※注意! このブログは「大江戸温泉物語」のネタバレを含みます!
最近話題になっている「大江戸温泉物語」を読みました。
ついに完結しましたね。樋口惣太郎「小江戸温泉物語」シリーズの三作目でもある「大江戸」ですが、2作目の「中江戸」に比べたら流石に面白かったです。「中江戸」はなんというか全てにおいて中途半端で、宮原満緒が新聞に寄せた書評で「あまりに冗長で吐き気がした。作者を殺そうと思う」とまで書いたのも理解は出来ます。頷けはしないですけれど。個人的には田村なお子が「(中江戸は)まるで三日間お湯を替えていない温泉に入ったかのようなぬるさ」と評していたのが的確で、あの微妙に引き締まるようで引き締まらない文章をずるずると読まねばならない感覚は、温泉に入っているのにぬるいがために身体が冷めていくという逆転現象に通じるところがありますし、それでいてそこから抜け出せない感覚も思い出されます。田村も自分も作者への殺意は沸かなくて、「小江戸」で完全に心を奪われた側の人間として、どうしても「中江戸」を捨てきれないところがあるんだと思います。確かにミステリとしての質は言うほど悪くはないんです。文体が森鴎外みたいにかっきり事実を並べていくスタイルなのもよかった。ただ、そのようなテンポかつ面白そうな雰囲気で話を進めていくのに対し、メインストーリーの動きがあまりに少ないし、不必要な描写が多すぎる。結局サビの部分がわからないまま殆どの人は詠み終えると思います。で、結局は500P越えのくせに、中身としては小江戸と同じくらいの面白さなんですよね。小江戸が100Pだったことを考えると、やっぱりその密度の差が面白さに直結したのかな~と。
その点、本作の「大江戸」はマジですごかった。というより「なんで『中江戸』みたいな中途半端な物語をやったんだろう?」って思っていた謎が「大江戸」ですべて解消されて、「そんなことある???」と思いました。
なんか最近Twitterでバズってましたけれど、未読者からすれば意味がわからん大江戸の冒頭、
「小西さんは死なないよ。僕やなっちゃんが死んでも」
痛みはなかったはずだ。
数秒後に出来た大曲の後頭部の凹みは、奇しくも中佐古と同じかたちをしていた。血で濡れた角材を手にする男とその妻は、大曲の頭の陥没がもう二度と元には戻らないことを確認し、足早にその場を去っていった。だから彼らは、大曲が胸元のペンダントを握っていたことに気がつかなかった。
気付くはずがなかったのだ。
この入り方はマジで天才のそれで、ここに「小江戸温泉物語」シリーズが全て詰まってるって言っても良いんですよね。いや、なんか書きながら泣けてきた。
つまりどういうことかと言うと、これはシリーズ全体のネタバレになるんですけれど、「シリーズの主人公は全員、地球外生命体」なんですよ。SF小説でこれやるならつまらなさすぎますけれど、このシリーズってミステリとして読むじゃないですか。登場人物が地球外生命体っていう発想は外されるんですよね。しかも小西は探偵役で、中佐古も大曲も探偵役かつ被害者をやっていますけれど、まったく地球外生命体である要素は推理に関わってこないんです。このシリーズを通して描かれているのは、「いつのまにか地球に入り込んでいた宇宙人の日常」でもあるんですね。で、小江戸の小西はまさにモデルタイプで、探偵として巧く地球に溶け込んでいて、「侵略せずに他の星の面倒事を解決することで共存を図る」平和的手法を活用していたことからも、次世代である中佐古と大曲のヒーロー像そのものでもあったわけです。この伝記が「小江戸」として故郷で発行される。漫画化もアニメ化もされて、故郷の星では小西になりきって戦う遊びが流行っていたらしく、それを受けて、小西への憧れがずっと抜けない中佐古と大曲を主人公として配置した構成が非常によかった。しかもこの二人は幼なじみ百合であることが「大江戸」で明かされるのがすごく良くて、「中江戸」で中途半端に放置されていた中佐古が死に際に握る胸元のペンダントは、かつて故郷で大曲と一緒に買った小西仕様のそれであり、お揃いなんですよ。いや~流石にエモすぎる。これ、二人だけしか持っていないペンダントじゃなくて、あくまでレディメイドってところがいいんですよね。つまり二人の絆は中江戸と大江戸で完結するわけですけれど、小西への憧憬は二人だけのものではなく、誰でも手にすることができるレディメイドのペンダントを通して、これからもずっと続いていくんですね。これが本当に良い。その根底にあるのが他者との共存で、相手(地球人)の問題を本当に理解したいと考えているその姿勢に心をやられますよね。さらにここで地球人として心を打たれるということにも逆転の構造があって、我々も同様に他者への理解をすれば、歩み寄られた側からすると心を打たれるよね?という樋口惣太郎の善性が込められているのだと思います。
TLを見ていても、大江戸温泉物語を読んでいる人は全然いないので、はやくこの感想を分かち合いたい……興味のある方は是非こちらからどうぞ→(■)