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細田守『竜とそばかすの姫』観た!

この先『竜とそばかすの姫』のネタバレを含みます。

未視聴の方はまず観てから読んでください。

 

 

 

 

 

ryu-to-sobakasu-no-hime.jp

非常に評価が難しい作品だな、というのが率直な感想だ。そして大雑把に分けると、映像や音楽では素晴らしく、脚本が酷いといういつもの細田作品の感想に落ち着いてしまうという点では、予想通りの細田監督作品になっている。

 

 

 

良かったところ

①インターネット空間「U」の直方体・色・月

サマーウォーズ』でやっていた時とインターネットの表現方法はそこまで大きく変わっていない(進歩していないとも言う)が、直方体を配置する点で新鮮に思えた。どちらかといえば曲線のイメージがあるU・インターネットの情報をイメージする球(あるいは点)にとって、直方体の積極的な配置は違和感を生み出す効果があるように思えて面白い。

また、オレンジと青の補色を効果的に用いているところも魅力的だった。インターネットの構成要素は0と1の正反対の数字であるから、色においても黒と白、赤と緑などの補色を用いるのがベストに見えるし、それを青とオレンジでしっかり映像に落とし込んでいるのは良かった。

また、Uの最果ての演出であろう水平線に向けての集中線と三日月、波形が集っている光景は圧巻の一言。ここではUと三日月が対応しており、なおかつ満月という「満たされた」状態になることができる三日月の形と、Uという満たされない人が満たされるための場が重なっている点でも美しい。

 

②母の死に方へのフォロー

「実の子を見捨てて他人の子を救うのか」と困惑したのだが、これまでの細田守ならスルーしていた不満をすぐにインターネットの声として処理したところが「観客の気持ちを分かっている!成長している!」と感動した点(本来なら当たり前なのだが)。ただフォローのやり口は気に入らず、棒読みの音声では残念ながら庶民性を示すよりも先に違和感を覚えるし、作品への没入感を損なうことになる。勿体ない。

 

③中村佳穂さんの歌唱力・millennium paradeの音楽

作品として最も重要な「歌」を担う中村佳穂さんの声があまりに力強く、びっくりした。これに関しては文句なしで、歌姫の説得力を感じられるものだった。一夜にして謎のAsが有名になるというアレな展開でもこればっかりは受け入れられるでしょう。

また、millennium parade『U』の音楽のパレード性が抜群で、「インターネットという煩雑な世界における興奮」というイメージがダイレクトに伝わってくる印象がある。実際にこの音楽は作品内で一番初めに流れる音楽のはずなのだが、これからのインターネットへの期待に胸を震わせるすずの気持ちとして非常に良いものに感じる。

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④ルカちゃんが演奏しながらカミシンを気に掛けるカット

あそこの映像がのちの伏線になっているのだが、あの辺りのドギマギしながら演奏する描写は躍動感に溢れていて好きだった。

 

⑤田舎から学校に通う通学路のシーン・閉塞感の表現

あの辺りのテンポの良さは自分好みだった。自然描写が好きなのもあり、田舎特有の立地が魅力的。また冒頭で一度の画面に「母の喪失に傷を負ったすず・縁の欠けたマグカップ・後天的な事故で足を一本なくした犬」が収まるカットがあるのだが、それを受けてダメ押しの「9月末でのバス路線の廃止」がかなりよかった。田舎に加え、どんどんすずの居場所が住みに追いやられている光景を序盤に見せることで、すずの立ち位置を観客に効果的に理解させることができる。

ただ、個人的に学校の有名人紹介があまり面白くなかった。ウテナかよって感じの有名人に対する取り巻きの多さは異世界染みていたし、その有名人とすずを比較する台詞を口にさせなくても、察しのいい観客はちゃんと理解できる。このあたりはスマートでは無かった。

 

⑥Belleが一夜にして話題になる編曲メドレー

これが本当に素晴らしかった。Belleの様々な側面を次々と音楽の切り替えとともに見せてくれるのは嬉しいし、ここでかなり心を掴まれた感がある。

ただ、そのあとの大衆の声の表現はつまらないので辞めた方が良い。

 

⑦崩壊するお城で色収差を扱うシーン

よくみれば崩壊を意味するために映像をずらし、色収差を与えていた。美しくてかなり良い。サマーウォーズのインターネット空間でも似たような加工をずっとやっていた気がするのだが、気のせいかな?

 

⑧ルカちゃんがカミシンに告白するシーン

めちゃ好き。細田守の固定カメラで長回しするの大好き。ずっとこれで本編を撮れ!

 

⑨生身ですずが歌唱するシーン

何も言うことがないレベルで素晴らしかったしボロボロ泣いたが、最期あたりにアイドルのコンサートみたいに(アイドルなんだけど)みんなの声で歌うよ~ってなるシーンは微妙だった。

 

良くなかったところ

ルッキズムから逃れたのに美女と野獣をやる

好きな容姿になれるインターネット空間で、容姿への偏見の解消によって感動が生じる物語を再演して何がやりたいのか全くわからない。しかもあえてそこに踏み込んで精神の交流を行ったというのに、結局は顔出ししてリアルであうのが一番!という展開にするのも腹立たしい。美女と野獣、本当になんなんだ。

 

⑪Belleの最初から歌姫全開感

Asとして容姿に格差がありまくるのが厳しい。本当のインターネット空間はオタクのアイコンを見ればわかるように著作権を無視したアニメ美少女・イケメンが大量に溢れているのにそういうのが一歳ない。にもかかわらずBelleだけはしっかり美女をやっているので、なんだかなあという気分になる。

 

⑫数億人が利用するプラットフォームのサーバ代を賄う広告はどこ?

Uは明らかに無料アプリのはずなのに、その運営費を賄うだけの広告が一切見当たらないのがかなり気になった。いまやインターネットと広告は切っても切り離せない関係にあるはずで、なおかつ自警団にスポンサーが大量についているのに広告には金を出せないというのは理解できない。みんなちゃんと月額費を払ってプレイしているのだろうか?有料のSNSが全世界に普及しているとは思えないのだけれど。

 

⑬アカウントブロック機能がない

なぜ生体認証というナイーブな機能を付けている世界において、運営が危険なアカウントを取り締まる機能がないのか疑問でしか無かった。民度がヤバいメルカリでも垢バンはあるのに、Uにないのは道理が通らない。そのせいで自警団が発達することになるのだが、そんなふざけたことがあるかよ。結局あの権限を有しているということはUを運営する会社の社員でしかあり得ないはずなのだが、どうなのだろうか?何もわからない。ガバガバすぎる。

 

⑭クラスグループでのいざこざ

ボードゲームかソシャゲ風味か知らんが、あんなゴミみたいな演出をするな。

 

⑮見知らぬ子供への虐待の対応が雑

リアルな虐待風景、言葉のセンスは良かった(ウチの近所で暴れていたおばさんも似たような声を挙げていたし、自分も一時期そのような声を浴びせられていたのでリアリティがある)。見ていてかなり苦しいところではあったが。

ただ、そこまではよくても虐待の発覚から解決にかけての流れがあまりに酷すぎる。「顔を出すことでしか信頼は勝ち取れない」とインターネット初心者っぽいしのぶが言うことに真に受けて顔出しをするという流れは目も当てられないほど酷いものだった。なぜ全世界に自分の顔を公開せねばならないのか、そのリスク管理が杜撰すぎる。あの動画からのアクセスは無理でも、(Belleが歌えば竜が来るという設定を活かせば)Uで出会って個人的にメッセージをやりとりをしたりボイチャで歌ってあげることもできるだろうし、そもそもUでダイレクトメッセージ機能が使えないわけがない。顔を出す必然性がないままに顔をだしてはいけない。

また、子供に手を挙げるようなガチでやばい中年男性がいるところに生身の未成年の娘を勝手に行かせる大人連中がどう考えても頭イカれていた。他人の娘じゃないのか、勝手に電車に乗らすな!と頭が痛くなるし、どうしてもひとりで行かせるのなら警察に相談するように父親はアドバイスをするべきだし、とにかく子供を親の目の届かないところにひとりで行かせてはいけないし、どうしてもそれをやるなら親や周囲の大人がしっかりとサポートをすべきだ。駅まで送って後は頑張れって、何を考えているんだ。

本当にそのあたりのフォローをしっかりやれよとイライラした。しかも最終的に①子供が親の監視をかいくぐって外に出る、②すずが大人と対峙して睨んで勝つ、③これからは僕も大人に勝てるように頑張ります!

というクソみたいな流れになるのが許せない。これは助けていないも同じで、毒親から本当に助けたいのなら虐待風景を児相や警察に相談したり、アザがあるならその証拠をしっかり提出して別居するほかない。確かに周囲の大人は頼りにならなかったかもしれないが、これでは本当に大人は役立たずで子供の力だけでなんとかするしかないというメッセージになってしまう。そうではなく、大人からの加害には大人の力は不可欠なのだ。家庭内で権力をふるうものには、外部で権力を持つ者をあてがうしかないのだ。そのあたりへの配慮を欠いた作品を自分は到底受け入れることができない。このあたりの大人の責任については、『モブサイコ100』がかなり丁寧に描いているので細田守モブサイコ100を見た方が良い。

 

以上。

感想を総合すると音楽や一部の演出の良さを脚本が打ち消している非常に勿体ない内容となった。脚本家が考えた整合性・説得力のあるストーリーで(下敷きは細田守で、誰かに監修してもらっても全然良い)、のびのびと演出をする細田守の映像がみたい……。