新薬史観

地雷カプお断り

中野でいち『hなhとA子の呪い』読んだ!

中野でいち『hなhとA子の呪い』(2016)

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【総合評価】10.5点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

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【世界構築】2.5点 (2点)

最高の漫画に出会えてよかった……。

とにかく黒の使い方が本当に巧く、画面作りも最高に決まっている。

中野でいち『hなhとA子の呪い』1巻 p42-p43 より引用

例えばこの見開きは、夜の黒を背景に蛍の光という性欲の表情が飛び交っている幻想的な背景に、艶めかしい白の肌と服を纏った幽霊A子が全面的に押し出されている。吹き出しの背景も黒で目につきにくく、パッと見るとA子の表情としても楽しいシーンなのかと思うが、実際に台詞を読むと幽霊が強すぎる性的な妄想を吹き出しに収まらないレベルで口走っていることがわかる。衝撃的。

中野でいち『hなhとA子の呪い』1巻 p67 より引用

言うまでもないが、射精と噴水が重ね合わせられていて良い。こういうのが好き。

中野でいち『hなhとA子の呪い』1巻 p4-p5 より引用

個人的にお気に入りなのがこのライトアップ。物語の始まり、性欲には屈さないと強く自我を保っている針辻の象徴なんじゃないかなと個人的には考えている。

中野でいち『hなhとA子の呪い』1巻 p154 より引用

このシーンの右奥に見えるビルのライトが、冒頭の見開きと対応している。遠いビルの頂上から伸びるライトの光芒は、1巻冒頭で「性欲には屈しない」とギラギラしていた針辻の意志を示しているかのようで力強い。一方で、コマには映ってはいないが、この段階で性欲に完全に取り憑かれた(ように見える)針辻が頭にインプットされている読者にとっては、ここでライトを介して当時の針辻に触れることができる点で素晴らしい。もちろん、上のような意図がなかったとしても、世界の広がりの演出としてもすこぶる魅力的だ。

あと、雨からできた川が地面を流れる画面、最高ですよね。本当に綺麗だ。

中野でいち『hなhとA子の呪い』2巻 p193 より引用

ここも空と海水をしっかり真っ黒に描いていて画面に緊張感を与えているし、コマ割りの位置が適切で最高の流れができているように思う。漫画うますぎ。

中野でいち『hなhとA子の呪い』2巻 p221 より引用

このシーンとかかっこよすぎて狂いますよ。車のライトの差し方もキャラの立ち方もカッコいい。

中野でいち『hなhとA子の呪い』2巻 p73 より引用

温泉に沈みながら何かを言う人、初めて見たかもしれない。そういう驚きの場面を実際に絵に起こせる/起こそうと発想できる力に敬服します。

中野でいち『hなhとA子の呪い』2巻 p182 より引用

他にも、台詞の頭をあえて区切って見せないことで、針辻がショックで相手の声が聞こえないという聴覚を視覚的に体験させるギミック/アイデアもヤバすぎる。レイヤーでぼやかすとか、文字を重ねて読みにくくするというのは見たことがありますが、個人的に頭だけを切り取るというやり方が一番スマートで、かつ実体験に近いような気がして好みでした。画力だけじゃ無くてアイデアにも溢れている。いったいどうなっているわけ?

 

【可読性】1点 (1点)

すらすら読めてよかったです。


【構成】2点 (2点)

キャラの揺さぶりや新キャラの登場タイミング、過去編の入れ方など、気持ち良い構成だったように思います。A子周りの謎を明らかにするタイミングも練られており、あら探しが難しい。

 

【台詞】1.5点 (2点)

針辻や久慈の動きが大きいために、自らの恋愛観を独白するときもばっちり決まっていてよかった。やや台詞の言葉遣いが難しいように思いながらも、このテーマの作品だと仕方がないのかなと思わないでもないです。

以下、好きになった針辻の台詞。

お前のその血はただの血でありお前の傷は愛ではない。痛みによって何かを得た気になってはいけない。——お前たちには愛がない!

 もはや俺にはあらゆる事が『エロい』か『逆にエロい』としか思えない…

俺が囁く愛の言葉は蛍の発光とどう違う 胸の高鳴りはただの発情で 見つめる眼差しはただの前戯で 愛に震えた涙でさえもただの愛液なのかもしれない……!

 

【主題】2点 (2点)

性と愛にまつわる罪悪感をしっかり描いている作品だと思います。

最後の方の彼らの独白に全てが凝集されているように思うので、引用します。

…セックスが…

セックスが痛いだけならよかったよ

気持ちよさなんていらなかったよ

肉が裂け

骨が砕け

苦痛だけで何の意味もなく

泣いて喚いて血塗れで明るい場所でまぐわって

もしそうだったらば、今よりずっと迷わず君を抱けた気がする

君を愛せた気がするんだ

これがセックスをする針辻のモノローグ。非常にいいですね。針辻は、愛のなかにどうしても汚らわしい(本能的な/野性的な/「自分」以外から沸いてくる)性欲が混ざってしまうことを認めながらも、その性欲が完全に消え去った「愛」だけの純粋な概念に頭を殴られることを待ち続けている男ということになります。

一方で、対立構造を担う「人は愛の奴隷」という思想を持つ久慈に対して、針辻の母が投げかける一般的・理性的な意見がこちら。

あんたは自ら進んで奴隷になったんだ

愛する人を裏切って…傷つけて…そんな自分を許す為の言い訳が欲しかったんだろ?

考えることを全部やめて…自分は愛に従っただけだって――「仕方ない」って事にしたかったんだろ?

…あの二人は違うんだよ。あんたとは…

――苦しみながらでも生きていける…

自分で自分を疑いながら…律しながら――そうやって生きる事が出来る筈だ

つまり、人は愛の奴隷であることを認めつつも、それに抗う理性を持っている(持ち続ける)ことこそが人間たる所以だと言うわけですね。

それに対する久慈の反論が、彼の意見の真髄です。

上手くいってはならないんだ…燃え尽きた愛から目を背けたまま…真実の愛を見失ったまま…

それでも一緒にいるだなんてそんな事は絶対許されないさ

…だって…

――…だって

――だってそんなの不誠実じゃないか

要するに、人が変化し続ける以上、その感情も愛も移ろうわけですが、それに抗おうとする姿勢そのものが自然な「愛」への裏切りであるということですね。

ただ、それを貫くと愛が冷めた瞬間に、唐突にパートナーに別れを切り出さなければならないので、相手の気持ちを傷つけることになる。もっとも、「愛」を失っても愛があるフリをすること自体、相手にも「愛」にも不誠実であるという意見にも一定の妥当性があります。

個人的には「愛とは必ず性欲を含有するものだろうか」というところに落ち着くわけですが(例:友愛、家族愛など)、この作品は性交を前提とした愛をテーマにしているので、そういう批判も躱せる強みがあります。

そう考えると、推しカプの関係性に安易に性欲を持ち出すべきではないのかとか思ったりするのですが、実際のところ、友情だってさりげない言葉ひとつで亀裂が走りますし、関係性を意地しようと定期的に連絡を取らなければ勝手に薄れいく点を考えれば、上記の論点は性欲とか愛に限ったことではない、変化し続ける人間がもつ感情全般に言えることだと言えます。

なので個人的なFAは「今ある感情を大切に記録し続けて、思い出(事実)を更新していく」ですね。感情なんて変化して当然のものですから、「あ、いま良い関係だな」と思える事実を大切にすることで少なくとも自分は救われるように思います。

まあ自分にはそんな相手がいないんですけれど。

 

【キャラ】1点 (1点) 

キャラが二次元であることを最大限に利用し、キャラそのものを変形させることができるのも魅力だよなあと。小説ではできない芸当ですよね。

中野でいち『hなhとA子の呪い』1巻 p101 より引用

例えばこのシーンは、性欲に脳が犯されてマズイことになっている針辻ですが、本来の彼から異形染みたものに変化している。小説であれば「血に飢えた悪魔のようだった」とでも形容されそうな姿を、忠実に絵に落とし込んでいくリアリティラインに感動しました。小説だと形容に留まるところを、漫画は視覚的に表現できるんだよなあ。すごい。このような変身は、久慈も得意とするところではあります。

中野でいち『hなhとA子の呪い』2巻 p235 より引用

これは終盤の1シーンですが、ここの針辻の表情がいいですよね。二巻の旅を経て完全に精神が変わってしまった様子が、表情から分かってしまう。こういう細部によってキャラが構成されるのだと思います。魅力的でした。

 

加点要素

【百合/関係性】0.5点 (2点)

妹から姉への感情が百合に該当すると判断。「肉親に捨てられ、私たちだけで生きていこうね」系の姉妹の関係性が、家族を越えた何かになるのはなぜだろう。家族でしかないのに。今まで流してきましたが、結構面白い論点だと思います(本作とはあまり関係のない話だ)。

 

【総括】

とてもよかったと思います。人生の恋愛観の参照元としても、表現技法の参考書としても、芸術作品としても、エンタメ作品としても楽しめる作品です。個人的には本当に白と黒の使い方がめちゃくちゃ上手いなと思っていたので(そもそも黒を基調にしているので、性欲を意味する光や肌の色を白とすることで深い読み方も可能になっている)、こういう作品を自分でもつくりて~と思いました。漫画は描くのが死ぬほどめんどくさそうなので小説に導入する方が手っ取り早そうですが、色々自分でも考えてみようと思います。