くらいであり、トリニダードがどのような「街」であるかが人を介して「しか」表現していないところもこの主題を支えている要素だと捉えることができる。

もちろん、その人となりの形成に「街」は重要である。治安の悪い街に住む人間と、高級住宅に住む人間は、纏っている空気が違う。では、その違いはどちらから産まれたのか。高級な街並みが人の身なりや言葉遣いを矯正させるのか、貧困な街並みが人の本性を曝け出すのか……このあたりは相補的なので結論を出すことでもないだろう。

ただ、人を描くことで街を描くことができるのも事実だし、街を描くことでそこに住む人々を頭のなかで思い描けるのも事実だ。一方で、人を描くために街を描くことは必須ではないし、街を描くためにそこに住む人を描くことも必須では無い。

僕が永久にいなくなってしまうのに、僕の不在を示すものは何ひとつとしてなく、すべてが前と同じだったからがっかりしたのだ。

「僕」はこの街を人を通じて好きになり、その人たちへの関心が薄れたから別の街に移ることにした。その心の動きは、停滞を望みがちな自分にとっては非常に健全であるように思われる。

 

【キャラ】1点 (1点) 

魅力的なキャラが多かったです。本作で好きなキャラTOP5を挙げると以下の通り。

1 Bワーズワース(自称もっとも素晴らしい詩人)

2 マン・マン(宗教家または自称神)

3 ボーロ(人間不信、散髪屋)

4 ハット(近所に居て欲しかったおじさん)

5 バクー(機械いじり中毒、技術があるとは言っていない)

また、自分に一番似ていると思ったのがエリアスでした。努力をしても中途半端にしか実らない感じとか。読んでいて悲しかったです。

 

加点要素

【百合/関係性】0点 (2点)

該当描写無し。「僕」とハットの関係は、個人的にはラブライブ!SID世界線の穂乃果と海未に近しいものがあったと思うのですが、乾いた関係になってしまった点や人間に対しての重みを感じない点で好みではないと感じました。

 

【総括】

とても面白かったのでオススメです。いろんな人が参加する読書会でも平均7点という高得点をたたき出していました。構成も熱いし登場人物も面白いし、海外文学をあまり読んでないよって人もすんなり読み込めそうな物語だと思いました。しかも認知度が低めのノーベル文学賞作家の作品なので、読むことによる実績解除・マウンティングも可能です。これはもう読むしかないですね。

これを機にミゲスト*1を読んでくれた(あるいは既に読んでいる)方がいらっしゃれば、お気に入りの登場人物を教えてくれると嬉しいです。何卒よろしく。

*1:『ミゲル・ストリート』の略