新薬史観

地雷カプお断り

最近観た映画②「クール・ランニング」「海の上のピアニスト」

ジョン・タートルトーブクール・ランニング」(1993)

非常に面白い映画だった。随分まえにオススメされていたのにどこにも見当たらずに泣いていたところ、大学で発見した。パッケージがB級で「面白いんかこれは」と疑りながら視聴したが、氷のない国ジャマイカから出てきた素人四人が、ボブスレーでオリンピックに出ようとするという設定自体が既に面白い(実際に現実にあった出来事らしい)。で、当然ボブスレー常連国やジャマイカ国民たちは、四人(+コーチ)ごときで勝てるわけがないだろうと馬鹿にしてくるわけだが、「まあ見てろ、いつかお前らを見返してやる」系の逆転劇が面白くないわけがなく、さらにジュニアの精神的な成長がすごくうまく描かれていて泣いてしまった。これは非常にいい映画ですね。実はこの映像はディズニーが制作しているのだが、まったくわからなかった(他のスタジオ制作なら分かるのかといえばそうではないが)。まあでも登場人物のサンカあたりのひょうきんな言動にディズニーっぽさが出ている(かも)とは思った。史実と見比べると結構違うようなのだが、どれも(都合良く)面白い方向に改変されており気にならなかった。気分を明るくしたい時に見たらかなり良いですね。めっちゃ元気づけられるし感動する。傑作。

 

ジュゼッペ・トルナトーレ海の上のピアニスト」(1998)

 「ニュー・シネマ・パラダイス」で自分の心をグッと掴んだ彼の作品ということで、非常に期待をして見た。結論から言えば、「ニュー・シネマ・パラダイス」を越えられたかもしれないのに、ラストで台無しになった非常に残念な映画だと思った。

褒めるところはいくらでもある。

ひとつひとつのシーンはとにかく面白いし、テンポはいいし、話の構成もうまく纏まっていてかなり良い。あとエンニオ・モリコーネの音楽が良すぎる、マジで!感情をこれでもかというくらいに揺さぶってくるんだから最高過ぎた。お気に入りのシーンとして、船に揺られながら大移動するピアノでマックスと演奏をしたり、ジャズを生んだ天才とのピアノバトルが挙げられるが、あそこらへんの映像は本当にびっくりするくらい良かった。マジで大好きだ。1900(名前のセンスも最高)が恋をするくだりも良いし、キャラもめちゃくちゃ立っているし、奇人の描写がうまい。で、ここまでベタ褒めなのに何が不満なのかというと、おそらく多くの人が感じる(と思いたい)1900の最期に対する違和感だ。自分は確かに1900の言う外の世界に対する論理に納得した。なるほど、彼が船に残るのはそういうこと意志によるものかと頷くことは出来た。

ただ、納得はできても、作品として誰も求めてない結末に思えてならないのだ。ハッピーエンド厨といわれると返す言葉もないが、映画としてのエモを追求するなら、ダイナマイトによる船の爆発より、陸に上がって少女と海を眺める1900の画の方が数億倍いい。あるいは、「ダークナイトライジング」のように誰もが死んだと思っていたけれど、ふとある日、少女と仲良く過ごしている1900をマックスが観測して、声は掛けないけれどめちゃくちゃ嬉しくなるという構図でもいい。とにかく、マックスの奇人像を崩さずに(あるいは彼の葛藤を乗り越えて)、映画全体の完成度を高めることができる結末は無数に存在しているわけで、なかでも本作の結末は悪手と言われる部類の選択だったとしか思えないのだ。普通にやっていることは殺人だし、論理で観客を納得させても、とてもじゃないが感情が追いつかない。不安定な気持ちのまま映画を見終え、それよりも先を幻視してしまう。監督が「1900のあり得たかもしれない無数の未来」を観客に見させたかったという観念があるのなら良いのだが、それによってこの映画で提示されているテーマがなんなのか、まったく伝わらない点でやはり悪手だと思う。

最後以外は「ニュー・シネマ・パラダイス」以上の盛り上がり、キャラ造形のうまさを誇っていただけに、終わりがもったいなさ過ぎて悔しいとまで感じる作品になった。自分は到底この結末を受け入れられないと思う。