新薬史観

地雷カプお断り

高級パスタ店に異常独身男性が突撃したらガチでやばいことになるという話

 かなり前のことになるが、自分のなかでもようやく整理がつくようになったので書きたいと思う。

 先月くらいまで、札幌市はコロナによる経済縮小対策として、「スマイルクーポン」というものを発行していた。これは宿泊施設に泊まれば誰でももらえるクーポンで、事業に加盟しているお店なら金券として使えるというやつだった。もう市の予算が尽きたらしく、殆どの宿泊施設での配布は終了しているが、自分も友人たちとホテルに泊まって、僅かながらクーポンを集めた。

 さて、ではこのクーポンをどうするかという話になった。外食しようと誰かが言って、さっそく加盟店を探すことになる。パスタが食いたいと誰かが言って、じゃあここにしようと適当に選んだお店。

 それが本物の高級店だった。

 ここで言う「高級」とは値段のことではない。事実、そこのお店のパスタは、1000~2000円程度に留まっていて、法外に高いと言うわけではない。いや、高いけど。まだ学生でも手が届く値段設定だ。

 そのお店で高かったのは、値段ではなく「格式」だった。

 今更ながら自己紹介をすると、自分はオタクであり、なかでも気持ち悪い部類に入る。生きてきた20年近くの「日陰」の生育環境も助けて、性格は歪み、正常な人間が言う楽しい遊びを何一つ知らずにアニメだけを見てきたようなオタク・模範生だった。

 小学生から中学生にかけては妹が見ているプリキュアを後ろからこっそり見ていたし、ちゃおとりぼんは妹よりも自分の方が真剣に読んでいた。妹がちゃおを卒業すると言った時、「ドーリィ♪カノン(男の娘のアイドルもの)が終わるまで待ってくれ」と泣きついたし、りぼんを卒業すると言った時は「ひよ恋が終わるまで待ってくれ(その時はちょうどひより(♀)がイケメンと付き合い出した時期で、親友かつ幼なじみである中野律花(♀)が、男にひよりを奪われた、自分はもうひよりをお世話できる立場にないんだと葛藤するところで百合としてめちゃくちゃ熱かった)」と頭を下げた(本当にドン引きされて無言で購入が断ち切られた)。

 高校生になると、電子書籍のメモ帳で書いてたけいおん!のオタクイラストを部活の先輩に取り上げられて「やーいやーい!オタク~w」と揶揄われるというホンモノの経験をしているし、スポッチャ(田舎なので娯楽がカラオケとラウンドワンしかなかった)は陽キャの巣窟なのでめちゃくちゃ拒絶し続けた。あまりに拒絶するので、このままでは健常な人生を送れないのではないかと心配した母親が、「あなたは少し他の高校生がするような遊びをしたほうが良い」と無理矢理行かされたスポッチャ(こんな状況ある?)で、2時間ずっと釣り場で鯉を釣るような人間だった。

 自分で書きながらあまりのキモさに吐きそうになっているが、この程度のキモさを背負ったオタクなら、案外何処にでもいる。

 Twitterはやはり便利で、キモいオタクでもキモいオタクと気軽に繋がることができる。その輪が大きくなって、キモいコミュニティを形成する。そしてキモいのでキモい人間以外は近づかず、外部の人間によってキモさが指摘されないため、キモさはより濃密なものになっていく。数年をかけて、個人個人のキモさが濃縮されていくのだ。

 キモさの一番搾り。それが自分だった。

 要するに、その日の自分は声優ライブのTシャツを着ていた。

 少し弁明するが、流石に高級店に行くと知っていればもっと別の服が用意できた。そもそも声優ライブのTシャツを普段使いで着るなという話だが、キモいオタクなので着る服があまりないのだ。それに更に弁明すると、声優ライブのなかでも、まだ普段使いできるようなデザインだった。キャラのフルグラとかじゃなく、まだユニクロのディズニーコラボTシャツみたいな感じ(だと思っていたのだが、別のオタクからは「お前の服はマジでありえない」とめちゃくちゃ怒られた。俺は常識を欠いているらしい……(暗黒微笑))。

ともかくこの件に関しては、クーポン加盟店を調べるときに名前とメニューしか表示しないサイトが悪かった。メニューと店名だけだと、普通のパスタ店にしか見えなかったのだ。なんもかんもサイトが悪い。「オタクは来るな!来たら殺す」くらいの注意書きを記載して欲しかった。

 まあ、するわけないんだよな……。

 そういうわけで、自分を含めたキモいオタク4人(うち2人はまだ服装はまともだったが、もうひとりは家で寝るようなラフな服装だった)は、高級パスタ店とも知らず、ニコニコしながら店に入ってしまったのだ。

 外見はなんだかお洒落な店だな~程度だった。どことなく高級の妖気を垂れ流してはいるが、希釈されそこまでの危険度はないと判断してしまった。ここが誤りだった。さっさと帰れば良かったのだ。

 店の敷地に足を踏み入れた瞬間、オタクは全員察した。ワンピースの覇気とはこういうものかと、肌で「空気」を感じとったのだ。

 そこからはまるで、映画のワンシーンのようだった。

 サングラスを掛けた凄腕の傭兵達が、ゆっくりと敵地に乗り込んでいく。銃弾が飛び交っていた戦場だが、いつしか兵たちは銃撃を辞め、その異様な覇気に、傭兵から目を離せないでいる。

 本当にそんな感じだった。オタク4人が乗り込むと同時に、店の中にいたスーツでバッチリ決め込んだ女連れの50代の男性、恋人同士でカウンターで乾杯をしている30代のカップル、ワイングラスを拭いていたタキシードの店員、誰もがオタク達に視線を向けた。一瞬でも、3秒でもない。ガチで1分、いや5分くらい、店にいる誰もが、オタクの異様なキモさから目を離せないでいた。

 圧倒的な格式の違い。

 ずっと見られていた。本当に見られまくっていたのだ。

 なんとか料理を注文してパスタを食べていても、ずっと見られていた。

 無知を責めるような、強い視線だった。

 オタクのうち二人は、見られすぎて泣きそうになっていた。

 俺は店に背中を向けて夜景を見ていたのでセーフだった。

「もうさっさと帰らないか……」

 誰かが言い出し、オタクがみんなそうしようかと思った時のことである。

 

「らららら~♪」

 

 歌声が聞こえた。

 最初は聞き間違いかと思った。だがその声は徐々に近づいてくる。

 店員だった。体躯のいい男性店員が、唄いながらこちらに近づいてくるのだ。

 ホラーゲームかと思った。

「どうしたんです^^ やけに元気がないじゃあありませんか^^」

 こんなことってあるんだと思った。店員が唄いながら近づいて、オタクを励ましてくれているのだ。

 俺はなんだかすごいことになったなと笑いを堪えるのに必死だったが、今まで店中の視線を受けていたオタクが、限界だったのだろう、「いや、すみません、なんか場違いで……」と漏らした。オタクであることの許しを請うたのだ。

「いやいや! そんな店じゃないですよ^^ もっと楽しんで、フランクに美味しいパスタを食べてもらいたいなって思っているんですからね^^」

 どう見てもそうは思えなかった。店内にいる人間は、みんなオタクもホームレスも見たことがなさそうな人種だった。「持っている」側の人間なのだ。

 そして、ここからが本当の地獄となる。

「まあでも、みなさん彼女連れで来られることが多いですね^^」

 やはりそうか……オタクは目配せし、俯いてしまう。

「でも大丈夫、デートの下見だと思ったらいいんですよ^^ みなさんにも彼女くらいいるでしょう^^」

 いなかった。本当にいなかった。仲良く店に入ったオタク4人は、誰一人彼女がいない独身男性だった。こっち方面に話が進むのか!と思った。一般人との話題は、常に仕事か彼女の話になってしまう。仕方ないと思いつつも、そっち方面はマジでやめてほしかった。話が何も広がらないから。

 しかし、店員はやめようとしない。

「あれ?^^ 返事がないですね。彼女いる人~!^^」

 今思うと、オタクで遊んでいたのかもしれない。最初から「こいつら女とは一生縁がなさそうだな」と見切りをつけて、揶揄っていたのかもしれない。そう考えたくはないが、とにかく店員は、オタクに手を挙げさせようとしてきた。

 やめてくれと思った。多分オタクの全員が思っていた。オタク4人は俯き、誰一人として手を挙げない。恥ずかしいとかではない、ガチでいないからである。

「あらら、まあそういう時もありますよね^^ じゃあここ一年で彼女いた人~^^」

 誰も手を挙げない。心苦しかった。

「……えっ(本気の困惑) ここ、二三年では?」

 誰も手を挙げなかった。

 店内が静かになる。オタクはみんな下を向いていたから、この時、他の客がどうしていたのかは分からない。しかし、もしもこの様子が店中の人々に見られていたとしたら、これ以上の公開処刑はなかっただろう。

「あっ……そうなんだ」 

 唄う店員は今まで浮かべていた笑顔を固め、すんと真顔になり、何も言わずにカウンターに帰って行った。

 オタクはスマイルクーポンで精算し、静かに店を出た。

 

 夜の街を行きながら、オタクがぼそっと呟く。

「きっと今頃、『あいつら彼女いないとかキモすぎるよ』

『でも見るからにいなさそうじゃん!』

『それな!ガハハw』つって、裏で笑われてるんだろうなあ」

 その通りだと思った。キモいオタクとばかりつるんでいて全く気がつかなかったが、ここ二三年で彼女がいないオタクは「異常」なのだ。

 異常独身男性4人は、項垂れて家に帰った。

 

 果たして、いったい誰が悪かったのか。異常独身男性であるキモオタか、高級店と書かなかったサイト側か、興味もないのに雑に絡んできた唄う店員なのか。

 とにかく、オタクがあの店に行くことは、もうないだろう。

 来世は正常な人間に生まれたい。

 

 

 

 

【200908 14:00追記】

想像以上に記事が拡散されており、お店側への影響を懸念しております。

記事にも書いていますが、今回の件はどちらが悪いとかなく(むしろTPOを弁えなかったオタクが悪いと思う。いきなり恐竜の相手しろと言われて正しく立ち振る舞える店員は稀なので)、ふつうに悲しい事件だったね……程度のものです。

自分がキモいのは事実なので、いくら批判されようがどうでもいいのですが、店側を批判している人も一定数いる以上、この店舗がどこかという質問には答えられません。

あと、スマイルクーポン加盟店リストにはサーチ機能がありますが、「パスタ」「高級」「イタリアン」「キモオタ」などなど、この記事中のワードで検索して出てくるお店を一通り確認してみましたが、自分が行ったお店は出てきませんでした。無関係なお店への凸はおやめください。

最後に、なんとなくコメント欄は放置していましたが、たまに憶測で「これ知ってる!○○って店だ!」(間違っている)と書き込まれるコメントを削除するのが面倒なので、しばらくコメントは承認制にします。どうしてもコメントを書きたい!書かないと死ぬという方は、空リプやら直リプ(@negishiso)やらで、ご自由にTwitterとかに書き込んでください。

以上よろしくお願いします。