新薬史観

地雷カプお断り

佐藤究『テスカトリポカ』読んだ!

佐藤究『テスカトリポカ』(2021)

[佐藤 究]のテスカトリポカ (角川書店単行本)

https://www.amazon.co.jp/dp/B08VWBX3G7/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

【総合評価】 9.5点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

ガチで大事にしたい作品(9<x)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)

 

【世界構築】3点 (2点) ※上限突破はよくあることです。

これほどの世界を書くのに、このテーマの下調べをするのにどれほどの時間をかけたのだろう。正直言ってまったく想像がつかない。ジャンルとしてはクライムノベルになるらしいが、グレッグ・イーガンレベルのSF小説でもあるような気がする。犯罪の手順や世界各国の情景、アステカ文明に関する緻密な描写は圧巻であり、どれほどの時間と資料があっても書けるものではない。規格外の小説。想像が現実になるひとつの形。テスカトリポカ。


【可読性】1点 (1点)

情報量の多さに堪えうる、リーダビリティが高く硬い文章。必要最低限の情報を伝えるように徹底しているナイフのような文字列。凶器。


【構成】2点 (2点)

本当は2.5点くらいにしたかったのだが、最後の語りで締めるのは違うだろうと思ってしまう。圧倒的な描写力のテキストを連ねてきたものの、ラストの感情の放出のさせ方が微妙だった。扱い的にも本作の主人公はコシモなのだから*1、バルミロの祖母の語りで終了させずに、どうせならコシモの母がアステカ文明やメキシコのパレードを想う情景で終わらせるべきだったと強く思う。この物語の核にアステカ文明への信仰心があるのは間違いがないが、ほぼ悲劇のようなこの物語の最後を締めるのは希望を抱いた少年少女に担わせるのが相応しいと思う。とはいえ、それ以外の話の持っていき方は緻密な設計によるものであり、素晴らしいの一言。自分の上のコメントはほぼ難癖なので満点にしておきます。

 

【台詞】1点 (2点)

正直、台詞はあまり魅力的に感じなかった。しかしこの堅牢な作品に魅力的な台詞を求めるのはやや酷なものであり、これで良いように思う。が、それによってエンタメ作品としての地盤が揺らいでおり、スリリングな展開はそれ以上でもそれ以下でもなく、面白みに欠けている感を常に感じることになった。論文のような読み心地だった。


【キャラ】1点 (1点)

土方コシモをマーベルのヒーローのようにかっこいいと思わせた時点でこの小説の勝ちである。


加点要素【百合】0点 (2点)

該当描写無し。

 

【総括】

アステカ文明の宗教・儀式は現代人からすれば異常の一言で表せるが、それが当時の人々にとって世界の法則だったことは事実である。生存するために何を信じればよいのかという問題は、現代人にとっても切実なものであるものの、日本と日本で保証されている安全がない国(本作ではメキシコ)とでは同様の問題は違ったレベルを持つことになる。麻薬カルテルが支配するメキシコでは、メキシコから抜けだし国境を越えることで生存が保証されるのだと考える一方で、日本では最低限の安全が保証されていながら、精神的な不安から麻薬を手にすることで生存しようとする人々が多い。麻薬によって生活を脅かされている国と、麻薬により生活が救われている国がある。そのような日本を舞台に行われる心臓・麻薬密売は非常に緊張感のあるものであり、綿密かつ正確な(私たちは正確な裏社会というものを知らないはずだが、この作品はそれらの記述を正当だと思わせる描写力がある)表現によって私たちは裏社会を想像し、震え上がる。

また、視点を変えれば、この作品は無戸籍児童に無批判な日本人を糾弾する役割を持っている……のかもしれない(恐らくこれは自分がそう読みたいだけ)。外国の麻薬密売と同じような虚構性をもって、日本の無戸籍児童については触れられている。もちろん、この日本でも麻薬密売は行われているのだが(そうでなければいくつかニュースを私たちは見ることがなかっただろう)、いずれにせよそれらが衝撃的に受け入れられるのは、普段から私たちが如何に自分の見たいものだけで世界を構築しているのかということである。その視界の取捨選択レベルこそが一種の宗教であり、日本国民の安全神話であり、生存するために生け贄を捧げるアステカ文明の宗教観と共通する部分ではなかろうか(もしかするとアステカの方が無戸籍児童なんてものを産まないだけ良心的かもしれない)。もっとも、普通に生活を送っている人は、わざわざご丁寧に「裏」とまで書かれている社会の実情なんて知らなくても良いのだけれど、その無関心の「裏」で行われている物語を圧倒的リアリティで書き上げた本書は、そのような人々にこそ読んでもらいたい作品であるように思う。

*1:自分はそう思う