新薬史観

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乙一「失はれる物語」読んだ!

乙一というのはまったく変わった名前で、自分は「バーサーカーが人をミンチにする物語でも書いているのではないか」という偏見を持っていた。怖そうなので。

古本屋で見つけたこの本を手に取った理由としては、現在進行中の「偏見やめよう委員会」に則ってのことである。人は偏見を持つ生き物だが、なるべくその偏見を払拭していかねばならないものであると、かのシェイクスピアも言っている。

というわけで読んで見たのだが、びっくり仰天とても面白くエモい感じの物語ばかりだった。この「失はれる物語」は短編集だったので、以下簡単にそれぞれの感想を書いていく。

 

「Calling You」

 ありがちと言えばありがちな話だ。「君の名は。」のような話と言えばだいたい想像がつくかもしれない。ありがちなんだが、新鮮に読める。そんでもってまあまあエモい。本作のお蔭で映画「バグダッド・カフェ」を知ることが出来た。感謝している。ちなみに作中では乗用車が道路に突っ込んできて人を轢く

 

「失はれる物語」

 これはかなり好きだ。なんとなく宮内悠介の「盤上の夜」を思わせる、というのも、主人公がトラックに轢かれて右腕以外の全身の感覚を無くすからだ(これは前提なのでネタバレではない)。ここから描く物語が非常に巧く、自分はここで「バーサーカー乙一」から「エモの乙一」に印象を変えた。表題作ということもあり、非常に短編としての完成度が高かったように思う。

 

「傷」

 これも好きだ。なんとなく展開が読めてしまうので「まあそうだよね」とは思ったけれど、設定自体は面白いし、主人公とアサトとのやりとりもかなり「エモい」。これが女の子同士の物語なら好きで発狂していたのだが、男同士なのでギリギリ堪えた。ちなみに作中の男の子が交通事故に遭う

 

手を握る泥棒の物語

これは死ぬほど好きかもしれない。主人公の倫理観が良い感じに崩れていることで、お気軽に犯罪に手を染めるし、言葉のやりとりも軽妙だ。それでいてオタクが大好きな要素がガッツリ含まれているので、クソ~~~となってしまう。これはかなりオススメ。ちなみに主人公の両親はトラックに正面衝突されて死んでいる(ネタバレではない)。

 

「しあわせは子猫のかたち」

これもかなり良かった。ミステリではあるのだけれど、それよりもエモが勝っている。読んでいて陰キャの陰が浄化されていく心地がして発狂したので、陰キャにはお勧めしないが、これを機に心持ちを変えるのもアリなのではないか。NL好きな人はかなりクると思う。この話でようやく交通事故がなくなる。

 

「ボクの賢いパンツくん」

まあ、好きな好きは好きだと思う。おまけみたいな感じ。

 

「マリアの指」

これもミステリとしてなかなか面白かったのだが、ゼロ年代付近のラノベのようなキャラ造形と語り口で非常に楽に読めた。ミステリのロジックも大変興味深く、お話の構成が巧いなあという感想。ちなみに作中の人物が電車に轢かれる

 

「ウソカノ」

これ、オタクくんの文章って感じでかなり好きというか、オタクやってないと書けないだろうというエピソードを書いてくれるので割と助かる。ギャグ文脈ではあるが、主人公がこれまた気軽に人を殺そうとする倫理観の持ち主(語弊あり)なので良い。楽しく読めた。

 

総括

買って絶対に損はしない短編集だなという感想。かなり面白いですね。エモを狙いすぎている感はあるが、文章の構成と語り口が巧いことで、嫌らしさは結構軽減されている。それでいて陰キャ要素も強く、森見登美彦のなんちゃって陰キャ(あれは陰キャというより明るい非モテ君であり、いつかは彼女が出来るタイプ)とは違った意味で卑屈なので、ガチの陰キャからすれば読んでいて安心感が得られるタイプの作家だった。

とはいえ、それぞれの感想でもわざわざ太文字にして強調してきたのだけれど、あまりにも交通事故が多すぎないか?いや、やはりあるべき人の不在には交通事故がもっとも都合がいいのは分かっている。分かっているのだが、あまりにも作中の人物がトラックに轢かれているので、まるで異世界転生のようだと思ってしまった。でもまあ、人殺そうと思ったらそうするしかないですよね……と納得はしようとするのだが、どうしても交通事故の四文字が頭から離れない。これでは「エモの乙一」から「トラック衝突の乙一」に転換されてしまう。これはこれでひとつの偏見ではあるまいか。もう少し彼の著作を読む必要があると考えられる。気が向けば「ZOO 1」あたりを読んでみます(これタイトルが乙一すぎてちょっと腹立つ)。