ジャカジャカジャカジャカジャカ……(登場BGM)
(10人が舞台袖から現れる)
「はいどうも~」
「『ペンギン地中に埋まる』です」
「あるいは埋まらないかもしれない」
「ペンギンは空を飛べない鳥だってよく言うじゃないですか」
「言いますねえ」(9人が声を合わせる)
「でも彼らには夢があるんです」
「ハーバード大学の研究によると」(5人で発声)
「ペンギンって実は」(10人で発声)
「地下に行きたいんですね」(ひとり小声で)
「一説によると、ペンギンは人間よりも純粋に地底人を信じているらしいです」
「彼らに会いたいという想いが鳥を飛べなくさせる」(10人で発声)
「すばらしいと思いませんか」
(暗転、舞台は観客から見えなくなる)
(気にせず10人は喋り続ける。以下の会話は、10人のうちそれぞれがランダムに発話している)
「実は自分、昔からこれだけはやりたいな~ってことがあって」
「なにをやりたいのよ」
「コンビニの店長なんですけれど」
「あ〜誰もが一度は夢に見ますよね」
「そこまで脚光を浴びる職業ではないだろ」
「いや、でも僕の大学同期、みんな夢叶えてコンビニの店長になりましたよ」
「なんでだよ。大学で何を学んだんだよ」
「薬学部ですけれども」
「じゃあ大学のカリキュラムとお前らのキャリア設計が狂ってんだよ」
「でも実際になっている」(9人で発声)
「コンビニの店長に」(ひとりで発声)
「だから、今からそれをやります」
(さらに舞台に8人出てくるのが影でうっすらと見える。彼らは口をモゴモゴさせ、何かを呟いている)
「おぎゃあおぎゃあおぎゃあ」(4人で)
「ふああああっふああああっ」(残りの4人で)
(以後、彼らはずっと後ろで声を発し続ける)
(最初から舞台にいた10人は気にせず会話をし続ける)
「ういーん」(ひとり、手で自動ドアの仕草)
「いらっしゃいませー」
「あのー、レクサスが欲しいんですけど」
「ここコンビニなんですけど」
「あ、じゃあトミカのレクサスでもいいんですけど」
「そんな妥協あります?」
「有るのか無いのか聞いてんだけど」
「なんでもうキレてるんだよ。ないですよ、コンビニにトミカは売ってません」
「なんで?」
「逆になんで売ってるって思ったんですか?」
「逆になんで売ってるって思ったらいけないんですか?」
(沈黙。客の方が正しいので)
「ペンギンって」
「はい?」
「ペンギンって、なんでコンビニで売ってないか知っていますか?」
「生き物だからじゃないですか?」
「うーん、20点」
「勝手に採点されんの腹立つな」
「23点満点中の20点なんだけど」
「キモい点数配分するなよ」
「あとの3点はね、ペンギンの気持ちになれば分かるかな」
「なんで人間のお前がペンギンの代表面してんだよ」
「ペンギンってね、地底人を信じているんですよ」
「は?」
「地底人って知ってる?」
「まぁ、知ってますけど」
「会ったことある?」
「無いですけど」
「俺も無い」
(沈黙)
「いや、なにこの会話」
「ペンギンってね、地底人を信じているんですよ」
「さっきも聞いたよそれ」
「でもね、ペンギンも地底人を見たことがないんですよ」
「はぁ」
「だからさ、ペンギンは地上よりも地底に行きたいわけ」
「まぁ、地上に地底人はいませんからね」
「そう、だから彼らは飛ぶことを辞めて、地底に埋まることを選んだんです」
「はあ?」
(舞台の照明がつく)
(最初から舞台にいた10人のうち5人は黒い布を被りペンギンの真似をしている)
「カアカア」
「これがペンギンですね」
「どちらかと言えばカラスだろ」
「なんで?」
「いや、鳴き声がカラスじゃん」
「あなたはペンギンの鳴き声を聞いたことがあると?」
「いや無いけどさ」
「俺も無い」
(沈黙)
「だからさっきから何なんだよこの会話」
(突如、おぎゃあおぎゃあと後ろで呟いていた4人の声が大きくなる)
(ふああああっふああああっと呟いていた4人の声が大きくなり、徐々徐々に大きくなり、繋がり、サイレンのようになっていく)
「ふあああああああああああああああああああああああああああああ」(4人の大合唱)
「このサイレン、聞こえますかあ!」(大声で)
「聞こえますけど、なんなんですかこれ!?」(サイレンがうるさそうに大声で)
「ペンギンですう!」(大声で)
「ペンギン!?」(大声で)
「ペンギンの喜びの声ですう!」(大声で)
「あいつら喜ぶの!?」(大声で)
「喜びますよお!」(大声で)
「なんで喜んでんの!?」(大声で)
「それは……しっ!」(人差し指を口に当てる)
(ふああああっふああああっと呟いていた4人の声が小さくなり、徐々徐々に小さくなり、途切れ、また初めのように呟きになり、4人は退場する)
(おぎゃあおぎゃあと後ろで呟いていた4人の声も小さくなり、みなが退場する)
(舞台の下手から、微かに赤子の泣き声のみが聞こえる)
「なぜ喜んだのか……それは多分、地中に埋まったからだと思いますよ」
「埋まったんですか」
「ええ、それで地底人の気持ちになったんです。憧れの地底人になりきったがあまり、感激して叫んでしまった……いまは落ち着いているようですがね。ほら、見てご覧なさい」
(パッと舞台に照明がつく。ペンギンに扮した5人は、いつしか「地中」と書かれたテーブルの下に潜り込み、顔だけを出して、カアカア鳴いている)
「これは……埋まっているんですか」
「埋まっているんでしょう、ペンギンの中では」
「……これで、地底人に会えるんですか?」
「会えると思っているんでしょう、ペンギンの中では」
「はぁ……」
「でもこれ、さっきのあなたに足りなかったものですよ」
「え?」
「たとえどれだけ難しくても、みんなから笑われても、いつかきっと地底人に会えると信じる強い気持ち。貴方にはそれが欠けているから、何をやってもうまくいかない負け犬なんですよ」
「急にキツめの悪口言われて怖いんだけど」
「ペンギンの方がもっと怖いよおおおおお!!!!!」
(ドン!と足踏みをする)
「地底人に会えないかもしれない……その恐怖と、ペンギンは常に戦ってんだよおおお!!!!」
「何を言ってるんだよ」
「お前の方が何言ってんだよ」
「なんで真顔でそう返せるんだよ」
「ああ!?ペンギンを水族館に返せだと!?」
「言ってねえだろ一言も」
「シーシェパードかお前!」
「どう考えても違うだろ」
「あーガチで腹たってきた!お前マジでほんと……(パンッ!パンッ!と自分の太腿を殴りつける)やんのかコラ!」
「逆にひとりでそこまで沸騰できるの才能だぞ」
「なんでそこでペンギンが出てくるんだよ!?」
「出てきてねぇだろ何処にもよ」
「出てきてるだろうがよ!ほら、見ろよ!」
(5人のうち数人が舞台真ん中のテーブルを指差す。地中にいたはずのペンギンがのそのそとテーブルの上に乗り、地上に出てくる)
「な?言っただろ」
「本当だ、マジで出てきた」
「どうすんだよアイツら」
「カアカア」
(机の上に乗っているペンギンに扮した5人は両腕を上下に弛ませ、離陸体制に入る)
「アッ……あいつらまさか!」
「飛ぶのか!?」
「でもあいつら、地下を愛していたはずじゃ、」
「カア!」
(5人のペンギンは飛び立つ。1人は墜落するが誰も気にしない。4人のペンギンはワイヤーによって劇場内を飛び回る)
「飛んでる、ペンギンが」
「嘘だろ」
「嘘じゃないよ」(と、ペンギンが言う)
「ボクたちは、もう夢見るのを辞めたんだ」
(と、ペンギンが言う)
「地中を愛するのもね」
(と、ペンギンが言う)
「地底人なんていない」
「地底人なんていない」
「地底人なんていないから……」
(ペンギン4人はそのままいなくなる。舞台に残された5人は、居心地悪くその場に立ち尽くしていたかと思うと、胸ポケットにあるはずの何かを探し、それがないことに気がつく)
「あ……えーっと」
「タバコですか?」
「ええ、ひとつください」
「畏まりました。何番ですか?」(コンビニのレジ裏にあるラインナップを示し、何人かは目を細める)
「えーっと……」
(次第に舞台は暗くなり、コンビニ店長と客のやり取りも聞こえなくなる)
(墜落したペンギンが微かに鳴いて、息絶える)
(完全なる沈黙と闇)
END.