去る2月23日にLINE CUBE SHIBUYAで行われた、三森すずこさんのソロライブに行った。
札幌から単身日帰り、ただライブに行って帰ってくるだけの簡単なお仕事だった。
三森すずこさんのライブに行き始めたのは数年くらい前のことで、ちょうどμ’sのファイナルが発表されたくらいの時からである。
あまり三次元に興味はなかったが、状況が状況なので声優に行き着くしかなく、結果として沼に落ちた。
というわけで、現場に行き始めて数年が経つわけだが、基本的にコミュ障なのでミモリアンの友人などできたことがない。
単身オタクのライブ参戦というものは非常に寂しく悲しい。
例として今回の自分の行動を書き上げると、
一人で飛行機に乗って前日入り、空港の中のコンビニで酒を買って飲みながら空港泊をする。
当日は朝から現場に行って物販列に並び、物販が終われば一人で開場を待つ。
ライブが終われば一人で大崎駅に行き、大崎駅のコンビニで酒を買って空港行きの深夜バスに乗り、
空港のコンビニでも酒を買って飲みながら空港泊をし、翌朝の早朝便で札幌に帰る。
以上のようになる。風呂には2日入らないが、誰とも会わないので許してほしい。交通費がバカデカくて金もないのだ。デリカシーもないが。
こんなことを数年繰り返しているので、「ライブ前に合流!」「ライブ後に打ち上げ!」などというツイートを見ても、もう寂しいとは感じなくなったが、それはそれとしてライブ後の感想を誰にも言えないのは悲しい。かつて大阪で内田彩さんのキャラソンライブが開かれるとのことで、ついでに関西の実家に帰ったことがある。伝説の「ぷわぷわーお!」がアンコールで歌われたことによる衝撃はあまりに大きく、この感情を誰かと共有したい!酒を飲んで語りたい!と思い狂いそうになったが、知り合いで来ているオタクはおらず、かと言って知らないオタクに声をかける気力もなく、飲み屋にもコンビニにも寄らずにシラフで実家に帰った。母からは「友達とお酒でも飲んでくるのかと思った」とコミュ障の息子にエグいことを言うので、腹いせにまったくオタク知識のない母親にライブの感想を語りまくるというのを試しにやってみたが、「でもμ’sは解散したんじゃないの」「いや、だからあれは解散じゃなくて……」のくだりあたりで、「俺は母親に何を話しているんだ」と正気に戻り、それ以来二度とやらないと誓った。
少し話が逸れてしまったが、要するに単身でライブ参戦するようなオタクは寂しさに飢えているのだ。
だからと言って、4枚スクショで「ぼっちオタクに優しくしてください!見かけたら声をかけてください!」というお気持ち表明するつもりは更々ない。今から新たな人間関係を構築・維持できるような気力がないからである。なので自分は現地で常に「誰も俺に話しかけてくるな」アピールをするだが(だからライブ友達がいないのか?)、今回、つまり2月23日の三森すずこソロライブは違った。
なんと二人組のおっさんから、2回も話しかけられたのだ。
冷静に考えて欲しいのだが、よく分からん1人のおっさんから話しかけられるならまだしも、2人組である。
話しかけてくる2人組が許されるのは、道に迷った中国人のカップルぐらいだろうと思い込んでいるので、これはかなり衝撃的だった。
後々にフォロワーから「新興宗教の勧誘では?」とツッこまれるのだが、果たしてこのおっさんが何者なのかは、以下の情報を元に読者の判断に委ねたい。
・1回目のおっさん二人組
開場まで1時間、三森すずこの表紙のパンフレットをベンチに腰掛けながら読んでいると話しかけられる。
40代のおっさんに30代のくらいのおっさんの組み合わせ。基本的に40代の方ばかりが話しかけてくる。
以下会話録。
おっさん「すみません、この会場でライブとかあるんですか?」
ぼく「え?はあ……。声優のライブがありますね」(三森すずこは知らないだろうと判断して声優という大まかな括りで対応する)
おっさん「はあ、声優さん……あまり声優は知らないんですよね……ちなみに誰ですか?」
ぼく「……三森すずこです」(声優知らないなら名前を聞いてくるなよとキレそうになる。自分は非オタクとオタクの話をするのが非生産的すぎてめちゃくちゃ嫌いなので……)
おっさん「三森すずこさん……へえ、すごい人なんですか?」
ぼく「それなりですね……」(適当に流したのだがよく考えたらみもりんにかなり失礼だな)
おっさん「よくライブには来るんですか?」(ここで隣に座ってくる)
ぼく「まあそれなりには……」(なんで隣に座ってくんの? 少し離れる)
おっさん「どこから来たんですか?」
ぼく「北海道です」
おっさん「北海道!すごいですね!飛行機ですか!?」
ぼく「はい」
おっさん「このライブのためだけに来たんですか?」
ぼく「はい」
おっさん「すごい!なんかここらへんの人に声かけてるんですけれど、みんな九州とか四国とかから来てるんですよ!」
ぼく「へえ、すごいですね」(なんだよ色んなオタクに声をかけているのかと少し残念に思う自分がひどく悲しい。そろそろ帰れという雰囲気を出す)
おっさん「でも北海道が1番遠くてすごいですね〜」
ぼく「いや、北海道といっても札幌は空港近いのでそんな遠くないですよ。四国とか中国地方の方がアクセス的にすごいです」(卑屈なオタクなので1番になるのを嫌がる)
おっさん「そうなんですか? あのですね、今日はたまたまここらへんに遊びに来て〜」(以下、聞いてもないのにおっさん2人の身の上話をされる)
おっさんの話の要点
川崎に職場があり、そこの同僚とよく遊んでいる。
週末なのでたまには別のところに行くかと思い立ち、同僚と車でここまで来た。
欅坂について語ってくる。知らないと言っても乃木坂はどうかとなかなか譲らない。勘弁してくれ。
ここまでにおよそ10分が経過した。
今までの経験上、知らないおっさんとの会話は、「ここでなんかライブやるんですか?」「はい。声優のライブです」「誰ですか?」「三森すずこです」「へぇ〜ありがとうございます」くらいで終わるものだと思っていただけに、ここまで会話されている事実にありえんストレスが溜まっている。
というより、10分近くもずっと近くに立っている癖に一言も喋らない連れの30代のおっさんが謎すぎる。
たまに釣られ笑いをするな。というかお前は本当に何なんだ。なぜ片割れが10分近くもよく知らんオタクに話しかけているのを放置できるんだ。
一度おっさんたちの関係性について考えると止まらなかった。BLという意味ではなく、純粋に疑問だった。
ほのうみのオタクだからかどうか、頭に浮かんだのは穂乃果と海未である。自分に話しかけてくる40代が穂乃果で、30代は海未だった。
二人はとても仲がよく、今日も一緒に新宿まで遊びに来たのだが、40代穂乃果は色んな物事に興味深々で、今日は俺を見つけて話しかけずにはいられなかったのだ。30代海未はふたりのデートを邪魔されて不機嫌だが、40代穂乃果は一度突っ走ると最後までやらねば気が済まない。それを知っている30代海未は、何も言わずに40代穂乃果が気が済むまで隣に立っているのである——。
どうだろうか?(どうだろうか?じゃないんだわ。勝手にほのうみになるな)
イライラしたので、ことあるごとに「コイツをどうにかしてくれ」と30代に目線を送った。おっさんはどこか遠くを見ていて目が合わなかった。
おっさんたちの関係性は謎すぎたが、とにかくこの場にいる3人のなかで楽しそうにしているのが40代の穂乃果もどきのおっさんだけである時点で、この会話に意味はないのだ。これが多数決の原理である。
自分は意を決した。迷惑なら迷惑と言うのだ。オタクに恋と自発的発言は難しいが、やらねばやらない時もある。
ぼく「あの……そろそろ……」
おっさん「あれ? そろそろ開場ですか?」
ぼく「ああ、まあそんな感じですね」(嘘である。会場までまだ1時間半くらいある)
おっさん「いや〜、残念だ!お話させてもらってすっごく楽しいんですけどね!」
ぼく「はあ」(お前だけだよ早く帰れよ)
おっさん「時間さえあればちょっと3人で飲みに行かないかと思ってたんですけれど」
ぼく「はあ……は?」
おっさん「本当に時間ないですか? あ、ライブ後とかどうです? お酒呑みましょうよ!」
誰しも耳を疑うだろう。相手の顔は笑みを湛えている。この3人で? 穂乃果もどきと海未もどきとキモオタの3人で? 酒?
驚くことに、どうやらお世辞ではないのだ。何度も何度も時間を擦り合わせようとしてくる。
二度とその機会のない「またいつか呑みましょう」ではなく、三森すずこのライブ後に「呑みましょう」と言っているのである。
正気か?
まったく共通点もないのに? あるとすればキモいおっさんという点だけである。
会話は何一つ盛り上がらなかったのに? 何か社交的な場で、仕方なく隣り合わせたから喋るか程度のノリである。
これまでの十数分間、天気や出身地、仕事や休日に何をしているか程度の当たり障りのない会話で、お互いに何一つ得られていない。
こちらとしても非オタクへの警戒心を緩めずに、「はあ、休日は家で寝ています」「趣味は読書です」くらいの頑丈な返ししかしていない。
同人イベントで他カプの知らないオタクとスペースが隣になった時でさえ、もう少し楽しい会話ができる自信がある。
それなのに酒? この3人で?
何を話すの? またこの英語の教科書に載ってるような単調な会話を繰り返すのか? 想像したらかなり面白かったが、母親にオタク話をした時の虚無感を思い出し真顔になった。非オタクとオタク話をするのは徒労である。相手が興味をもっているならまだしも、「オタク話をさせてやれば気持ちよかろう」と適当に振られた話題でするオタク話ほど悲しいものはない。それは悲しみ以外何も生まないのだ、戦争のように。
ここまでの思考におよそ数秒かかったが、その間の自分は真顔だったろう。
異様な雰囲気を察してか、40代おっさんが慌てて口を開く。
おっさん「いや、ほら、ぼくこういう何か熱意のある人が、楽しそうにする話を聞くのが大好きなんですよね!」
なんだその性癖! 知り合いが楽しそうにオタク話をするならまだしも、知らないおっさんが知らない話を楽しそうにしているのが楽しいのかお前は!?
どんだけ普段の生活に楽しみがないんだ。天井のシミを数えているほうがマシなレベルだぞ。
しかし、他人の好きを否定しても仕方がないのである。スカトロが好きという人もいれば、百合の間に挟まりたい人もいる。
彼らは不快ではあるが、否定してはいけない。Twitterならブロックをするだけでよく、それで双方無理な衝突をしなくても済む。
けれども悲しい哉、ここは現実でありブロックは不可能なのである。40代おっさんとの呑みを断るためには、ブロックではなく明確なNOが必要である。
この場合は、どうしても呑めない理由をひたすら述べる必要があった。
ぼく「すみません、早めに入場したいので今から飲むのは無理ですし、ライブが終わった後はすぐに空港まで行かなくてはいけないので、どうしても呑めないんですよね……」
完璧である。ここにしてようやく、自分が北海道出身である強みが活かされた。
相手は関東で、自分は北海道である。この距離が埋まるのは今でしかなく、要するに今を否定さえすれば完全に相手を封じ込めることができるのだ。
おっさんは苦しんだ。「そっかあ」「どうしてもダメ?」「今から喫茶店でも……」と悲しそうな眼で見てくるが、断固NOである。
おっさん「……そっかあ、なら仕方がないね。今回は縁がなかった……」
ぼく(ヨシ!)
おっさん「ので、次回、君が東京に来た時に呑みましょう!」
ぼく「?????????????????????????????????????????????」
その発想はなかった。死ね。
おっさん「じゃあ連絡先教えてもらえるかな?」
そして自分はここで危機感を覚える。本能的な何か。
「知らない人」と「連絡先教えて」が乗算されれば、導き出されるのは即ち「詐欺」である。
逆に今までなぜその答えに行きつかなかったのかという話だが、「ヤバイ人」という印象が先んじて、(あとあまりに会話が下手すぎて)詐欺という考えに至らなかったのだ。急激に焦燥感が募り、頭がうまく働かなくなる。どうにか逃げる手段はないかと頭をギュンギュン回転させているのだが、明確な軸のない回転は遠心力で虚しくなる。過ぎたるは及ばざるが如し。空回りし始めた脳内は、口と耳を直結させて論理的思考の居場所をなくすのである。
ぼく「あ、えっと……」
おっさん「Twitter教えてよ」
ぼく「やってないです……(大嘘)」
おっさん「ええ? 今時Twitterやってないとかある? 情報はどうやって手に入れてるの?」
ぼく「いや、テレビとかで……」
おっさん「……LINEはやってるよね?」
ぼく「やって……(ここで流石にLINEをやってないは嘘松すぎて通用しないと直感してしまう)……やって、ます……」
あとあと思い返せば、Twitterやってないのも大概の嘘松なんだから、そのままより強い嘘松になればよかった。
中途半端な嘘松が一番いけないのだ。やるなら最後まで嘘を突き通さねばならない。市丸ギンのように……。
さて、後悔虚しくそのまま流されてしまった自分は、結局よくわからんおっさんとLINEを交換してしまったのだ。
目の前では、何かメモ用紙に40代のおっさんが記入している。明らかにLINE交換をしながらする作業ではない。
やられた……という思いが強まる。詐欺グループの情報網に何かしらを書き込まれているのだ。
訪問販売員が、カモの住む部屋の標識にマーキングするように、「このキモいオタクはカモ」とでも書かれているのだ。
おっさん二人が立ち去ったあと、しばらく凹んだ。
しかし、よく考えればLINEを教えただけで詐欺など不可能であることを思いつく。
送られてきた怪しいメッセージのリンクを踏むならまだしも、おそらくこれならセーフではないか。
俄然元気になる。さっそく(やっていないはずの)Twitterでおっさん二人組とLINE交換した経緯をツイートしてみると、
フォロワーからすぐにリプライがきた。
「新興宗教の類では?」
それだ。
さて、如何だっただろうか。
あのおっさんが何者だったのか、その判断は読者に任せたい。
が、ここで今一度、この記事のタイトルを見返してほしい。忘れてはいないだろうか。
「声優のライブに行ったら二人組のおっさんに2回もモテた話」である。
「2回も」。
そう。おっさんの絡みはこれで終わらなかった。
数分もたたないうちに、また別の知らないおっさん二人組に話しかけられたのである。
こんなことあるか?
・2回目のおっさん二人組
読者も疲れているころだと思うので、簡単に説明する。
20代男性とこれまた無口な30代のおっさんだった。
20代男性は自分の隣に座り、30代は少し離れたところで話を聞いているのである。
この時点で既視感が強まる。ぼくはこの二人組を「知っている」……。
そう、まさにこれは強くてニューゲームなのである!
20代「ここで何かやってるんですか?」
ぼく「三森すずこという声優がライブをします(2週目の余裕)」
20代「へぇ〜声優かあ。三森さんってあんまり知らないんですけれど、どんな作品出てるんですか?」
ぼく「有名どころだとミルキィホームズとかゆるゆりとかラブライブ!とか……」
20代「へえ〜……実はぼくも先週くらいスフィアのライブに行ったんですよね〜」
ぼく「えっ! スフィアですか!」(もしかしてオタクなのか?と思い急に声がデカくなる)
20代「そうですそうです!」
ぼく「けいおん!から入ったクチですか? それとも夏色キセキ……?」
20代「?????」
ぼく「?????」
気まずくなったあと、20代男性は聞いてもないのに身の上話を始める。
話の要点
川崎に職場があり、そこの同僚とよく遊んでいる。
週末なのでたまには別のところに行くかと思い立ち、同僚と車でここまで来た。
欅坂について語ってくる。知らないと言っても乃木坂はどうかとなかなか譲らない。
おいおい。これ、まるきりさっきと同じじゃないか! なんだか楽しくなってきたぞ。
ワクワクしながら先ほどの会話を思い出す。
要するに予定調和というやつで、アンパンマンの顔が濡れて新しい顔になってアンパンチでやっつけるように、物事にはこちらが分かっているからこそ楽しくなる流れが存在する。
これがまさにそうだった。
20代「いやあ、楽しくなってきたな!」(お前も知らないおっさんが知らない話を楽しそうにしているのが楽しいクチなのか……)
ぼく「はあ……(これは今から喫茶店に誘われるな)」
20代「今から喫茶店とかどうですか?」
ぼく「すみません、もうすぐライブがはじまるので(このあとライブ後の呑みに誘われるな)」
20代「よし、じゃあライブ後にお酒呑みにいきませんか!?」
ぼく「(はいはい、次は断って……)すみません、どうしても時間が合わなくて……(今度東京に来た時に呑もうな)」
20代「じゃあ今度東京来た時に飲みましょうよ!」
ぼく「ははは、じゃあLINE交換しますか」
いや自分からLINEを出すなよ。(アホすぎてマジで出してしまった)
というわけで、自分は無事にこの二人組ともLINEを交換できたのだ。
何かがおかしい気もするが、一人殺すのと二人を殺すのとでは、あまり罪悪感に差がないのと同じである。殺人経験はありませんが……。
要するに、一度手元を離れた個人情報は、もはやフリー素材と似た感覚になる。かなり危険だがそういう心地になる。
目の前で自分のラインアカウントを見ながら、おっさんが何か用紙に書き込んでいるのを見て微笑ましくすら思う。
2人が去った後、3組目のおっさんが現れないかと数分待っていたのだが、先ほどのおっさん二人組が、今度は気の弱そうなひょろひょろメガネオタクに声をかけているのを見て急にイライラしてしまい、交換したばかりのラインアカウントを二人まとめてブロックした。
それ以降彼らとは連絡を取っていない。