アッバス・キアロスタミ『ジグザグ道三部作』を観た感想。
①『友だちのうちはどこ?』(1987)
映像としての完成度が高すぎる。なんだこれは。イランの日常をそのまま切り取って、「日常」を「映画」に昇華している。あるいは日常と映画の紐帯を見いだし、それを映像のかたちで表現しているような作品。本当に感動した。子供は常に虐げられる存在で、大人からの指示は絶対である。おそらく「学校」というものが出来て時が経っていないのだろう。家庭の大人は子供に教育を施す重要性を理解しておらず、家庭内の年長者は暴力で子供を支配し、家の手伝いをすることが何よりも重要であると思っている(宿題の優先度は家庭によって曖昧ではないか)。一方で学校の教師は、宿題が絶対で子供は何としても教育を受けねばならないと考えている。この旧時代と新しい時代、親と教師という、子供が抗えずに従う他ない状況のなかで、主人公のアハマッドが宿題をやらずに家から抜け出す時の逡巡と決意が最高で、本当によい映像だと思う。道中では大人にいいように扱われ、人に頼りながらも結果としてそのノートを届けることができなかった彼の悲しみは非常に心を打つし、その時に見せる家族の優しさもびっくりするくらいに良い。母親の優しさ、家庭の包容力を見せてから学校でのシーンの流れはあまりに完成されていて、様式美なのだけれどこの作品は「日常」であるから、「虚構」を越えた力があるように感じられて恐ろしい。自分は泣きました。大傑作です。
②『そして人生は続く』(1992)
映画のメタフィクションとはなんだと思ったが、まさかこういうことをするとは。前作『友だちのうちはどこ?』を実際の映像作品として扱いながら、それを撮影した監督(現実ではキアロスタミだが、この作品ではファルハッド・ケラドマンが演じる)が、現実に起こった1990年のイラン地震の被災地を訪れるという形式になっている。つまり、この映像は前作よりも一段階高い次元に、間違いなく現実に基づいたドキュメンタリーになっているわけだが、監督がキアロスタミではなく偽の監督を使用している点で「嘘」をついているし、それぞれの住民は時々「自分の本当の家はこれではない、映画だからこの家を使わせてもらっている」などの発言を行う(本作は映像として現実作品を誠実に映しているわけではない)。ここに本作がセミ・フィクションに分類される所以がある。
さて、内容の感想に移るが、自分はこの作品の監督(ファルハッド・ケラドマン)の立ち位置に非常に興味がある。監督は「絶対に車から降りない」「被災者を労らない」のである。もちろん歩く時もあるが非常に稀で、それは自らの生存や息子のため(息子に水をもらうなど)に降りることが殆どで、常に利便性や自己の欲望に走っている印象がある。インタビューでもそうだが、非常にセンシティブな話題に遠慮無く突っ込みながら、身内が死んだという被災者の言葉に弔いの言葉、同情の言葉を一切かけない。情がないというよりかは、あくまでイラン地震の状況を明らかにする「上位存在」として機能しているような気がしてならない。しかもそれは不完全で、自分に不利益がないなら被災者を助ける(車に子供を乗せる)が、これ以上重くては坂を上れない、という状況では車に乗せて欲しがっている人を乗せようとしない。この監督自体が偽のキアロスタミとして映像のなかで映っているのと同じように、この監督は偽の神として(息子も被災者に神の言葉を教えているし、神を擁護している点で結構それっぽい)機能している。そして、ラストのジグザグ道のシーンでは、偽の神である監督に助けられなかった男が、困っている監督を助けるとその神の車に乗せてもらえる映像で幕を閉じる。ここに、被災により善良な人々が大量に死んだことによる「神への不信」を、なんとかしようとしたキアロスタミの苦心が感じられる。監督の息子も口にしていたが、「神の裏切りは魂をよくする契機に過ぎず、それでもめげずに神を信仰するものこそ救われる」というメッセージがあるのではないか。少なくとも自分はそのように観た。
作品の完成度としては、かなり特異な立ち位置であるうえに、映像としての良さは正直あまり無い。が、これらは三部作として扱うべき代物だと思うので、一部と三部を繋ぐ役割を担っている、それだけで評価をせねばならないと思う。
③『オリーブの林をぬけて』(1994)
これが本当に良かった。面白いことに、一部作、二部作をいずれも虚構の作品として扱い、三部作のなかでもっとも高次な立場であるにも関わらず、これまでで尤も映画らしいと感じた(日常生活を感じなかった)。実は構造としては、2017年の話題作『カメラを止めるな!』と非常に似ている。二部作のあのシーンでは実は……という裏話を三部作が担っているのだ。この作品の良いところはその一点と、決して振り向かないヒロインにあるように思う。逆に言うとそれ以外はあまり良さがないのだが、かと言って悪いところが見当たらないし、ヒロインが決して振り向かないという断絶は、物語を駆動させているし人間関係の要にもなっている。非常に面白い。ラストの長回しはその過剰とも言える余韻のなかで、二人が決して交わらないことを知る。楽しい映画だと思います。
映像として好きな順番としては①、③、②かな。でもメッセージの力強さは②が圧倒的なのでなんとでも言えると思う。キアロスタミの作品もっと観たいです。観ます。