新薬史観

地雷カプお断り

キミも歯間ブラシでパラダイムシフトを感じろ!

最近、なんちゃって健康オタクの自分が注目しているものに「口内環境」がある。口内環境と健康がうまく結びつかない人も多いだろうが、よくよく考えると口内で発生した細菌は喉を通って胃の中にいき、どこかしらのタイミングで血液に乗って身体中を駆け巡って悪さをするので、割とダイレクトに健康と結びついている(という認識でいる)。この辺りはちょっと前に紹介したテーマパーク8020に詳しいので各自読んでもらいたい。

negishiso.hatenablog.com

さて、口内環境を気にし始めたのがちょうど去年の今頃だった気がする。テレビで「最近の若い人の1/3は歯周病ですよ」と語られていたのがきっかけで、「それだけ割合が高いのなら、たぶん俺も歯周病だろう」と思って歯医者に行くことにした。

ビンゴだった。

歯科医はかなり驚いていたようで、「歯周病って軽度だとあまり自覚症状がないのに、よく来られましたね。珍しいですよ」と言っていた。とはいえ自分は全然軽度よりの中度だったのでそれなりにちゃんと治療をする必要があった。

そこで出会った「歯間ブラシ」という存在を、俺は一生忘れない。

www.amazon.co.jp

この歯間ブラシによって、自分のなかの「歯磨き」という概念は決定的に変えられた。歯間ブラシとは、文字通り「歯と歯の間に入れるブラシ」である。自分は二十数年生きていてこの存在を知らなかったのだが、今となっては「これ絶対に義務教育で教えるべきだろ」と確信している。「おかあさんといっしょ」でも紹介してほしい。歯磨きの唄に「歯間ブラシ」というワードを入れろ!こどもたちに「歯間ブラシ」という単語を、音から覚えさせるのだ!

さて、なぜここまで自分が歯間ブラシに拘るのかと言えば、それが歯石付着予防・歯周病予防のキーパーソンとなるからだ。思い出してほしいのが、歯医者に行った後のことである。よくわからないうちに歯石を取られ、やたらと歯と歯の間がスースーした覚えのある人も多いのではなかろうか。舌でベロベロやって「お、なんか隙間あるぞ」とやったことのある人は多いはずだ。しかし、今のあなたはどうだろう?歯と歯の間に隙間はあるだろうか? 

ないのでは?

そう、多くの人は歯と歯の間に歯石が詰まっている。「だからなんなんだ」とあなたは聞く。私はこう答える。

私「歯石は口臭の原因にもなるし、歯周病菌の住処にもなる。つまり、歯石は口の中にない方がよろしいのです」

あなた「なるほど、しかしながら、毎日歯磨きをしているのにどうして歯石が付着するのでしょうか?」

それを教えてくれるのが、この歯間ブラシだ。

一度使ってみないとこの感動は分からないと思うので、ぜひ一度騙されたと思ってやってみて欲しい。理想のタイミングは、歯医者に行って歯石をしっかり取り除いてからだろう。ご飯をたべて歯磨きをして、最後に歯間ブラシを使うのである。そうすると、しっかり磨いたはずの歯の隙間から食べかすがうじゃうじゃと出てくるはずだ。これ、めちゃくちゃな衝撃である。個人的には天動説とか地動説とかその辺りのパラダイムシフトを感じた。自分が信じていたものが不完全だったことを知ったとき、人はここまで呆然とするのだと思い知った。大袈裟だと思うだろうか? 俺は「マジ」である。

驚くべきことに、歯ブラシによる歯磨きって全然万能ではないようだ。一生懸命歯磨きをしたところで、せいぜい食べかすを取り除けて5割くらいだろうか。けれども多くの人はまだこの事実に気付いていない。歯ブラシは万能だと思っている……気がする。

ここで、歯間ブラシをやっていない人の日常についてインタビューをしてみよう。

Q「あなたの一日を『歯磨き』の観点から教えてください」

A「そうですね。朝ご飯を食べて、歯ブラシで歯を磨くでしょう?(わたし追記:歯間には食べカスが残っている)そんでお昼ご飯を食べて、また歯ブラシで磨きますよね。(わたし追記:歯間にはさらに食べカスが詰まっていく)それから晩ご飯を食べて……ああ、たまに満腹になって歯磨きを忘れてそのまま寝ちゃいますねw(わたし追記:あーもう歯間がめちゃくちゃだよ。なに考えてんの?)」

何を考えているのかは自分でも分からないのだが、歯間ブラシを使わない人間の歯間には大量の食べカスが残っていて、それはいつしか歯垢プラーク)となることは事実だ。昼夜問わず口内には唾液が分泌されているのだけれど、そこに含まれるカルシウムやリン酸がプラークに沈着し、石灰化して歯石となってしまう。

こういう論理で、私たちは歯の隙間を歯石によって埋め立てているのだ。恐ろしい……健康に良かれと思ってやっているのに、そこまで効果がないなんて。健康オタクにとっては一種のホラーではなかろうか。

ともかく、歯石は口臭と歯周病の原因にもなるし、最近は歯周病菌が認知症や糖尿病とも関係しているっぽいので、マジで除去した方がいいらしいです。

じゃあ、いきますよ。せ~の、

『みんなも歯間ブラシを始めよう!』

(笑顔の子ども達が学校のグラウンドに集まり、空に向かって手を振っている。その手に握られているのは歯間ブラシだ。よく見ると子ども達は人文字を作っていて、空撮するカメラマンは、そこに「歯」という文字を認める)

 

(End)

 

 

 

……と、ここまでは歯周病の予防の話である。もちろん、歯間ブラシも歯周病に一定の治療効果は持っている*1

しかしながら、ある程度進行した歯周病には、歯間ブラシはやや力不足らしい。

それをようやく理解したのが、昨日のことだった。

「そろそろマジでV7やんないとダメですよ」

歯科医はそう言った。約一年、俺は歯間ブラシだけで歯周病を治そうとしてみたが、歯周病は多少は良くなったものの、「う~ん」な状態がずっと続いていた。

つまり、悪化こそしていないが、回復の方向に向かっていないのである。

実は、歯周病治療のメインウェポンとして、「V7」という歯ブラシをずっと前に歯科医からもらっていた。

www.pmjv7.co.jp

ところがこれ、びっくりするほど使いにくい!

動画を見ても訳が分からず、腹が立ってしまってずっと放置していた。自分はこういう技術を必要とするものには滅法弱いのだ。自動車免許もMTなんて取れる気がしないからAT限定である。そういう人間なので、もらって一年間ずっと洗面所に放置していた。最初の方は「まあ難しいからね。歯間ブラシだけでもやってくれたらいいよ」と笑っていた歯科医も、今では「V7、いい加減にやりましょうね。よくなりませんから」と真顔で言うようになってしまった。怖い。笑顔につけ込みすぎたのかもしれない。

というわけで、人に怒られることにめちゃくちゃストレスを感じる激弱メンタルの自分は、流石にヤバいと思って必死にV7の練習をしました。そしてようやく今朝、V7を扱えるようになったのです。

歯間を通るブラシの毛。

おめでとう、自分。

 

やってみると、確かに歯間ブラシとは全然刺激の強さが違いました。特に奥歯のすっきり感は異常で、なるほど、このようにして歯肉に刺激を与えるのかという新たな気付きがありました。

次回の検診は1ヶ月後。果たして、少しでも歯周病はよくなるのか。あるいはまた歯科医に怒られてしまうのか。恐ろしい。恐ろしいが、やらねばならない。私は健康オタクだからね。

みなさんも早めに定期的に歯科検診に行きましょうね。もしかしたら行く気がなくても「国民皆歯科検診」によって行かざるを得ないかもしれませんが、これに関してはマジですごく良い政策だと思っているので、デカい声をあげさせてもらいます。

岸田内閣万歳! もちろん岸田内閣の関係者は全員歯間ブラシを使っていますよね!?

 

使っていても特に何も思いませんが……。どっちでもいいよ別に。

好きにしたら? みんなもう大人なんだし。

*1:歯間を差し入れする際に歯肉を刺激するため

琴慈『あんハピ♪』読んだ!

琴慈あんハピ♪』(2013)

あんハピ♪ 1巻 (まんがタイムKRコミックス) | 琴慈 | 4コマまんが | Kindleストア | Amazon

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【総合評価】10(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

オールタイム・ベスト・コンテンツ(10<x)

ガチで大事にしたい作品(9<x≦10)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)

 

【世界構築】1.5点 (2点)

学問、スポーツ部門で優秀な人間だけを集めた超エリート高校(天之御船学園)に、なぜか不幸な人間ばかりを集めたクラス(7組)が設置されていて……という世界観。超エリート校ならではのコストを度外視した課外授業はインパクトがあって面白いものの、やや日常漫画の範疇に収まっているところがある。まあ日常漫画なので当たり前なんですけれど。一方で、「不幸な人間を幸福にする」という試みを学校の教育課程で行うのはなかなか新鮮に思った。もちろん、それが授業となるので、他のクラスとは完全に別行動になる。けっこう楽しい。

 

【可読性】1点 (1点)

すらすら読める。


【構成】1.5点 (2点)

基本的に時系列順だが、1年間の1学期と2学期だけで10巻を使用するという、かなりじっくりと話を進める形式でよかった。もっと時間をかければなろう系のような才能発揮漫画になったと思うが、そのときにこの漫画は『あんハピ♪』ではなくなる気がするので、一番いいところで終えられていると思う。

 

【台詞】1.5点 (2点)

なかなかに台詞のテンポが良かった。

非常に良い台詞もある。

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琴慈あんハピ♪』8巻(p141~142)

…最近

寒くなってきたしね

身体冷やさないようにしないと

そうだよ!

だから

ヒバリちゃんが温かいとこを探してたなら

私の所に来てね

いつでも

待ってるから

天才。

 

【主題】1.5点 (2点)

この作品は不幸というより、自身に備わってしまった、社会的な「負の業」(病弱、方向音痴、性的マイノリティ等)のこと全般を取り扱っている。それでもなお「不幸」という単語を使うのは、おそらくそっちの方が柔らかく、その人自身の問題ではないという安心感を与えるクッションのような役割を発揮するからだろう。これは「負の業」を持つ自己と向き合う人間のファーストインプレッションとして、それなりに適当であるように思う。

一方で、「不幸」という言葉には、先述の通りにその負を受動的に受け入れるニュアンスがあるし、なによりも「不」幸という語義からも、(社会的に決定される)幸せなものの否定形となるように、つねに個人が消されてしまう雰囲気がある。本作はその点にかなり自覚的であり、常にそこを目指している。つまり、社会の価値観と個人の価値観を引き離そうと試みているのだ。次に、負の業を改善しようとするのではなく、自分の強みを探し続けることを目標に設定している。この課題設定はいまの人間にとってもっとも必要だと思うし、自分自身いいものを読めたという満足感があった。負の属性を持っている人間(おそらく大多数の人間がそうだと思うが)に対して、かなり広い射程を持っている作品と思う。

 

【キャラ】1点 (1点) 

不幸のジャンルがそれなりにあり(本当はもっと多様な不幸を出してほしかった)、しっかりキャラが立っている。

 

加点要素

【百合/関係性】2点 (2点)

非常に良い百合だった。まず江古田蓮(レン)と萩生響(ひびき)の幼なじみ百合がある。レンは女難の特性を持ち、メスに分類されるありとあらゆる生物から好かれるという百合メーカーだが、そのレンに寄ってくる女を蹴散らそうとするのが響の役回りで……というと普通の百合あるあるであり、個人的には「いいね」を押して画面をスクロールするレベルでしか刺さらなかった。

この作品の真髄は「はなこ」と「ヒバリ」の関係性だと思う。

私がRTしたくなるのはこういうのだ。性癖である「無邪気に跳ね回る女とそれに振り回されて丁寧に整えてきた人生を無茶苦茶にされる女」が、無理なく的確に描かれているうえに、ビジュアルもめちゃ好みだ。

「いかにも」って感じだ。どっちの女が人生崩壊するのかは言うまでも無い

とはいえ、別にひばりははなこに性的な感情を抱いているわけではない。ひばりが好きなのは工事現場に描かれた頭を下げている男性のイラストである。ひばりはそれに性的に興奮し、叶わぬ恋に溜息を吐いている。一方ではなこもひばりのことを性的に好いているわけでもなく、ただいつもお世話をしてくれるから懐いているだけである。

そのふたりの最後の到達点がこれである。

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琴慈あんハピ♪』10巻(p163~165)

はあ……あのですね(眼鏡クイ)

前後の文脈を説明しますと、はなこは常に自分以外のものを優先してしまう性質で、担任曰く「他者の支援」の才能があります。この物語のラストも、ずっと自分のワガママを口に出せなかったヒバリの背中を誰よりも最初に、かつ力強く後押ししたのがはなこでした。一方で、はなこは他者支援の性質が強すぎる(あまりに優しすぎる)ために、自分のことをすべて後回しにする嫌いがあります。自分がずぶ濡れになっても、崖から落ちそうになっても、困っている人がいたら身の危険を顧みずに助けに行くのがはなこなのです。そういう「負の業」を持っている人間なのです。そんな危なっかしい人間だからこそ、ヒバリも全然目が離せなくて、はなこが自分の視界に収まっていないと不安を覚えてしまう――という関係性が10巻を通して描かれてきました。

ところが、この3連ページの前で、はなこは「実は明日誕生日なんだ」と明かしてくるのです。そしてはなこは自分へのプレゼントとして、「ヒバリが家族と仲良く過ごすこと」を約束させるのです。

キスとともに。

後に明かされるのですが、はなこはこの時、もう二度とヒバリと会えないかもしれないという強い不安と戦っていました。ヒバリが飛行機にのってから、この10巻ずっと笑顔を絶やさなかったはなこは、ようやく初めて*1の涙を見せるのです。

ヒバリと二度と会えないことに対して強い不安を感じているのに、本音を言えずに笑顔で相手の幸せを願ってしまう――確かにはなこは「他者の支援」という才能がありますが、同時にその圧倒的な「負」の面も見せつけるようなグロテスクなシーンでもあるのです。他者の幸福を優先するあまり、自分の気持ちが(設定上!)言えないはなこは、吐き出したい感情や言葉の代わりに、ヒバリの頬にキスをしたのです。「負の業」が言動に圧倒的な制限をかけるなか、精一杯の別れの挨拶が「頬キス」ということですね。

はあ……。

何か他に言うことあります?

 

【総括】

はなヒバは神。

*1:たぶん

奥田英朗『町長選挙』読んだ!

奥田英朗町長選挙』(2009)

町長選挙 ドクター伊良部 | 奥田 英朗 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

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【総合評価】7.5点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

オールタイム・ベスト・コンテンツ(10<x)

ガチで大事にしたい作品(9<x≦10)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)

 

【世界構築】1.5点 (2点)

前作に引き続き面白いことは事実なのだが、伊良部が外に出てくるようになってからやや趣が変わってしまった。伊良部はずっと地下の診療所にいるから面白いと思うのだけれど、今回は終わりを意識してか外に出たり、マユミちゃんも少し親しみやすくなっている点でやや寂しさを覚えてしまった。

 

【可読性】1点 (1点)

すらすら読める。


【構成】1.5点 (2点)

シリーズ1作目、2作目に比べると、やや読後の爽快感が薄れていた。逆に言えば、それだけ構成が緩くなっているとも言える。悪くはないのだけれど。

 

【台詞】1.5点 (2点)

流石にシリーズ3作目ともなると(面白さに)慣れてしまったが、それでも十分に楽しめるのも事実。やはり台詞は重要だ。

 

【主題】1点 (2点)

これまで同様。ずっと続けて読むと有り難さが薄れてしまうので、もっと社会に憎しみを覚えている時に読めば評価が変わると思う。

 

【キャラ】1点 (1点) 

相変わらず魅力的ではある。

 

加点要素

【百合/関係性】0点 (2点)

該当描写なし。ややマユミちゃんとバンドメンバーの子の関係性が面白かったが、別に百合といって持ち上げるほどのものではないかな。

 

【総括】

ドクター伊良部シリーズの3作目にして最後の書。終わり方としてはやや物足りなさがあったものの、表題作である「町長選挙」の完成度が本書で一番高く、まあまあ満足できた。個人的には、本作から実在する「あの有名人」を題材に選んでしまっているのがすごく勿体ないように思えた。実在する人間を取り扱うことによるメリットは、文章で説明しなくても作品外の知識を読み手が勝手に補ってくれてキャラに実在性を与えるところと、対立構造や笑いをとりやすくなることくらいだ。それらは間違いなく面白い作品に必要なものではあるが、これまでのシリーズでも十分に達成できていたことを、何故最後のシリーズになって行ったのかがうまく飲み込めない。でも作品の質が極端に落ちているわけでもないので(やや落ちてはいる)、こきおろすこともできない。かなり評価が難しいように思うが、個人的にはこれからドクター伊良部シリーズを読む人は、1作目、2作目で止めていてもいいような気はします。知らんけど。

なにはともあれ、これでアニメ『空中ブランコ』を最後まで見る準備ができたのでよかったです。見るぞ~。

奥田英朗『空中ブランコ』読んだ!

奥田英朗空中ブランコ』(2008)

空中ブランコ (文春文庫) | 奥田 英朗 |本 | 通販 | Amazon

空中ブランコ ドクター伊良部 | 奥田 英朗 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

【総合評価】9.5点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

ガチで大事にしたい作品(9<x)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)

 

※前作『イン・ザ・プール』とほぼ同じ評価です。

【世界構築】2点 (2点)

前作に引き続き、めちゃくちゃ面白い。ドクター伊良部と看護師マユミが患者を迎えるという設定に変更はなく、世界観を同一にしているシリーズもの。エンタメ作品としてかなり優れている。文体も最高にクールで、ハチャメチャな人間を自在に操る三人称視点が素晴らしい。やっぱり時代は三人称ですよ、三人称。

今作に出てくる患者は以下の通り。

1 余所者を信頼できないサーカス団員

2 尖ったものが恐ろしいヤクザの若頭

3 義父のカツラを取りたい精神科医

4 後輩に怯えるプロ野球選手

5 何を書いても過去作の焼き直しな気がする女流作家

う~ん、面白い。ただ、前作に比べると尖り具合が0.95倍くらいにはなりましたね。まあ元の点数が10000点くらいあるので問題はない。

 

【可読性】1点 (1点)

すらすら読める。


【構成】2点 (2点)

一編一編にスリルがあり、読後の爽快感がすごいのは前作同様。特に3本目の「義父のヅラ」はスリルに溢れており、素晴らしい。

 

【台詞】2点 (2点)

キャラクターが非常に活き活きしている。台詞の捌き方も見事だと思う。

 

【主題】1.5点 (2点)

伊良部の「抑圧しているから病気になるんだよ。じゃあ解放すればいいだけじゃん」というスタンスそのものが主題になっており、それに翻弄される人々が魅力的。自分もやばい精神病になったらここに診察を受けに行きたい。

 

【キャラ】1点 (1点) 

たいへん魅力的だった。

 

加点要素

【百合/関係性】0点 (2点)

該当描写なし。

 

【総括】

ドクター伊良部シリーズの2作目として文句なしの出来。もちろん、一作目であそこまで世界観がつくれていればコケる訳がないのだけれど、読んでいて常々、ああこれが自分の目指すべきおもしろ文章だなあと思いました。文章そのものに味わうような美しさはないのだけれど、キャラが遊びまくっている自由さを可能にする文章捌きは参考になる。藤本タツキ先生もそうだが、キャラに「いえーい」や「いやっほー」と言わせて世界観が崩れない作品作りを目指したい。また、個人的には読んでいる人間の感情を揺さぶること(できれば驚きや笑顔が望ましい)に文字や文章の面白さがあるので、その辺りを突き詰めていきたいですね。良かったです。オススメ。

奥田英朗『イン・ザ・プール』読んだ!

奥田英朗イン・ザ・プール』(2006)

イン・ザ・プール:中古本・書籍:奥田英朗(著者):ブックオフオンライン

イン・ザ・プール ドクター伊良部 (文春文庫) | 奥田 英朗 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

【総合評価】9.5点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

ガチで大事にしたい作品(9<x)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)


【世界構築】2点 (2点)

正直言ってめちゃくちゃ面白く、エンタメ作品としてかなり優れているように思う。変な悩みを抱えた患者を伊良部という精神科医が治療するのだが、彼のキャラクター性がかなり強烈で、それに負けないくらい患者の症状もヤバいので本当に笑える。

今作に出てくる患者は以下の通り。

1 水泳依存症

2 勃起し続ける人

3 ストーカー被害妄想

4 ケータイ依存症

5 極度の心配性

う~ん、もう面白いですね。

 

【可読性】1点 (1点)

すらすら読める。


【構成】2点 (2点)

短編集だがしっかりと一編一編にスリルがあって、読後の爽快感がすごい。読者がやめてくれよと思うところまでしっかり踏み込んでくれるので、本当によく考えられていると思う。

 

【台詞】2点 (2点)

キャラクターが非常に活き活きしている。台詞の捌き方も見事だと思う。

 

【主題】1.5点 (2点)

多くの症例は、何かしら他人に言えない自分の弱みが原因になっており、それらは孤独や恥ずかしさや劣等感であることが多い。なら解決しちゃえば良いじゃんと子どものように話す伊良部の無邪気さが、この作品の主題となっていて良かった。人間は全員お利口さんになりすぎ。もっと自分を解放しようぜ。

 

【キャラ】1点 (1点) 

たいへん魅力的だった。

 

加点要素

【百合/関係性】0点 (2点)

該当描写なし。

 

【総括】

素直におもしろ文章として激推ししたい作品。話の展開はジェットコースターみたいだが、きちんと心地よい場所に戻ってくる安心感があるという意味で本当のアトラクションに近い。ちなみに余談だが、このシリーズは三部作であり、それらを纏めたアニメ『空中ブランコ』も存在する。そちらもえげつない名作なので、また近々書こうと思います。

武田綾乃『青い春を数えて』読んだ!

武田綾乃『青い春を数えて』(2018)

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【総合評価】6.5点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

ガチで大事にしたい作品(9<x)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)


【世界構築】1.5点 (2点)

武田綾乃さんにしか書けない学生の姿があるように感じるが、恐らく青春モノ小説を全然読んでないからそう感じるのだろう。見栄っ張りであるとか、相手を蹴落としたいとか、人間が当然持っている感情を半端な技術でラッピングする中高生を描くのが非常にうまいと感じる。自分は中高生時代にはまだ物心が付いて居らず、殆ど自我もなかったので記憶があまりないのだけれど、こんな感情で周囲や自分は動いていたのだろうかと考えると面白い。

 

【可読性】1点 (1点)

読みやすいです。素直な文章。


【構成】1点 (2点)

悪くはないが、驚愕の展開!というような面白さがあるわけではなく、ただ日常が流れていく。そういう作品なので仕方が無いが、もう少し捻ってくれると個人的には嬉しかった。

 

【台詞】1点 (2点)

たまにめちゃくちゃチープな台詞が挿入されるのだけれど、青臭さを狙ってやっているのだろうか。作品内でも言及されていたので恐らくそうなのだろうが、ひとつ微妙な台詞が入るだけで一気に作品の質が下がるように感じるので、なかなかチャレンジャーだなと思った。

 

【主題】1点 (2点)

割と「インターネットをやめろ」が主題な気もする。なぜなら他者の規範や意見が自分に染みこんで来やすくなり、自我が電子の海に埋もれてしまうから。自我をインターネットに乗っ取られると大変で、だいたい脳内に匿名掲示板が立てられることになる。それは青春を無駄にする大変もったいない行為なので、今すぐに辞めましょう……的な。

全く以てその通りなのだが、自分はその頃にはもうインターネットに頭をやられていたので辛くなりました。

 

【キャラ】0.5点 (1点) 

評価が難しい。武田綾乃さんが書くキャラって確かに今の中高生を反映していそうなのだけれど、逆に虚構性が増すというか、「キャラクター」として好きになれない。なんというか、進研ゼミの勧誘漫画に出てくるようなキャラクターを小説に持ってきたような気がする。めちゃくちゃに貶しているような気がして申し訳ないのだけれど、どうもテンプレ感が拭えないのだ。リアルすぎて逆にテンプレというか、キャラに意外性がないのだろうか? 物語ってそう進むと気持ちいいよね、そう喋ると気持ちいいよね、という流れに誠実なのだ。小説家として優秀だとは思うのだけれど、あくまで自分にとっては乗り切れない作品になってしまった。そういう意味ではユーフォはその辺りのさじ加減がすごく良い塩梅だったのかも。

 

加点要素

【百合/関係性】0.5点 (2点)

該当描写あり。個人的に一番好きなのは「側転と三夏」の姉妹の関係性だ。次点で「白線と一歩」の先輩と後輩。読んでいていいねとは思ったが、先述の通り、あまりキャラに実在感を考えにくいので完全にはハマれなかった。

 

【総括】

これ多分アラサーが読むから刺さりにくいのであって、中高生が読むと「自分のことが書かれている!」という衝撃で大切な本になる気がします。そういう意味では、自分はもっと早くこの作品に会いたかったです。総合評価6.5とか偉そうに付ける前に。

中野でいち『hなhとA子の呪い』読んだ!

中野でいち『hなhとA子の呪い』(2016)

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【総合評価】10.5点(総合12点:全体10点+百合2点)

【作品の立ち位置】

オールタイム・ベスト・コンテンツ(10<x)←新設しました

ガチで大事にしたい作品(9<x≦10)

積極的推し作品(8<x≦9)

オススメの手札に入る作品(7<x≦8)

まずまずな作品(6<x≦7)

自分からは話をしない作品(x≦6)


【世界構築】2.5点 (2点)

最高の漫画に出会えてよかった……。

とにかく黒の使い方が本当に巧く、画面作りも最高に決まっている。

中野でいち『hなhとA子の呪い』1巻 p42-p43 より引用

例えばこの見開きは、夜の黒を背景に蛍の光という性欲の表情が飛び交っている幻想的な背景に、艶めかしい白の肌と服を纏った幽霊A子が全面的に押し出されている。吹き出しの背景も黒で目につきにくく、パッと見るとA子の表情としても楽しいシーンなのかと思うが、実際に台詞を読むと幽霊が強すぎる性的な妄想を吹き出しに収まらないレベルで口走っていることがわかる。衝撃的。

中野でいち『hなhとA子の呪い』1巻 p67 より引用

言うまでもないが、射精と噴水が重ね合わせられていて良い。こういうのが好き。

中野でいち『hなhとA子の呪い』1巻 p4-p5 より引用

個人的にお気に入りなのがこのライトアップ。物語の始まり、性欲には屈さないと強く自我を保っている針辻の象徴なんじゃないかなと個人的には考えている。

中野でいち『hなhとA子の呪い』1巻 p154 より引用

このシーンの右奥に見えるビルのライトが、冒頭の見開きと対応している。遠いビルの頂上から伸びるライトの光芒は、1巻冒頭で「性欲には屈しない」とギラギラしていた針辻の意志を示しているかのようで力強い。一方で、コマには映ってはいないが、この段階で性欲に完全に取り憑かれた(ように見える)針辻が頭にインプットされている読者にとっては、ここでライトを介して当時の針辻に触れることができる点で素晴らしい。もちろん、上のような意図がなかったとしても、世界の広がりの演出としてもすこぶる魅力的だ。

あと、雨からできた川が地面を流れる画面、最高ですよね。本当に綺麗だ。

中野でいち『hなhとA子の呪い』2巻 p193 より引用

ここも空と海水をしっかり真っ黒に描いていて画面に緊張感を与えているし、コマ割りの位置が適切で最高の流れができているように思う。漫画うますぎ。

中野でいち『hなhとA子の呪い』2巻 p221 より引用

このシーンとかかっこよすぎて狂いますよ。車のライトの差し方もキャラの立ち方もカッコいい。

中野でいち『hなhとA子の呪い』2巻 p73 より引用

温泉に沈みながら何かを言う人、初めて見たかもしれない。そういう驚きの場面を実際に絵に起こせる/起こそうと発想できる力に敬服します。

中野でいち『hなhとA子の呪い』2巻 p182 より引用

他にも、台詞の頭をあえて区切って見せないことで、針辻がショックで相手の声が聞こえないという聴覚を視覚的に体験させるギミック/アイデアもヤバすぎる。レイヤーでぼやかすとか、文字を重ねて読みにくくするというのは見たことがありますが、個人的に頭だけを切り取るというやり方が一番スマートで、かつ実体験に近いような気がして好みでした。画力だけじゃ無くてアイデアにも溢れている。いったいどうなっているわけ?

 

【可読性】1点 (1点)

すらすら読めてよかったです。


【構成】2点 (2点)

キャラの揺さぶりや新キャラの登場タイミング、過去編の入れ方など、気持ち良い構成だったように思います。A子周りの謎を明らかにするタイミングも練られており、あら探しが難しい。

 

【台詞】1.5点 (2点)

針辻や久慈の動きが大きいために、自らの恋愛観を独白するときもばっちり決まっていてよかった。やや台詞の言葉遣いが難しいように思いながらも、このテーマの作品だと仕方がないのかなと思わないでもないです。

以下、好きになった針辻の台詞。

お前のその血はただの血でありお前の傷は愛ではない。痛みによって何かを得た気になってはいけない。——お前たちには愛がない!

 もはや俺にはあらゆる事が『エロい』か『逆にエロい』としか思えない…

俺が囁く愛の言葉は蛍の発光とどう違う 胸の高鳴りはただの発情で 見つめる眼差しはただの前戯で 愛に震えた涙でさえもただの愛液なのかもしれない……!

 

【主題】2点 (2点)

性と愛にまつわる罪悪感をしっかり描いている作品だと思います。

最後の方の彼らの独白に全てが凝集されているように思うので、引用します。

…セックスが…

セックスが痛いだけならよかったよ

気持ちよさなんていらなかったよ

肉が裂け

骨が砕け

苦痛だけで何の意味もなく

泣いて喚いて血塗れで明るい場所でまぐわって

もしそうだったらば、今よりずっと迷わず君を抱けた気がする

君を愛せた気がするんだ

これがセックスをする針辻のモノローグ。非常にいいですね。針辻は、愛のなかにどうしても汚らわしい(本能的な/野性的な/「自分」以外から沸いてくる)性欲が混ざってしまうことを認めながらも、その性欲が完全に消え去った「愛」だけの純粋な概念に頭を殴られることを待ち続けている男ということになります。

一方で、対立構造を担う「人は愛の奴隷」という思想を持つ久慈に対して、針辻の母が投げかける一般的・理性的な意見がこちら。

あんたは自ら進んで奴隷になったんだ

愛する人を裏切って…傷つけて…そんな自分を許す為の言い訳が欲しかったんだろ?

考えることを全部やめて…自分は愛に従っただけだって――「仕方ない」って事にしたかったんだろ?

…あの二人は違うんだよ。あんたとは…

――苦しみながらでも生きていける…

自分で自分を疑いながら…律しながら――そうやって生きる事が出来る筈だ

つまり、人は愛の奴隷であることを認めつつも、それに抗う理性を持っている(持ち続ける)ことこそが人間たる所以だと言うわけですね。

それに対する久慈の反論が、彼の意見の真髄です。

上手くいってはならないんだ…燃え尽きた愛から目を背けたまま…真実の愛を見失ったまま…

それでも一緒にいるだなんてそんな事は絶対許されないさ

…だって…

――…だって

――だってそんなの不誠実じゃないか

要するに、人が変化し続ける以上、その感情も愛も移ろうわけですが、それに抗おうとする姿勢そのものが自然な「愛」への裏切りであるということですね。

ただ、それを貫くと愛が冷めた瞬間に、唐突にパートナーに別れを切り出さなければならないので、相手の気持ちを傷つけることになる。もっとも、「愛」を失っても愛があるフリをすること自体、相手にも「愛」にも不誠実であるという意見にも一定の妥当性があります。

個人的には「愛とは必ず性欲を含有するものだろうか」というところに落ち着くわけですが(例:友愛、家族愛など)、この作品は性交を前提とした愛をテーマにしているので、そういう批判も躱せる強みがあります。

そう考えると、推しカプの関係性に安易に性欲を持ち出すべきではないのかとか思ったりするのですが、実際のところ、友情だってさりげない言葉ひとつで亀裂が走りますし、関係性を意地しようと定期的に連絡を取らなければ勝手に薄れいく点を考えれば、上記の論点は性欲とか愛に限ったことではない、変化し続ける人間がもつ感情全般に言えることだと言えます。

なので個人的なFAは「今ある感情を大切に記録し続けて、思い出(事実)を更新していく」ですね。感情なんて変化して当然のものですから、「あ、いま良い関係だな」と思える事実を大切にすることで少なくとも自分は救われるように思います。

まあ自分にはそんな相手がいないんですけれど。

 

【キャラ】1点 (1点) 

キャラが二次元であることを最大限に利用し、キャラそのものを変形させることができるのも魅力だよなあと。小説ではできない芸当ですよね。

中野でいち『hなhとA子の呪い』1巻 p101 より引用

例えばこのシーンは、性欲に脳が犯されてマズイことになっている針辻ですが、本来の彼から異形染みたものに変化している。小説であれば「血に飢えた悪魔のようだった」とでも形容されそうな姿を、忠実に絵に落とし込んでいくリアリティラインに感動しました。小説だと形容に留まるところを、漫画は視覚的に表現できるんだよなあ。すごい。このような変身は、久慈も得意とするところではあります。

中野でいち『hなhとA子の呪い』2巻 p235 より引用

これは終盤の1シーンですが、ここの針辻の表情がいいですよね。二巻の旅を経て完全に精神が変わってしまった様子が、表情から分かってしまう。こういう細部によってキャラが構成されるのだと思います。魅力的でした。

 

加点要素

【百合/関係性】0.5点 (2点)

妹から姉への感情が百合に該当すると判断。「肉親に捨てられ、私たちだけで生きていこうね」系の姉妹の関係性が、家族を越えた何かになるのはなぜだろう。家族でしかないのに。今まで流してきましたが、結構面白い論点だと思います(本作とはあまり関係のない話だ)。

 

【総括】

とてもよかったと思います。人生の恋愛観の参照元としても、表現技法の参考書としても、芸術作品としても、エンタメ作品としても楽しめる作品です。個人的には本当に白と黒の使い方がめちゃくちゃ上手いなと思っていたので(そもそも黒を基調にしているので、性欲を意味する光や肌の色を白とすることで深い読み方も可能になっている)、こういう作品を自分でもつくりて~と思いました。漫画は描くのが死ぬほどめんどくさそうなので小説に導入する方が手っ取り早そうですが、色々自分でも考えてみようと思います。